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Story.51―――夢幻の中の魔法使い

「―――私が、この『永久牢獄塔』の囚人にして、アーサー王の宮廷魔術師。『原初魔術』の亜種たる『亜原初魔術』を語り継ぐ者―――マーリン。ミルディン・ウィスト二世という名でも通っている、どこにでもいる普通の魔法少女だ!」


 私が目を覚ますと、目の前に少女がいた。

 半分が黒髪、もう半分が金髪という変わったツートーン、そしてハーフサイドアップの髪型の少女だった。服は典型的な魔術師、という感じではなく、まるでどこかの令嬢かのように着飾っていた。そして、背中からは小さな悪魔の羽が生えている。


「……まず、ここは?」

「……」

「マーリンさん?」

「―――気に食わないな」

「は?」


 その少女は、いきなり私を少し睨んでそう言った。

 何が気に食わないというのか。


「……その姿勢だ! その反応だ! この私という超絶美少女に出会ったのだからもっと驚いてもいいと思うのだ!」

「まあ、そりゃ……そうだろうけど。私、美少女ならもう満足なんです」


 私がそう言うと、マーリンは目を細め自分の失態を悔しがるように、そうだったと呟いた。


「―――そうだった。君はそうだった。前世を考えれば、当たり前か。ブラック企業に務め、むさ苦しい中精神が壊れるまで働き、最終的にはあっけない最後を迎えた女よ」

「え―――」


 私は呆然と口を開けたままだった。

 ……前世のことが、バレている? こんなこと、師匠とアニュス・デイ皇帝以外では初めてだ。

 しかし、前世のことを知るには私の記憶を覗き見る必要があるはず。……そんな()()があるとは思えないが。


「あ、今私のこと馬鹿にしたな? いいだろう、教えてやる。ここは君の夢の中だ。……正確には、夢の狭間に存在する領域。全生物の夢は、全てこの領域でつながる。

 〈理想郷アヴァロン〉―――アレは、三重構造ぐらいになっている。地上に存在する〈理想郷アヴァロン〉、〝世界〟の深層に組み込まれた観測所―――〈幽玄郷ヘスペリデス〉。そして、全生物の夢をつなげる集合的無意識の窓口―――〈夢幻郷アルカディア〉。君が今いるのは、ここだ」

「ちょ、ちょっと! 一気に説明されてもわかんないです」


 マーリンは、ふむん……と顎を指で擦りながら考え込む。

 すると、困惑と心配の表情を混ぜ込んだかのような表情を見せ、私に問うた。


「……もしかして、〝世界〟とかナンノコッチャって感じ?」

「……世界って、世界のことなんじゃないんですか? てっきり『この世』っていう概念が―――とかっていう話だと思ったんですけど」


 途端に、マーリンがため息を吐く。

 何だこの人。いきなりため息とか失礼だな。


「違う、呆れてるんだよ! ああもう! どれだけ〝世界〟も放任主義なんだいい加減にしろ、この野郎! おかげで私の華麗なる解説計画がパーじゃないか!」


 マーリンは、ここ―――〈夢幻郷アルカディア〉に自生しているであろう木を、ガシガシと蹴りつける。

 その木からは、真っ赤に色づいたとても美味しそうなリンゴが落ちてきた。ちょうど喉も乾いていたので少しかじろうとすると―――


「ダメだ!」

「え?」


 ものすごい斥力で、リンゴが弾き飛ばされる。

 ……なんでや。


「そりゃそうだろう! 私だって、本当ならこのウマすぎるリンゴを君に味わってほしい! どころかアップルパイを手づくりしてやりたい! けど……〝世界〟からの要請で、それはできない。これを食べれば、現実に戻れなくなってしまうからね。そちらで言う『ヨモツヘグイ』ってやつだ」

「……さっきから不思議に思ってたんですけど、世界っていう単語を別の意味で使っていたり……?」

「あ、そのことからか。そうだったわ。解説忘れてた」


 何だこの人。

 そしてマーリンがコホン、と咳払いを一つすると、空気が一気にシリアスへと変わる。

 マーリンは神妙な面持ちで、口を開いた。


「〝世界〟っていうのは、君が言う世界―――その意思だ。

 正確に言えば、世界の本能というものか。そういうものがある。こいつがまた駄々をこねるもので、欲しいものは殺してでも手に入れる。と思えばいらないものは存在を消す。また気まぐれに何かを守って、何かを作り出してはそれを争わせる。―――今の魔族と人類の関係だ。

