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Story.35―――原初魔術

 ―――あの自己紹介から数日が経ち、いつの間にか険悪な雰囲気は一時の霧が如く消え去っていた。ノアもアリスも、初等学校のときとあまり変わらない。

 今は授業中。

 ニコラ先生の難解な錬金術を聞きながらノートにメモを取る。


『鉄の原子構造を魔力で破壊・置換・追加し、金を作る―――』


 我ながら、なんて馬鹿なことを書いているのだろうと思うが、これが錬金術の中の〝魔術的錬金術〟の基礎なのだから仕方がない。前世ならば絶対に見ることのない文字列だろう。

 というか、今思ったのだが、鉄の原子構造を魔力で破壊して置換して追加して金を作るって―――これこそ、あっちの世界の錬金術師たちが目指した錬金術という学問の究極系なのではないだろうか。……ということは極めていけばあの有名な〝賢者の石〟も錬金できたりして……? いやはや、夢が膨らみますなぁ!

 そうして、淡々と進む授業を淡々と聞いていると、そのうちキーンコーンカーンコーン……と授業の終わりを告げる鐘がなる。ちょうど最後の授業であり、あとはホームルームを残すのみだ。


「では、帰りのホームルームを始める。まあ、ホームルームと言ってもいつも通り気をつけて帰るように、ぐらいしか言わないが……今日は、少しお知らせというか追加授業をしなければならない」


 ……ん? と私は首を傾げる。地下だからだろうか。背筋がゾクッと冷たくなるような感じに襲われる。決して、嫌な予感とか虫の知らせ的なものではないと思いたい。


「追加授業―――普通ならば習わないようなことを習うこの魔法科では、週に三回の放課後授業がある。それが、今週から始まったと言うだけの話だ。これから毎週、三回放課後に授業があるので、忘れずにいてほしい」


 ―――虫の知らせとかってのは、もしやこれを知らせていたのでは? 放課後に授業が一コマ増えることを、知らせてくれていたのではないだろうか。


「では最初の放課後授業を開始する。時間がもったいないので挨拶もなしだ。サクサク行こう」


 そう言って、ニコラ先生はいつもどおりに黒板に字を書いていく。そこにチョークの粒子がこべりついて、記された文字は―――


「今日は『原初魔術』についてやっていく。お前ら、しっかり着いてこいよ」


 こうして、鬼の放課後授業第一回が始まったのであった―――。



「―――そうして、魔術という根幹が出来上がっているわけだ。しかし逆に言うとこれらの条件が揃わない限り、絶対に魔術は発動しない。先程やったばかりだが、おさらいでもしておこうか。俺の見た限り、教室にいる生徒は死屍累々、といった感じか。なんとか意識を保っているのが……クロム、ノア、シュトロハイム、ミッシェル―――まあ、このぐらいならば上々。ノア、シュトロハイム、ミッシェルは偉い家に生まれただけあってこういう魔術の根幹などの知識はあるようだ。―――それにしても、クロム。お前、結構いい感じじゃねえか。他の奴らはもう死んでる状態だって言うのに」

「ま、まあ師匠が、こういうのを、結構、解説、して、くれて、いたの、で……はあああああぁぁぁ……」


 私は、今までの疲労を体外へ吐き出すかのように思いっきりため息を吐く。

 それを見てもなお、ニコラ先生は鬼のような解説をやめる気はない。


「続けるぞ。魔術の発動する条件は何だったか。生き残っているものでまだ死にそうでないもの……んじゃあ、ノア」

「ああ。一つが『魔力が流れていること』。二つが『トリガーとなる動作を必ず一度は行っていること』。三つが『魔術の系統樹の中のどこかにあること』だ」

「そのとおり。そして『原初魔術』が重要視されているのは、三つ目の条件『魔術の系統樹の中のどこかにあること』に関係する。

『原初魔術』はその『魔術の系統樹』の根本―――全ての魔術の始まり、と言えるものだ。その『原初魔術』は六つあると言われている。

『原初魔術:魔法・表(セフィロト)』、『原初魔術:魔法・裏(クリフォト)』、『原初魔術:魔法・刻印(ルーン)』、『原初魔術:魔法・喚起(サモン)』、『原初魔術:魔法・乖離(エリア)』、『原初魔術:魔法・星雲(スカイ)』。それぞれが今日(こんにち)の魔術の起点となっている。『原初魔術:魔法・表(セフィロト)』は『神聖魔術』、『原初魔術:魔法・裏(クリフォト)』は『邪道魔術』、『原初魔術:魔法・刻印(ルーン)』は『術式学』、『原初魔術:魔法・喚起(サモン)』は『降霊魔術』、『原初魔術:魔法・乖離(エリア)』は『聖域研究』、『原初魔術:魔法・星雲(スカイ)』は『星廻魔術』と言う風にだ」


