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Story.53―――〈神聖郷ケルト〉

「―――ピンチ、かな」


 私は、〈夢幻郷アルカディア〉から帰ってきたと思えば、早速窮地に立たされていた。

 目覚めた場所は『木花咲耶姫』の『幽離結界』の中―――体内、と言っても良い―――であった。高位の結界は〝世界〟との関わりと完全に乖離(かいり)する―――『亜原初魔術・魔法・夢月(ヴルトゥーム)』と一緒に継承された様々な魔術の知識。これにあるのと同じだ。

 『木花咲耶姫』の張った結界は、あまりに完成しすぎて〝世界〟が入り込む余地がない。それゆえ、〝世界〟の御使(みつか)いである『天からの懲罰は鎖(エンキドゥ)』を召喚できない。……詰みか?


「そう、クロムは今ピンチ。誰かが助けに来る保障はなくて、私が助けるはずもない。だからあなたは―――私の手を取るしかない! きゃ、ロマティック!」


 相変わらず、頭のネジがぶっ飛んでいるとしか思えない。

 私に対する異常なまでの執着心。

 なぜそこまで私に執着するのか、鬱陶しさと忙しさ、そして危険な状況であったことから聞きそびれていたが、今になって思う。

 考えてみれば、ハシヒメ・イチジョウとしての頃からその兆候は見られた。

 〈文明異界領ロンドン〉の探索中にも異様なまでに話しかけてきて、〈Hotel Another London〉の一室で起きたと思えば私の布団の中に潜っている。……そう言えば、あの時の夢の内容も今ならはっきりと思い出せる。

 なぜか私がハシヒメのことを恋人だと思い込み、現実世界のようなどこかで同棲している、といった内容であった。最後は第三者の声で正気に戻り、目が覚めた。―――誰だったのだろうと思ったが、一番最初に候補に上がるのはマーリンだ。今度お礼言っておこう。

 さて、私は問わなければならない。『木花咲耶姫』に、この事態の目的を。


「―――なんで、『木花咲耶姫』はこんな事するの?」

「ん?」


 聞くのが不思議、といった表情で『木花咲耶姫』は首を少し傾ける。

 しばしの沈黙。

 しかし、その沈黙は『木花咲耶姫』の狂気的な笑みによって砕かれた。

 彼女は狂っているとしか言いようがない笑みを浮かべ、口角を上げ、私の問いに答える。


「ああ、それはねぇ! 私はあなた達を邪魔するのが目的なの! 〈理想郷アヴァロン〉へ到達させないために、足止めするために! 本当はそれだけで良かったの! だけど……だけどだけどだけどだけど! あなた―――クロムがいた。クロムは、私を狂わせたの! あなたがいなきゃ、今頃全滅させていたのに。あなたがいたから、私は手を抜かなきゃいけなかったの! あなたを手に入れるため……乙女な理由を、あなたは気づいてくれなかった! 狂おしいほどに愛してる。殺したいほど愛している! 人間をやめさせたいほど―――愛してる! あなたがいなきゃ、私ダメなの! だけど―――あの女は許さない。クロムと同棲しているくせにそれが当たり前、といった顔をして……とてもじゃないけど、いやとても許せない! 私だってクロムと一緒に住みたい! 夢の中ならそれも叶うと思った! だけど、それも無理だった。誰ともわからないやつに、私達の愛の巣は破壊された! あともう少しであなたは私を受けいれた! なのに、なのになのになのになのになのになのに! ああ、全てが憎い! あなた以外の全てが憎い! だから、あなたを連れ去って―――他の人類は皆殺しにしようと思ったの。きゃ、純愛!」


 ―――狂ってる。こんなの絶対に間違ってる。ヤンデレって次元じゃない。私が愛おしいからそれ以外が全部憎い。だから殺す。―――極論にも程がある。こちらまで頭がおかしくなってしまいそうだ。

 そうして、『木花咲耶姫』が私に近づく。

 頬に、血に染めた手を滑らせる。ベタベタしていて気持ち悪い。


「私のクロム。私だけのクロム―――あなたの全てを、私がもらう」


 そう言って、『木花咲耶姫』が自らの唇を私に近づける。艷やかに湿り、造形の良い唇が、私に近づく。

 不覚にも、その唇が美しいと思ってしまった。

 ―――ごめん、カナリア。ファーストキスは、あげられそうにないや。

 諦めにも似た感情を抱き、半ば拒絶しながら『木花咲耶姫』の唇を受け入れる―――寸前だった。

 私の魔力回路が、ありえないほどの魔力量を感知する。それも、完成されて外界とは隔離されているはずの『幽離結界』の外側から、だ。

 それはぐんぐんと速度を上げ―――こちらへ近づいている。

 『木花咲耶姫』は、それに気がついていない。……その時だった。


 ガシャン―――!


