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Story.52―――魂の金型

「―――心して聞け、クロム・アカシック。君が〝世界〟に呼ばれた意味を教えてやろう」


 そう言って、マーリンは指をパチン、と鳴らす。

 すると、周りの風景が黒く染まっていく。絵の具を垂らしたかのように、一部分が黒くなったかと思うと、それがジワジワと広がっていき、果てには私とマーリンの周り全てを黒く染めてしまった。

 その黒の端に、ぼうっと光が灯る。

 光を杖で指し示し、マーリンは語り始める。


「これは魂の模型だ。魂の形は球体、しかし漏れ出る魔力で浮かぶ炎のような輪郭になっている。この魂というものは、形はだれしも同一だが、中身のカタチ―――在り方が違う。これはこの魂が生まれ落ちる瞬間に形成させれることが原因とされる。だから、本来後天性、あるいは転生というものは起こり得ない。

 そして、魂が形成される工程は完全には解明されていなけれど、おおよそはわかっている。生まれ落ちる魂は、膨大な魔力を『型』に流し込んで形成する。これを『魂の金型』と言い、この『魂の金型』にはそれぞれオリジナルがある。それのほとんどが―――〝幾星霜〟の時代に生きていた神だ」

「……〝幾星霜〟って、なんですか?」


 私が聞くと、マーリンは呆れた顔をして答える。


「……簡単に言うと、ずっと昔の時代だ。〝世界〟には許容できる存在の限界、というものがある。下限はないが、上限はある。その上限を超えると〝世界〟に匹敵する存在となってしまうため、〝世界〟もその存在の保障ができなくなる。視界に映るものが巨大になりすぎると全容が捉えられなくなるのと同じようにね。その上限がまだ神だった頃の時代を言う。―――続けて良い?」

「あ、はい」

「―――その〝幾星霜〟の時代に生きていた神が『魂の金型』のオリジナルとなっているとされている。しかし……君の場合はそうじゃない。君は特別で、だからこそ〝世界〟に呼ばれたんだ」


 そう言って、マーリンがその透き通るような双眸で私を見つめる。

 さっきのマーリンの言葉を思い出す。

 ―――心して聞け、クロム・アカシック。君が〝世界〟に呼ばれた意味を教えてやろう。

 その意味が今、明かされるというのか。


「君が〝世界〟に呼ばれた意味、それは―――次の〝世界〟の依代となるためだ」

「……うん?」


 〝世界〟の、依代?

 何を言っているのかサッパリである。〝世界〟っていうのは世界の本能のようなものであって、それは世界そのものに統合されている―――みたいな話じゃなかったっけ?


「ああ、その通りだ。〝世界〟は世界の機能の一部で、オペレーティング・システムのようなものだ。全てを決定するプログラム。だからこそ、古い筐体を捨て、新しい筐体に移行することが必要なのさ。君はその新しい筐体。そして―――その『魂の金型』こそが、古い筐体であった少女―――

 クロエ・レコード、という名の少女だ」


 ……名前から、運命を感じざるを得ない。

 クロエ・レコード―――私のクロム・アカシックと似た名前。

 クロエはクロムの一文字違い。レコードとアカシックは対となり、アカシックレコードという概念の名前となる。

 〝世界〟の新しい筐体。それが私の役割だと、マーリンは言った。

 恐らく先程の「〝世界〟からの要請」というのは、私を現実世界に留める、というものなのだろう。聞く話だと〈夢幻郷アルカディア〉は〈理想郷アヴァロン〉の中の現実世界と夢の世界の狭間。〝世界〟が強制力を発動できるのは現実世界だけなのだろう。だからこそ、〝世界の守護者〟であるマーリンは私を夢の世界に閉じ込めないためにリンゴを弾いたのだろう。

 私の考えを読み、マーリンは語った。


「君の考えている通りだ。私は〝世界の守護者〟だから、〝世界〟からの要請には応えなければならない。『天からの懲罰は鎖(エンキドゥ)』は入ってこないが、〝世界〟には一応恩義を感じているのでね。従っているわけだ。それに、君も夢の中に入ったまま、なんていうのは嫌だろ?」

「……」


 私は押し黙った。

 図星だからだ。夢の中に入ったまま、なんていうのは嫌だ。現実世界にはまだカナリアもクロミアもいて。カナリアたちは今も魔族の長である〝魔祖十三傑〟の第十二座―――『木花咲耶姫』と戦っている。私が何もできないなんて、嫌だ。

