表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/63

Story.43―――参聖拝炎

 ―――目が覚めた。

 相変わらず清々しいとは言えない朝である。あのような変な夢を見ていると、こちらまで気が変になりそうだ。……まあ、夢の内容は忘れてしまったけれど。

 いつもは覚えているのに、珍しいものだな。

 そう思って、私は布団から出た。

 部屋は三人一部屋。メンバーは私とカナリア、そしてハシヒメだ。


「そういえば、ハシヒメの姿が見えないような……」


 カナリアはいつものことだ。私より早く起きて、朝食の支度をしているか、日課の剣の鍛錬や手入れをしているだろう。気まぐれで私も早く起きることがあるが、その時に見るカナリアの気迫といえばすごいものである。若干、おそれを抱くぐらいには。

 ハシヒメについては、その性質をあまり知らないので詳しいことは言えないが……ん?


「……なんか、私の布団、盛り上がってね?」


 恐る恐る近づいて、私は布団をめくる。するとそこには―――


「……ん。おはよ、クロム」

「―――――――――」


 ハシヒメがいた。私は、驚いて声も出ない。今ここで鏡を覗けば、間抜けな顔をした私が映っていることだろう。開いた口が塞がらない―――とは、このことだろうか。


「どうしたの、クロム」

「―――あ、いや。……なんで、私のベッドの中にいるの?」


 ふふ、とハシヒメは微笑(ほほえ)んで―――私の耳に囁いた。


「昨夜はお楽しみだったね」

「―――って、はあああああああああああああああああああ??!」


 爽やかな朝、突然に昨夜の知らない記憶を指摘された私の悲鳴は、〈文明異界領ロンドン〉に響き渡った。

 そんなときだ。


「クロム、ハシヒメ。朝食の時間って言ってたわよ」


 は、まずい! この声は―――ニーナ!

 トントンと軽やかに階段を登る音が聞こえる。しかし、それははたから見れば美しい天使の凱旋かもしれないが、今の私から見れば大鎌を持った死神が、私の尊厳という首を刈り取りに来ているように見えるのである。

 どうにかして、この状況を打破しなければ!

 考えを巡らせるも、妙案はでてこない。……―――詰みか? いや違う! ここで私の人生を否定されてなるものか―――!

 思考回路をフル稼働させて―――辿り着いた、一つの結論。実に簡単で、実に辿り着くのが難しい解決方法である。それは―――


「ハシヒメ、ちょっと黙ってて!」

「え? って、きゃあ!」


 布団を、かぶることだ―――!

 柔らかな羽毛が私達を包む。しかし、そこに漂っている空気は柔らかではない。緊張で凝り固まりすぎている空気。

 ……息を潜めて。ニーナにバレないように―――!

 されど、彼女は気配遮断の達人。つまり、気配遮断をしている者にとっては完全なる―――死神となる。


 光が見えた。

 光が、見えた。

 ひかりが―――みえた。

 ただ一瞬のことだけれども、かすかに。そして絶対の予感が私の心臓を射止めた。


(あ、これ死ぬやつだぁ)


 そう思って、私は目を閉じた。そっと、心地よく眠るかのように。


「起きなさいよ、クロ―――〝色即是空、空即是色(イスラーフィール)〟! 死ねぇ、この淫魔めがァ!」



 ……ひどい目にあった。まさか、ニーナが文字通り伝家の宝刀である〝色即是空、空即是色(イスラーフィール)〟を抜いてくるなんて。

〈Hotel Another London〉のチェックアウトを終え、私達は〈文明異界領ロンドン〉からの脱出を目指していた。

 あいも変わらず、上空には硫酸を含んだ霧がたちこめている。

 私達はその霧に反射する淡い光を頼りに進んでいた。


「……で、どこに行けばいいの?」

「ああ。女将が言うには、まず正門を訪れろと言っていたが……ここか?」


 立ち止まったのは、荘厳であり、何十年もこの都市を見守ってきたような、そんな雰囲気を漂わせる石レンガ造りの城門であった。

 その城門の前には二人ほどの兵士が槍を構えて立っている。


「すみません、ここって正門で合ってますか?」


 ニコラ先生が兵士の一人に話しかけると、兵士はこちらを向いて答えた。


「はい、合っていますよ。話は聞いています。えーっと確か……帝国からの調査団の皆さんでしたね。どうぞ。今、門を開けます。

 ―――門番兵諸君に告ぐ。門を開けよ。繰り返す、門を開けよ」


 その門番が合図を送ると、城門からガコン、と歯車が回るような音が聞こえた。そしてグオン……グオン……と機械仕掛けが機動する。テコの原理を最大限利用し、重い城門が開かれる。

