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Story.55―――剣を、己が内にのみ。

「……そう、なのか。お前は、また、私の恋路を、邪魔するのか!

 ―――渡辺綱ァッ!」

「―――渡辺綱、というのが誰かは知らないが、これは私の恋路だ。お前の恋路と交差しようとも、私の恋路なのだから進むしかあるまい。その犠牲となってもらうぞ、『木花咲耶姫』!」

「ちょい待って。突然の告白は困るんだけど」


 時と場を考えない彼女らの発言は、私の思考を一旦乱した。

 なにこの状況!

 そんな事を考えているうちに、『木花咲耶姫』は一歩踏み出していた。胸から滴る血を、そのままにしながら。

 ぽたり。

 血が落ちる。

 そこを起点として―――結界が、展開される。


「呪詛詠唱―――広がれ、ひろがれ。我が恨み、我が怨恨。それは一滴のしずくのように。それは連鎖の波紋のように。それは絶対のなぎのように。我が恨み妬み、いくらみにくくとも、鬼を越えて美へと至らん―――『神籬榊(ひもろぎさかき)七里結界(しちりけっかい)』!」

「……いまさら何をするかと思ったが、たかだか結界とは。―――そんな結界、すぐに破って見せる!」


 二つの力が弾きあう。

 一つは神の魔力。もう一つは鬼の呪力。

 相容れるはずもなく、それらは互いに押し合っている。

 そして―――


「―――『心貫くは我が血朱(ゲイ・ボルグ)』―――特殊形態(モード)移行(チェンジ)―――五一時月・(サイグレンサー・)刺陽雨旭(セイファート)!」


 血朱の槍が、確実に胸を貫いた。

 パキン、という音を立てて魔核が割れる。

 だが。


「……そう、それで良いの。そうすることで―――

 私は、最後の一手を発動できる」

「な―――」


 禍々しく渦を巻く呪力。

 それは中心に行くほど強くなっていき―――同心円状に広がる。

 しかし、それは程なくして、そう。例えば渦の中心に水が引き込まれるように―――あたりに広がっていた呪力が、『木花咲耶姫』へと集まった。

 そして、彼女は高々と叫ぶ。


「呪詛詠唱―――その御体を暴露(さら)せ。其は大逆の印。〝幾星霜〟よりで、終末へ向かう滅びの印。たかぶり、のぼり、転げ落ちる者よ。地に堕ちよ―――」


 仰々しく、彼女は言う。


「『起源回―――』」


 しかし、その時だった。

 どこからか、声が響く。それは強制力を伴った声のようなもの。声のカタチを保っているのかどうかすらも怪しい絶対命令。


〝『超巡』〟


 その一言だった。

 その一言で、『木花咲耶姫』は変貌を遂げる。


「な―――これ、は……何を……する! 私の、恋路の……邪魔、を、する―――な! 頭に、脳に、意識に、直接、なに、が! なにが、おきている?! あ、アァ、殺せ! 殺せ! 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せコロセコロセコロセコロセコロセコロセ……コロス! ワタシが、コロス」


 そうして、声のような、さえずりのような、あえぐようなうめき声で、付け足した。


「『起源超巡』―――宇治橋鬼斬丸黄泉(よみ)桃切(ももきり)


 ―――彼女は、「鬼」へ変貌する。

 先程までの人型を保った鬼ではなく―――熊のようなカタチをした「鬼」へ。

 否―――「鬼」ではない。アレは―――


「―――まるで鬼神だ」

「キジン……よくわからないが、一旦退却しよう。クロム」

「うん」


 そう言って、カナリアが跳躍する。

 しかし―――


「イカセナイ」


 その一言だけをつぶやき、私をカナリアから引き剥がした。


「クロム!」

「カナリアちゃん!」


 その時にはもう遅く、カナリアの身体は自らが跳躍した時の慣性に従って、そのまま放物線を描いて行ってしまった。

 もはや瞳があるのかどうかもわからない双眸が、私を睨みつける。


「シバレ」

「え?!」


 そう言って―――鬼神は目を緑色に輝かせる。

 それは、美しき自然の象徴―――ハシヒメ・イチジョウが持っていた片目の魔眼―――『超常魔眼・其、自然の意を見る眼(アイ・オブ・ガイア)』。それが、両目に倍増している―――!

