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Story.48―――美しく、また醜いもの。

「―――着いてきなさい」


 トリスタンは、そう言って歩き出した。先程までオッドアイをのぞかせていた場所には、すでに黒布が巻かれている。

 凍えるような吹雪の中、トリスタンはそれを気にもとめず歩き続ける。大した忍耐力である。


「……着いてきなさいって言ってますけど、どうします?」

「いやあ―――着いていくしかないだろ。展開的に」

「まあ、そりゃそうだけどよ。……とりあえず、何をするかだけは聞いといたほうが良いんじゃないか?」


 ノアがそう言う。

 ……まあ、その意見はもっともだ。

 その会話が聞こえていたのだろうか。トリスタンが振り返り答えた。


「―――何って、〈神聖郷ケルト〉へ連れて行くのよ。あなた達の目的は、〝越聖の閂〟を超えることなんでしょう? なら、連れてってあげる」


 ―――それが、王との一つ目の契約だから。

 小さく呟いて、トリスタンは再び歩き始める。……意味深だなぁ。「王との一つ目の契約」って何だよ。多分、〝越聖の閂〟を超える者がいたら連れて行く、とか実力を試す試験官、とかそういうことだとは思う。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 これは大きな進歩だと思う。実際、〈神聖郷ケルト〉への行き方なんて聞いてもいなかったし考えようともしていなかったから、この提案は渡りに船、ってやつである。

 ―――しかし。


「……〈神聖郷ケルト〉へ連れて行く……?」


 ピクリ、とハシヒメが反応する。

 ……何かがおかしい。

 すると、ハシヒメは―――狂ったように笑い始めた。


「あははははハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハハハはははハ!!!!

 やっと、やっと! 私はやっと、こんな()()()()()を止めることができる! あ〜あ―――めっちゃ、気持ち悪かった」


 ハシヒメは急に冷静になると、私達をまっすぐと睨みつける。その片目は―――緑色に輝いていた。その緑色の輝きは、光の十字を描き、魔力を増幅させる。


「ハシヒメ、何を……?」

「うるさい。喋るな、人類。―――唸れ、『超常魔眼・其、自然の意を見る眼(アイ・オブ・ガイア)』!」


 ハシヒメがそう言うと―――自然が、猛威を振るう。

 極寒の地に自生していた樹木はトゲを生やし、周りの雪はありえざるほどの低温となる。その雪の温度変化を察してか、ニコラ先生はとっさにハシヒメ以外の全員に体温を維持する魔術と細胞の壊死を防ぐ魔術をかけた。凍傷になりかけた足が温かみを取り戻していく。


「……しぶといね、人類って」

「―――誰だ、お前。俺の知っているハシヒメ・イチジョウではないな」

「何を言っているの、先生。私が―――本当のハシヒメ・イチジョウだよ。いや、前までのやつも私。ただ演じていただけよ。

 ―――私は、〝魔祖十三傑〟第十二座―――『美醜』の役割(ロール)を羽織わされし者。〝腐乱植物(フラン・プラント)〟ハシヒメ・イチジョウ―――『木花咲耶姫』。世界最高峰の呪術師にして、魔族を統率する十三柱の一柱よ」

「〝魔祖―――十三傑〟―――!」


 その言葉に、私はその先の言葉を紡げなかった。

 ハシヒメ―――いや、『木花咲耶姫』は徐々に徐々に、その姿をおぞましいものに変えていく。

 緑色に輝く片目―――『超常魔眼・其、自然の意を見る眼(アイ・オブ・ガイア)』と反対の濁りきった灰色の目を覆い隠すように黒髪が灰色よりの白髪(はくはつ)へと成り、伸びる。

 そして右半身が樹木のようになり―――ところどころ花が咲き、つぼみがつく。また、へそが見えるように改造されていたセーラー服から見える腹も、右が樹木へと変わっていく。

 右腕が、完全に樹木と化す。

 その腕の先から伸びているのは―――荊棘(いばら)。ゲームで見るような太い茎が、うねうねと触手のようにうごめいていた。


「さあ、消えなさい―――『超常魔眼・其、自然の意を見る眼(アイ・オブ・ガイア)』!」


 ―――瞬間。

 地面が、燃える。

 大気中の酸素が一気に周りの自然と結びつき、燃焼が起こる。

 極低温まで冷えた雪は、その炎で溶け、徐々に蒸発していく。

 その火の魔の手は―――私達にも。

 完全に、火によって分断された。

 『木花咲耶姫』は、私のいるブロックに立っている。


「くっ……大丈夫か、お前ら!」

「ああ、こっちは大丈夫。ニーナは!」

「……私も大丈夫。とりあえず、あの神敵を殺す。―――〝是大神呪(アズラーイール)〟!」


 ニーナが、〝是大神呪(アズラーイール)〟で周りの空間もろとも押しつぶし、炎を押しのけ『木花咲耶姫』へ急接近し―――その周りを切り刻む。


「〝是大神呪(アズラーイール)〟―――『是大神呪(アズラーイール)虚空蔵(マーリク)』!」


 ニーナが言うと、周りの空間―――否、周りの地面すら押しつぶされる。

 そうして『木花咲耶姫』は奈落の底へ―――


「なわけないでしょ? 『第七呪・類感鏡像』。そして―――『第十呪・急急如律令きゅうきゅうにょりつれい一文字腹裂之いちもんじはらざきごと』。あなたのはらわた、見せなさい?」