 まあ要するに、この世界における最上級の決定権。それが〝世界〟だ」

「……最上級の、決定権? 抵抗っていうのは……」

「基本的に無理だ。意思の抵抗もできる。肉体の抵抗も、あらゆる自由の制限を否定することも、生命体には可能だ。だが―――先ほども言った通り、〝世界〟っていうのはワガママだ。思い通りにならないのならば、武力を投じてくる。

 その一つが私だ。私は―――〝世界〟から任命された、〝世界〟の特権を使える唯一の存在。〝世界の守護者〟と呼ばれる者だ」


 そう言って、マーリンは周囲にモヤを発生させ―――それを杖の形状にする。


「〝世界の守護者〟―――それは〝世界〟の代行者であり、〝世界〟の要望を反映させる者。これまでに〝世界の守護者〟と呼ばれる者は私の他にもう一人いた。それが私の前任―――ウーサーからアーサーの前半まで宮廷魔術師として龍王国ブリテンの政治を補佐していた人物、ミルディン・ウェスト。それ以外にはいない、という極めて稀な役割だ。

 そして〝世界の守護者〟に反抗する、ということは〝世界〟に反抗するのと同じ。当然、〝世界〟はそれなりの対応を取ってくる。実際のところ、〝世界の守護者〟っていうのは固定砲台のついたアンカーでしかない。〝世界の守護者〟は、〝世界〟がその強権―――『天からの懲罰は鎖(エンキドゥ)』を適応させるための楔だ」

「『天からの懲罰は鎖(エンキドゥ)』……」


 『天よりの懲罰は鎖(エンキドゥ)』―――私があの夢の中で聞いたランスロットが言っていた言葉。

 確かに、そのとき言っていたランスロットの文脈を見ると、それが何かをただすためのものであることはわかる。魔族の長である〝魔祖十三傑〟よりも格上の物体か生物だ、ということは理解できる。

 しかし、それが……〝世界〟の強権?


「『天からの懲罰は鎖(エンキドゥ)』は、〝世界〟があらゆる物事を弾劾する時に使う鎖だ。原初魔術理論的に、〝世界〟はその更に上位の存在である『無限と無の真理(アイン・ソフ・オウル)』と呼ばれるものと鎖でつながっているという。一つは『界鎖、途切れぬ(グレイプニール)』。そしてもう一つが『天からの懲罰は鎖(エンキドゥ)』。

 この二つが〝世界〟と『無限と無の真理(アイン・ソフ・オウル)』を結んでいる。また、『界鎖、途切れぬ(グレイプニール)』と『天からの懲罰は鎖(エンキドゥ)』の根本にあるもの―――鎖をつなぎとめる碇、あるいは楔。それが、アーサー王の持つ〝純聖剣〟最果てよりの福音(エクスカリバー)だ。

 まあ、私が伝えたいのはこんなことじゃない」

「え?」

「これまでの話は基礎知識だ。魔道を進むものならば、最低限身につけておく知識。まったく、最近の教育はどうなっているんだか。君、魔法科だろ? そこんとこの教師は本当何してんだ」


 何してんだと言われても……授業してくれている?


「違う。そういうことじゃない」

「てか、なんで私の思考読み取ってるんですか!?」

「……あ、放ったらかしにしてた! まあ、ここが〈夢幻郷アルカディア〉で、私がここの管理者だから……ってこと」


 なるほど。わからん。

 その説明を聞いた時に初めに思い浮かんだのはアニュス・デイ皇帝の『超常魔眼・極点、頂上から視る眼(アイ・オブ・カイザー)』だ。特定の範囲、人物の過去と未来を読む『超常魔眼』。それと同じような感じがする。


「―――本題に入ろう。君に伝えるべき事柄は、『魂』についてだ」

「魂?」

「そう。君、呪術師なんだってな。呪術師なら、魂に関することは基礎中の基礎だ。なぜなら、呪術の中心である呪力は、感情―――つまり、魂の形が重要になる。

 そして、今戦っている相手―――ハシヒメ・イチジョウ、もとい『木花咲耶姫』。アイツが使っている〈根底刀剣〉の原理にもつながる。その魂の構造についての魔術理論っていうのが―――『魂の金型』という魔術理論だ」

「『魂の金型』……」


 そして、マーリンは木の切り株に座る。

 足を組み、何かを長々と語るような姿勢で、私を見つめた。


「心して聞け、クロム・アカシック。君が〝世界〟に呼ばれた意味を教えてやろう」

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