Story.34―――魔法使いの卵《the eggs of magus》
「―――ニコラ・フラメル。ニコラ先生でもいいし、フラメル教授でもどっちでもいい。この魔法科の担任で、教科は魔術、錬金術、座学と体術の一部を担当する。よろしく」
なぜ、彼が―――ニコラ先生が、ここにいる?
いや待て。あたりを見渡してみると、もっと混乱すべき事情であることが分かる。なにしろ―――魔法科は、ほとんどカムラン教会附属初等学校魔術系クラス出身の生徒で構成されているのだから。
座席順に見ていくと、縦三列、横五席の全十五席の左端にいるのがニーナ。その隣がフランソワ。そのまた隣がノア……と、恐ろしいほどにカムラン教会附属初等学校で埋め尽くされているのである。当然、その中には私も含まれており、新しく見る面々は三人しかいない。
一人は、先程見たシュトロハイム・ヴァイス。そして暗い目をした白髪の青年と、黒髪黒目セーラー服の―――見るからに日本人の女子高生。
本当、不思議な空間だ。ここ。
そう思っていた矢先、ニコラ先生がチャンスを与えた。全員の名前を知るチャンスを。いやまあ、生活していけばそのうち全員の名前など把握できるのだが―――こういうのは、早めに知っておいたほうが良いだろう。
「では、席順で自己紹介してくれ。まずは―――……ニーナ」
「何よ」
「いや、また『ガキィ……』って言いそうで怖いなって」
「あんた、先生だとしてもはっ倒すわよ。……まあ、いっか。ええ。んじゃ、自己紹介させてもらいます。私はニーナ・サッバーフ。よろしく」
そう言って、ニーナは席へと座る。ニコラ先生はその様子を見届けて次のフランソワを見た。
「んじゃ、次、フランソワ」
「はい。ええと、僕がフランソワ。フランソワ・カリオストロ。今回こそは学術科だと思っていたんだけどね……初等学校の頃から学術系クラスだと思っていたのに魔術系クラスだったり……。そろそろ、魔法科じゃなくて学術科だと。ま、やるしかない、って高をくくっているけどね。それじゃあ、よろしくね」
同様に、フランソワが座る。そしてその次であるノアの方を見てみると、不機嫌そうに頬を膨らませて座っていた。ニコラ先生に呼ばれて、しぶしぶ立ち上がったように見えた。
「次はノア……と、行きたいところだが。大丈夫か? ノア」
「ああ……ちょっとムカつく―――いや、もう目に入れたくないやつがいたんで、苛ついていただけだ。問題はない。いや、問題しかないけど……ああ、もうクソッ! なんたってアイツとおんなじクラスにならなきゃなんないんだっての!
―――すまん。取り乱した。オレはノア・アハト・エヴァネフィル。『古代魔術』の研究をしている。恐らく知っていると思うが、あんな異端とは断じて違うからな!」
そう言い放ってドカッと乱暴に椅子に座る。座るときも「ああ、クソッタレが!」とぼやきながら座っていた。
そして、その隣が―――
「あら、こりゃまたすごい言われようやな、上方。ま、えっか。あんたは上方と違うもんな。人間、誰しも個体差はあるっちゅうもんや。今回は目をつぶったる。けどな、次そういう事言うんやったら……本気で潰す」
「あ? 何言ってんだテメェ? 潰されるのはどっちか分かってんだろ? んなら、そういうこと言うなよな。テメェが怪我するだけだ」
「「はぁ?」」
バチバチと、二人の間に火花が散っている幻が見える。電気とも雷とも似つかないその幻は、いずれ互いを焼き尽くすのか? と、下らない厨二病的な考えを胸の内で抱いていると、流石にニコラ先生が仲介に入る。
ヒュッと黄金の軌跡が二本。
それはきれいな直線を描き―――二人の机に刺さる。それは、黄金で作られたナイフ。私が―――初等学校入学式を終えた初めての授業の冒頭で投げられたものと同じものだ。とっさに『生活魔術・遠方確認』を無詠唱で発動させる。そこには、紙があった。内容は―――
『静かにしろ』
『無駄に騒ぐな』
『問題を起こすな』
『バカ』
―――と、私が書かれたものとだいたい同じ内容が書かれていた。
二人は、恐る恐るニコラ先生の方を見た。
そこには、彼らだけでなく、私達にも分かるほど濃密な〝呆れ〟と〝苛立ち〟の気配をまとわせていた。それは、そろそろ鮮やかな赤のオーラとなるかのように。