 しかし生き残っていた『木花咲耶姫』は、呪術を使用し―――飛ばした呪力の斬撃が、ニーナの腹を裂いた。

 ―――なんてこと……。

 友達の傷に、私は黙ってはいられなかった。

 しかし、私は『治癒魔術』の使用ができない。かといって呪術の中での治癒系は、師匠曰く『第十二呪・浄心身呪』か、呪術の中でも極めて会得が難しい『大呪』にカテゴライズされる『陀羅尼明(だらにみょう)医方明(いほうみょう)』や『泰山府君祭(たいざんふくんさい)』という死者蘇生も叶うかもしれない呪術しかないらしい。そのどれも、私はまだ習得していない。私が習得しているのは『第六呪』までだ。それより上の呪術の効果こそわかるが、使用はできない。

 黙っていられなかった。だが治癒はできない。ならばどうするか。

 冷静になれなかった私は―――『第六呪』を放ってしまった。


「呪詛詠唱―――人よ、見よ。それは一夜の悪しき夢。おぼろげに浮かぶは星の厄災。()いて()いて()いて()いて…………星を食らいつくせ、あり得ざる廻る星よ―――! 『第六呪・渾天儀』!」


 黒い星が、『木花咲耶姫』に直撃する。

 しかし『第六呪』を放った代償は大きく、すぐに呪力が枯渇してしまった。……しかも、『第六呪』の威力は想像より強く、辺り一帯を大きなクレーターに変えてしまった。その衝撃に、私はなすすべもなく遠くへと吹き飛ばされる。

 これほどの威力ならば、『木花咲耶姫』を倒すまでは行かないが、少しはダメージを与えられただろう―――そんな、甘ったれたことを考えていた。

 しかし考えてみろ。相手は自らを呪術師と名乗った。ならば―――呪力や呪術に、ある程度耐性があっても不思議じゃない。

 その考えは、すぐに的中した。

 茶色の土煙のその奥に、灰色の花が見えた―――。


「あれ? クロムも呪術師だったの? ―――なら、ちょうどいい。あなたも呪術師なら、私と一緒に来なさい」

「は? 行くわけないでしょ。だってハシヒメは魔族で、私は人類。なら、敵対するのが道理でしょ」

「反抗しない」


 『木花咲耶姫』がそう言うと、私に多大なる負荷(ちから)がかかる。―――これは……


「『第四呪』……!」

「正解。流石に無詠唱でもどの呪術を使っているかどうかまではわかるようね。

 ……話を戻しましょう。クロム、私と一緒に来て。今、第十三座の席が空いてしまっていて。それであなたをそこに座らせたいの。……だめ、かな?」

「ダメに決まってる……! 私が、その十三座を殺した! 死という責任を今私は負っている。それが、たとえ敵の命であったとしても、一つ命を奪ってしまったら、あとは突き進むという選択肢しか残っていない! 人類を守るために……いや、友達を守るためにアイツを―――ランスロットを殺した! なら私は、それを貫き通さなきゃならない!」


 魔力回路に意識を集中させる。

 急ピッチに魔力を生成し―――同時に呪力を生成する。

 生成に時間がかかる呪力と違い、魔力はインスタントである。その魔力を体中に回し―――アイツから譲り受けた剣を抜く。


「〝反聖剣〟『不壊』の原理(アロンダイト)原理解放(ビギニング・オープン)―――『是、死すること勿れ(ノット・ビー・デッド)』! くぅぅ……!」

「それは……なるほど。あなたがランスロットを殺したというのは間違いないようね。―――ますます、あなたが欲しくなってきちゃった」


 〝反聖剣〟『不壊』の原理(アロンダイト)の原理を解放し、自らに『不壊』の性質を施す。

 この〝反聖剣〟『不壊』の原理(アロンダイト)、ランスロットが持っていたときと違い、持っているだけで再生能力や耐久力がつくといったバフはかからない。恐らく、本来の持ち主とは違うからであろう。だから原理を解放することでしか、バフはかからないのだ。


「『第十呪・急急如律令一文字腹裂之』―――これで、少しは通るかな?」

「……そうはさせない」


 ―――ポロン、と竪琴の音がなる。『第十呪』を発動しようとした『木花咲耶姫』の腕を〝矢〟が貫き―――腕をひしゃげさせる。

 そこに立っていたのは―――


「トリスタン……」

「いくら人間でも、魔族にやられているのであれば助けるのが、騎士の役目。さあ、次はその魔核を射抜く!」


 白い手の騎士は、壊れた弓を引きながら、そう言った。

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