 うう……横文字がぞろぞろと並んで―――はうううう……クラクラする。せふぃろと? くりふぉと? るーん? さもん? えりあ? すかい? 少しは意味は分かるけれども、『原初魔術』と名のついているだけあって、威力や神秘は随一だろう。

『原初魔術:魔法・表(セフィロト)』が『神聖魔術』。セフィロトは恐らく「セフィロトの樹」のことだろう。セフィロトの樹はカバラでの「神へ至るための輝ける路(ルート)」のようなものである。「神へ至るため」というだけあって神聖なものである。

『原初魔術:魔法・裏(クリフォト)』が『邪道魔術』なのも納得がいく。クリフォトも恐らく「クリフォトの樹」のことだろう。クリフォトの樹はセフィロトの樹と対になる言うなれば「セフィロトの根」。複素数平面上の虚数方向へ堕ちていくように、ただ堕ちていく。

 しかし、あとは名前だけでは判別が難しい。しかもなんだよ『原初魔術』は解明されていないのに名前だけは判明しているって。あとなんで内容解明されていないのにそこから派生した魔術系統は判明しているんだよ意味分かんないよ。


「あと、語るべき事項としては『原初魔術』の成功例とその実行者についてだ。今のところ、失われてしまった魔術と言うだけあって現代では成功者はいない。だがしかし、近代の文明の本格的な発展より前―――中世までは『原初魔術』は稀ではあるが成功者はいた。

 一つ目の事例は魔術の始まりである『原初魔術』発見の瞬間。実行者は〝魔術の祖〟や〝情熱の男〟、〝探求の王〟などと呼ばれることもあるファウスト博士。『原初魔術:魔法・表(セフィロト)』と『原初魔術:魔法・裏(クリフォト)』を発見した。現在は既に死亡しているが、彼の妻・グレートヒェンは死亡の記録が見られないため、万が一の確率で生きているかもしれない。

 二つ目は聖騎士のおとぎ話からの引用だ。しかし、この話は事実である可能性が高いという研究報告もある。―――『聖杯へと消えた騎士』。名は分からないし、何の『原初魔術』を成功させたかも不明だが……恐らく高次元の世界へと行ってしまったのだろう。そうなると、俺達には、その騎士が誰だったのか、どんな人物だったのか……ということを知るすべはない。

 三つ目は『聖杯へと消えた騎士』と同じ地域に伝わる伝承からだ。これも、事実である可能性が高い。―――『影の国の女王』スカサハ。『原初魔術:魔法・刻印(ルーン)』を大成させた。

 四つ目は特殊だ。ある科学者が、永久機関を作ろうと画策していた。しかしその実験中、突如として彼に眠っていた魔力回路が覚醒し、本来ならばできるはずもない永久機関が完成してしまった。そうしてその男はその功績が認められ、〝世界〟から『固有魔術』が送られ―――という風に魔術に傾倒していった。

 ついに彼は、行き着いてしまった。この魔術というものの極点にして原点に。そうして生み出されたものこそが―――『原初魔術:魔法・乖離(エリア)』。

 五つ目は『降霊魔術』の祖だ。そのものの名前はアレッサンドロ、という。伝承によって性別ははっきりしない。そして、アレッサンドロは魔術を学び始めたが―――わずか二年足らずで『原初魔術』へと辿り着いた、天才。アレッサンドロが辿り着いたのは、『原初魔術:魔法・喚起(サモン)』だ。

 これで、今日の授業内容はおしまいだ。さて全員、荷物をまとめて帰った帰った」


 ニコラ先生の鬼解説はここで突然に終わりを告げた。

 頭がクラクラする。もう何時間解説を聞いていたんだろう? あたりを見渡してみると、やはりそこには死屍累々。生き残っているのは旧聖人三家の人間と私だけ。

 持つべきものは優秀な師だな、と思いつつ、私は寮へと帰っていったのである。

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