「……すまん。取り乱しちゃったわ。許してや」
「……おう、こっちも悪かったかもしれねぇ。すまなかった」
二人はニコラ先生に恐れをなし、一旦休戦としたらしい。そしてノアが座り、彼(彼女?)が自己紹介を始める。
「んじゃ、気を取り直して。上方はシュトロハイム・ヴァイス。見た目からはあまりわからへんと思うけど、性別は男や。シュトロハイムって言うとるやろ? 男の名前やん。性別の判断は見た目だけやなくて名前とかで判断してほしいわ。ほな、こっから何年かよろしく」
「ヴァイス家か。エヴァネフィル家に次ぐビッグネーム、ねぇ。まあ皇立学院だからそういう事態もあると思ったとはいえ、まさか旧聖人三家の全ての家が揃うとは。俺も、けっこう気合い入れなきゃなんないかもな」
そう言って、シュトロハイムが座る。シュトロハイムの性別は―――男だったのだ。とても中性的で、どっちつかずの雰囲気だったため、今まで判断できなかったが―――男だったのか。
いや、さっきニコラ先生はなんと言った? 〝旧〟聖人三家と言ったような気がするが。旧聖人三家―――ああ、なるほど。あの〝堕ちた〟家が原因であり方が変わってしまったのか。
そう思っていると―――次の紹介が始まった。
「……ええ、はい。ボクはミッシェルと言うものです。……ええ、そうですね。本名はミッシェル・ド・モンモランシー=ラヴァル。あのジル・ド・モンモランシー=ラヴァル―――ジル・ド・レェのひ孫です。はい、ええ、別に、罵ってくれても構いませんよ。あんなクズの家系に生まれたのが悪いのですから……」
「……ああ、こりゃあ本気で気合い入れなきゃなんないかもしれねぇ……。―――エヴァネフィルとヴァイスを会わせるな殺し合う。エヴァネフィルとヴァイスにモンモランシーに会わせるな卑屈になる―――とはよく言ったものだな」
ニコラ先生が言ったのは、なにかのことわざだろうか? エヴァネフィルはエヴァネフィル家。ヴァイスはヴァイス家。モンモランシーというのはモンモランシー家、ということだろうか。
ミッシェルは、卑屈さをその場に残したまま座る。
次は―――私か。
「私はクロム・アカシック。呪術師です。これから何年かよろしくね」
「……そうだな。今度こそは『魔力測定器』を破壊しないでほしいものだ。アレを直すのも、楽じゃないんだからな」
うっ、自覚が……。
次は……アリスか。アリスでこの自己紹介も最後になるな。
「……はい。えーっと……えーっと……」
「おい、パラケルスス卿」
「ひゃ、ひゃい!」
アリスが自己紹介を始めようとした矢先、ノアが入る(ノアは、アリスのことを名字であるパラケルススに卿をつけて呼ぶ)。
少し強い語気であることから萎縮してしまったのだろうか。アリスが普段出さないようなか弱すぎる声を出す。
「もっと堂々としろ。パラケルスス卿。そんなんだと、聖女―――いや、ポンコツな運だけの聖人にすら成れねえぞ。聖女っていうのはな、人前に出るケースも多いんだよ。例を上げると―――貴族の葬儀だろ? 他の聖人の葬儀に皇族の洗礼。ああ、あと稀にだがお告げだか何だかもやらなきゃなんないし……人前にしか出ないぞ。そんな状況下になっても、同じようにオドオドしてられるのか。パラケルスス卿?」
そう言って、ノアはアリスの返答を待つ。
アリスは一度うつむき―――先程と似たような顔をしてノアの方を見る。
「……えーっと、今はまだ、早いかなって」
その一言がノアの逆鱗に触れたのか、ノアが血相を変えて突然に席を立ち上がり―――アリスに言い放つ。
「―――ああ、そうか。そうかよ! クソ! 何、勝手にすればいい。そうやっていつまでも先延ばしにして、いつまでもウジウジしていればいい。パラケルスス卿!」
そう言ってノアは教室を去っていった。アリスはうつむいている。
その状況を見たニコラ先生が頭をかいて「はぁ……」とため息を吐いて言う。
「……代わりに俺が紹介しよう。アリス・アーゾット・パラケルスス。先代の『聖女』の娘だ」
それではここで初授業を終える。そう言って、新しい学校での初授業は最悪な雰囲気で終わったのであった。