 『幽離結界』の外殻が、砕け散る。


「な、何が起きて―――」


 『木花咲耶姫』が驚きの表情を隠せないでいると、『幽離結界』の欠けた穴から、声が聞こえた。

 はつらつとした、少女の声。どこか神秘的で、抗えないような力強さを感じた。


「―――『心貫くは我が血盟ゲイ・ボルグ・ゲッシュ』―――特殊形態(モード)移行(チェンジ)―――五一天月・(サミヒテンダー・)天河雨流(ミルキーウェイ)!」



 ―――場所は変わる。

 彼女―――クロム・アカシックが敵である『木花咲耶姫』に連れ去られるのを指をくわえて見ていることしかできなかったカナリア・エクソスは、限りない自己嫌悪に沈んでいた。

 他の調査隊のメンバーも深い悲しみに沈んでいる。

 見渡す限り白だった雪原は、今や白い絶対零度の雪と白い灼熱の炎が浮かぶという神秘的、しかし地獄絵図のような光景が広がっていた。

 遠くに見える〈イゾルテの喜城〉が物悲しげに佇んでいる。


「……いつまでも、こうしちゃいられないか。―――お前ら、荷物をまとめろ。〈神聖郷ケルト〉へ、移動する!」


 ニコラ・フラメルの鶴の一声で、全員が立ち上がる。だがしかし、それは完全に回復した、決意ができたというわけではなく、指揮官に命じられたから立ったと言うだけの話である。

 そして、ニコラ・フラメルはトリスタンに〈神聖郷ケルト〉へ行くための方法を尋ねた。


「―――そう。本気で行くのね」

「ああ。俺達は行かなきゃならなくなったからな」

「……なら、着いてきなさい。さっきは途中で邪魔されてしまったけれど、今回はちゃんと送り届けるわ」


 極寒と灼熱。相反するものが同時に存在するという極限環境の中、トリスタンと探索チーム一行は行軍を始めた。

 そして―――〈イゾルテの喜城〉、その最奥に位置し、厳重に保管・管理されていた転移門―――〝至神の閘(ししんのもん)〟へ到着した。

 観音開きの門が、厳かに開かれ―――そこには、極寒である〈セグワリデスの小山〉よりも寒い、この世のものとは思えないほどの絶景が広がっていた。樹氷(いわゆるスノーモンスター)が、所狭しと並んでいる。


「さあ、行きなさい。恐らく神々は歓迎しないだろうけど、それでも歓迎されてらっしゃい」

「……わかった。行くぞ、お前ら」


 観音開きの〝至神の閘〟の奥の空間に、足を踏み出す。

 ―――その時だ。

 足を踏み出した瞬間に、わかる。

 足の裏を伝って、全身へと巡る圧倒的なまでの濃度の神秘と魔力。極寒を超えた「超極寒」と言うべき環境が、その凄まじさを物語っている。

 雪を踏みしめる音だけが、そこを支配していた。

 調査チームは、ただニコラ・フラメルのあとに着いていく。

 その静寂を破ったのは、カナリア・エクソスの言葉だった。


「なあ、シュトロハイム」

「なんや?」

「……さっきは、ありがとう。助かった」

「ええんや。そりゃあ、あんなざっくり腹開かれとったら心配にしかならんわ。……とは言うても、あれは賭けやったけどな。正直言って、成功するとは思わんかった」

「それでも、だ。ありがとう、シュトロハイム」


 その言葉を聞いたシュトロハイム・ヴァイスは、少し呆気にとられたように目を丸くしたが、すぐにそれを隠し―――


「―――おおきに」


 ―――はにかんだのであった。

 そうして、彼らは進んでいった。

 クロム・アカシックがさらわれたという事実に対する恐怖を紛らわすように、ただ一心不乱に進んでいった。

 そして―――たどり着く。


「―――ここが―――」


 そびえ立つ氷の城―――否、氷と表現するのは違う。アレは氷ではなく、星空である。反射率が高すぎるがゆえ、星空に同化する。

 そここそ、〈神聖郷ケルト〉の中枢。

 しばらく待っていると、遠くに人影が見えた。

 それは、一言で言えば黄金白銀であった。

 美しい百の宝石で彩られた、長い銀髪。

 黄金の胸当てと文様の入ったスカート、そしてこの場に似つかない薄いレースを身につけ、手には血のように朱い、ねじ曲がった槍を持つ。

 目を開けば、虹のように七色に輝く双眸をのぞかせる。

 苗木のようの細い矮躯(わいく)からは想像もできないほど高密度で多量の魔力を周りに放出している少女。

 それが―――


「……クー・フーリン……!」


 クー・フーリン。〝越聖の閂〟の門番にして、半神半人。

 最強の戦士が、そこにいる―――!


「ああ、そうだぜ。私がクランの猛犬―――クー・フーリンだ。よくわかったな、お前」

「あいにく、先程教授されたばかりなんでね」

「はっはっは! 面白いやつだ。……で、何を望む?」

「何を……とは?」

「決まってんだろ」


 そう言うと、クー・フーリンは踵を返し、氷の城へと歩いていく。どうやら、探索チームを迎えに来ただけらしかった。

 着いて来い、と白銀の戦士は背中で語った。

 それだけで―――探索チームは従わざるをえなかった。その圧倒的なオーラ―――覇気、とでも表現しようか―――の前に、彼らは屈しざるをなかったのである。

 クランの猛犬。〈神聖郷ケルト〉の最後の門番。

 その肩書に恥じぬ威圧感と肩に乗った重責。

 それを、体感せざるをえなかったのである。


「ここだぜ」


 そう言うと、クー・フーリンは氷でできた城門を開く。

 機械などは一切使わず、腕の力量だけである。

 そんな驚愕の光景を目にしながら、門が開くのを見る。

 そこにいたのは―――


「遅いわよ、クー・フーリン」

「ははっ、さーせんした。……お前ら、あの方が誰かわかるか?」

「わかるわけないでしょ、私、外出ないんだもの」

「そうだったな。―――さて、この方が、この〈神聖郷ケルト〉を統べる正当なる神霊の後継者にして、極寒の女王―――スカアハ様だ」

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