 カナリアたちと別れるなんて―――嫌だ。

 またしても、マーリンは私の考えを読み、言った。


「―――そんな君に朗報だ。私と契約すれば、『木花咲耶姫』―――いや、魔王とも渡り合える可能性のある力を授けよう」

「……怪しい」

「だろ? けど、悪い話ではないと思うが」


 少し考えよう。

 悪い話ではない、というけれど、それが本当かどうかはわからない。

 話の流れ的に十中八九〝世界〟関係の話だろう。面倒くさいことになるのは間違いない。だが―――それが本当に悪い話だと言い切れるか。

 面倒くさくはあるが、悪い話ではない。

 そんな可能性が高いのではないだろうか。

 魔王とも渡り合える可能性のある力―――それなりの代償がありそうだが、カナリアたちを助けるためだ。大きな力には代償がつきものだ。

 私は意を決して、マーリンの目を見た。


「―――わかりました。あなたと契約します」

「よし来た! それじゃあ、契約の内容を告げよう」


 ごくり、と固唾をのむ。

 どんな内容をふっかけられようと、私は動じない。覚悟はできている!

 そして、マーリンが口を開く―――!


「契約は魔術契約を使うこととする。この契約に違反した場合、『天からの懲罰は鎖(エンキドゥ)』が君を襲いに来る。ここまでが違反した場合のデメリット、罰則だ。

 本題だ。君は、私に外の情報を伝える。常時魔術による通話を許可することとする。そして私は―――君に、〝世界の守護者〟の執行権を貸与し、『亜原初魔術・魔法・夢月(ヴルトゥーム)』の継承者の資格と技術を譲渡する。これにより、『天からの懲罰は鎖(エンキドゥ)』の使用と、〈夢幻郷アルカディア〉への自由な往復が可能となる。―――これでどうだ?」

「……え? は、破格じゃないですか……! しかも〝世界の守護者〟の執行権の貸与―――って」


 本当に、魔族滅ぼせちゃうんじゃないか?

 そう思えるほどに魅力的な提案だ。『亜原初魔術・魔法・夢月(ヴルトゥーム)』にこの世界で最強の抑止だという『天からの懲罰は鎖(エンキドゥ)』の行使―――勝るものなし、だ。

 これを……情報の対価ってだけでもらえるのか。

 よし、乗った!


「それでこそだ! さて、もう契約は完了している。これからは私が好きなタイミングで魔術通話をつなげるから、そこんとこよろしく! 君もいつでも〈夢幻郷アルカディア〉へ来て良い。アップルパイは出せないが、アップルティーなら出そう」

「それは大丈夫なのか……」

「大丈夫でしょ。アップルティーって果汁とか混ぜた紅茶だし。多分『ヨモツヘグイ』の条件は『食べ物を口にする』だから飲み物は大丈夫だと思う」

「ガバガバ理論じゃん!」

「あははは」


 不意に、マーリンが空を見上げる。淀みなのか濁りなのか、よくわからない空をマーリンは意味ありげに見つめた。

 その時、私の体が薄くなっていく。


「ふむ……目覚めの時間だ。もう執行権の貸与と技術の譲渡は完了している。あとは思う存分暴れてくると良い。―――できるな、クロム・アカシック」

「はい! 任せてください!」


 体が光の粒子になっていく。

 薄れていく意識、浮かび上がる感覚を覚えながら、私は目をつむる。

 そんなとき、最後にマーリンは言った。


「―――そんな君に最後の知識だ。〈根底刀剣〉―――あれは、自らの『魂の金型』の性質を実体化させているに過ぎない。だから、今の君なら〈根底刀剣〉を扱えるかもしれない。……健闘を祈るよ、クロム。勝って生き残ったなら、君の話をきかせてくれ」


 その言葉を聞きながら、私は意識を失った。



 ―――暗い暗い、闇の中。

 そこに積み上がるは幾千の肉。

 血をしたたらせながら、鬼はそこに立っていた。


「あ、おはよ! クロム」

「……『木花咲耶姫』!」


 私は、必死に手足を動かすが、触手のような肉の塊が巻き付いていて離れない。それに、なにか違和感を感じる。―――否、()()()()()()()()という違和感だ。先程までいた〈夢幻郷アルカディア〉と魔力の濃さがほぼ同じ……〈妖精郷ブリテン〉では、こんなに濃くないはず。


「ふふ、驚いた? ここはね、私の『幽離結界』の中。私の世界で―――〈神聖郷ケルト〉の中にある結界。魔力の濃度が高いから、とても良い結界を張れたの!」

「……なんてこと」


 『天からの懲罰は鎖(エンキドゥ)』が使えるかどうかわからなくなってしまった! 『天からの懲罰は鎖(エンキドゥ)』は、今回の戦いの肝だったというのに……。

 これは―――


「ピンチ、かな」

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