 人が並んで五人ほど通れるような隙間ができると、そこで城門は止まった。


「では、お通りください」

「ありがとうございます。……じゃあ、行くぞ。お前ら」


 そうして、私達は一夜過ごした〈文明異界領ロンドン〉を後にしたのであった。



 ―――正門を抜けると、そこには青空が広がっていた。硫酸を含んだ霧は、もうそこには広がっていない。

 見渡す限りの青い芝。そして木々の僅かな揺れだけがその空間を支配していた。

 改めて、ここが妖精の故郷なのだと実感させられる。そんな空間だった。


「じゃあ、ここからは全員固まって移動する。良いか、絶対にはぐれるなよ? ここはさっきの〈文明異界領ロンドン〉とは違う。固定された領域の広さなどは関係ないほどに広すぎる。島といえど、一都市と比べ物にはならない。はぐれれば、探すことは容易ではないからな」


 ニコラ先生の警告を皮切りに、私達の調査は再開した。

 歩けども、そこに広がるのは一面の草木のみ。振り返って〈文明異界領ロンドン〉を見ようとしても、そこには何もなかった。

 違和感のない程度に舗装された獣道は、そこに人の手が加わっていないことを表している。

 見上げればそこにはさんさんと輝く太陽が一つ。

 そして―――前から猛烈なスピードでこちらへ向かってくるナニカの影が見えた。


「全員、止まれ!」


 ニコラ先生が合図を出す。

 そして、そのナニカの影は大きく飛び跳ね―――私達の前に着地した。見れば、それが着地した後には隕石がぶつかった後のような大きなクレーターができている。


「おぉ? ハズしちまったか」

「……誰だ」

「誰だ、だって? そりゃあこっちが聞きたいってもんだ。あんたらナニモンだ?

 ―――まあ、あんたらの質問には答えてやる。あんたらが名乗ればな」

「……俺達はワルキア帝国直建皇立教会附属習術学院の魔法科。ワルキア帝国十三代皇帝であるアニュス・デイ・カイザー・ワルキエル六世様より直々に命を受け、ここ―――『旧王国島ブリテン』の調査をしにやってきた」


 それの問いにニコラ先生が答えると、それはふーん、と興味なさげに相槌を打った。

 するり、とそれは背中に差していた剣を抜く。それは日光を反射して、神々しく光り輝いていた。

 そうして口を開く。


「……んじゃあ、オレも名乗ってやる。騎士の礼ってやつだ。

 ―――オレは『円卓の騎士』の一人。〝太陽の騎士〟ガウェイン。今は亡き王より、ここ周辺の守護を命じられている。だからよ、あんたらがいくら帝国からの調査団だって言っても―――簡単に通すわけには、行かねえんだよ!」


 そうして彼―――ガウェインはこちらを向く。


「まずだ。オレは詮索するのは好きじゃねえ。だってよぉ、自分が知ったら嫌な事実だってでてくるかもしれないからな。

 だけど、これは見過ごせねぇ。―――なんであの淫れたクソ野郎(ランスロット)の気配が、そこにいる娘からする?」


 ランスロットの気配……? それってもしかして―――私が今持っている〝反聖剣〟『不壊』の原理(アロンダイト)のこと?!


「もしかして、この『不壊』の原理(アロンダイト)ですか?」


 私がその手に〝反聖剣〟『不壊』の原理(アロンダイト)を握ると、こちらを向くガウェインの目つきが変わった。


「テメェ……なんでそれを持っていやがる?」

「それなら説明できます。話し合いましょう!」

「うるせぇ! ……そんな怪しいもん持ってたら、話し合いどころじゃねえだろうが。問答無用ってやつだ。悪く思うなよ、嬢ちゃん。これは、テメェが『不壊』の原理(アロンダイト)なんて言う厄ネタを持っているから起こることだ!

 ―――異能『参聖拝炎』」


 次の瞬間、ゴウ、とガウェインの背中から炎の翼が燃え上がる。

 その炎の翼の輝きを受け―――手に握る剣も一層輝きを増す。


「……始めようじゃねえか」


 そんな言葉が布石となり、戦いの火蓋は切って落とされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