 いや、今はそれどころではない。今、私は両手両足を縛られている。しかも察するにこの縛っている植物はこの世界屈指の毒性植物であるイシナガヒメギクのツル。分泌する液体にはこの世界でもかなり巨大な方になるモンスター、ジャイアントエルダーエレファントをものの数秒で殺す毒が含まれている。

 今は礼装のお陰でなんとか皮膚に触れることは免れているが―――この礼装も、段々と溶かされている。

 恐らく、持って数分、というところだろうか。

 救助は来るだろうが、恐らくその数分というタイムリミットを使い切る可能性のほうが高い。


 そう思っていたのだが。


 ジュ、という嫌な音が聞こえる。

 ……礼装が、溶けた。

 なんてことだ。もう礼装が溶けてしまった。―――なるほど、『超常魔眼・其、自然の意を見る眼(アイ・オブ・ガイア)』の効果で毒性を増したのか。……って、冷静に分析している場合じゃない! 今はその冷静さを使って打開策を見つけなければ!

 ……しかし、そんな時間も残されていなかった。

 脳内物質の過剰分泌により普段の数十倍にまで伸ばされた時間も、なくなってしまった。

 分泌液が、肌に触れる。

 そして毒が身体中を巡る。

 その間、なんとコンマ一秒。

 そのコンマ一秒を過ぎたときに、私は意識を手放した。



 ―――意識世界の中か。

 草が流れる音が聞こえる。

 水が弾ける香りがする。

 風が踊っている。

 花は可憐に咲き誇る。

 ―――理想郷か。

 岩が、なにか言っている。

 森が、語りかける。

 ―――夢幻郷か。


「あたりだ」


 ブワッと強烈な風が吹く。

 その声はここが夢幻郷だと言った。

 しかし、それならば。


 ―――どうして、この声は()()()なのか。


「ほら、なにをグズグズしているんだ」


 そう言われて、視界がひらけた。

 そこには岩があった。

 その上には―――刀が、突き刺さっていた。


「これは……」

「お前だ。これはお前自身だ。お前自身の精神が、このようにして具現化した。

 さて、何をグズグズしているんだ。その刀に手を触れよ。その刀を引き抜け。早く抜かなければ―――死ぬぞ」


 そう凄まれて、私は刀を視る。

 ……紛れもなく、この刀は私自身だ。

 証拠はないが、見ればわかる。

 私の精神性そのもの。私の人格そのもの。私の魔力回路そのもの。私の肉体そのもの。―――つまり、私そのものだ。

 意を決して、刀の柄を握る。

 魔力回路が伸びるような感覚がした。

 見れば、その刀の先端まで魔力回路が伸びている。それは―――私の肉体の延長線上に、これがあることを示している。

 刀は姿だけで雄々と語る。


〝私を手に取れ〟―――と。

 それに答えて、私はグッと力を込める。すると不思議なことに、拍子抜けなほどにすぐに抜けてしまった。余計なまでに力を入れてしまったがゆえに、私の身体は後ろへ倒れ、尻餅をつく。


「いてて……」

「これで良いだろう。あとは任せた、次なる〝世界の守護者〟よ」


 そして、すぅっと意識が薄れていく。覚えのある感覚だ。これは―――夢の世界からの退去するときに感じるもの。透明な、〝空〟に溶けていくかのような感覚。

 退去する前に、私は聞きたい。


「あなたは、誰?」

「俺か。俺の名は―――」


 退去する瞬間、確かに聞こえた。


「―――ミルディン・ウィスト」


 それは、ウーサー王の時代に仕えた宮廷魔術師の名だった。



 ―――私は、パチリ、と目を覚ます。

 そこは、変わらず鬼神の目の前であった。すでに息絶えたと思っていた私を食おうとしていたらしい。だが―――その試みは、すぐに断たれることとなる。

 私は、反射とも言うべき判断力で、頭に浮かんできた呪詛を唱える。


「呪詛詠唱―――神とのちぎり、鬼をて―――〈根底刀剣〉、顕現。

 ―――〝源古刀〟九字斬刻兼定(くじざんこくかねさだ)!」


 瞬間、私の手に呪力が集まり―――私の両手両足を捕らえていたイシナガヒメギクのツルを切り刻んだ。

 ホログラムが移り変わるように、呪力が刀へと変わっていく。

 思うに、それは『木花咲耶姫』の〈根底刀剣〉とは違った。呪力で編まれたものがゆえの黒さではなかった。私の刀は、黄金(こがね)色に輝いていた。

 ―――ここに、私の〈根底刀剣〉である〝源古刀〟九字斬刻兼定が顕現したのである。

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