Story.02―――主人公遭遇
―――え? 〝機械嫌いの勇者様〟カナリア・エクソス―――の幼少の姿、だと?! しかも生で? まじかヒャッホウ! ―――と、浮かれていたのも束の間。カナリアが、私に近づいてきて……
パチーン! と、気持ちの良い高らかな音を立てて、私の頬を引っ叩いたのだ。突然の出来事に、私は呆然とする。すると、涙目になりながら彼女は私を引き寄せて―――
「もう、どこ行ってたの! 心配してたんだよ!」
無事で良かった……。と、彼女は私に抱きついた。その力は思ったより強く―――やはり、悲しみと愛というのは、人間の力を上昇させるのだろう。
「……ごめんね。心配かけちゃって」
無意識下に、そう答えていた。レッサー・バーサークバッファローの返り血で血まみれになった私に抱きついたカナリアも、その服をところどころ真っ赤に染める。彼女の涙は、私のかつて純白であった深紅のワンピースにシミを作っていく。
私は、泣きじゃくるカナリアの頭をやさしく、そっと撫でる。ツヤのある赤髪のストレートロングが、手を滑らかに滑っていく。その感触は、私にとってはとても新鮮なもので―――。退職してニートになってから数年。時々、かわいがっていた後輩の頭を撫でたことを思い出した。……懐かしいな。
そして、カナリアは、数分泣いた後、
「帰ろっか」
そう言ったので、私も頷いた。村の門へ行くと、そこには門番のおじいちゃんが立っていた。この身体の記憶によると、このおじいちゃんは大体午後五時過ぎになると帰ってしまうらしく、その理由は恐らくこの時間帯まで遊んでいるクロムとカナリアを安全に村の中に迎えるためであろう。そうなると、なんだか申し訳ない。……そう言えば、ゲームだとこのおじいちゃんとはほとんど喋ってこなかったような気がする。それも含んで、申し訳ない。
と、そんな事を考えていると、おじいちゃんが近づいてきて、
「ど、どうしたんだ! そんなに血まみれになって!」
「あ、はい。……ちょっとモンスターと戦って―――」
それを聞くと、おじいちゃんはもちろん、カナリアも驚いていた。そして、おじいちゃんは私の肩を掴んで……すごい形相で問いただした。
「な、何のモンスターと戦ったんだ?! それほどの返り血を浴びるほどなら、とても大きなモンスターと戦ったはずだ! ……そもそも! 子供がモンスターと戦って勝てるものじゃない!」
そりゃあそうだ。恐らく、このレッサー・バーサークバッファローだってここらへんでは中々に強いモンスターであろう。大人が団体で出るほどには、強いだろう。そして、モンスターを狩るというのは、それは大人の仕事である。―――それは、きっと危険だからなのだろう。いや、絶対そうだ。
そして、私は正直に答えた。
「れ、レッサー・バーサークバッファローと、戦い……ました」
「レッサー・バーサークバッファロー、だって……!? ますます子供が相手できる存在ではないぞ、そいつは!」
そして、おじいちゃんは少しため息を付くと、
「まあ良い。早く帰りなさい。もう遅いから、ね」
「「はい、さようなら!」」
うん、さようなら。と言って、おじいちゃんは向き直った。そろそろ体感時間で午後五時。あのおじいちゃんも帰ることだろう。と、ふと思った。あのおじいちゃんの名前って、なんだろう。この身体の記憶をたどってみても、それらしい記述は見つからない。……カナリアに聞いてみるか。
「ねえ、カナリアちゃん」
「ん? 何?」
「え、えっとね……あのおじいちゃんって、どんな名前の人なの?」
我ながら完璧な幼女の演技なのではないだろうか。……まあ、この身体の記憶をたどって話し方を真似てみただけなのだが。―――二十歳を超えてもうそろそろアラサーだった元ニートがこんなこと言っているとなると、途端に気色が悪くなる。
そして、カナリアは少し首を傾け考えると(かわいい)、あっと思い出したかのように言った。
「えーっと……あのおじいちゃんは、確かね、エクター・ド・マリスっていう騎士さんなんだって! 確かね、どっかのお国に仕えてたことがあって……でもね、そのお国はね、ずーっとずーっと昔に海の底に沈んじゃって……そして今は生まれたこの村で門番をやって安全を守りたい、って言ってたよ!」
「へ〜……」
ずっと昔に海の底に沈んだ国の騎士、か。ロマンが、止まらん! そしてあの人はエクター・ド・マリスというのか。ふむふむ。覚えておこう。……確かどっかで聞いたことがあるような名前なんだよなあ。エクター・ド・マリス。名前からしてフランス人。フランス人の騎士で、結構有名な人……シャルルマーニュ伝説にはいないし……騎士というからにはアーサー王伝説? アーサー王伝説に、エクター・ド・マリスなんていう人いたっけ? こう見えても某M大学文学部卒だから、結構知ってると思うんだけどなあ。と、そんなことを考えていたら、カナリアの―――私達の家についた。
「ただいま〜」
と、カナリアが言うので、私も、
「ただいま」
と言った。すると、家の奥からドタドタと走る足音が聞こえてきて、ズザザザーと勢いよく減速し、直角に玄関に出てくる。そこにいたのは……
「わ〜、おかえり! お姉ちゃん達! ごはんできてる!」
私の―――クロムの妹であるクロミア・アカシックである。なんと可愛いのだろうか。もう最高。この二人がいるだけでめちゃくちゃ癒やされる。しかもご飯も作ってくれて……お姉ちゃん、嬉しいよ。嬉しすぎて泣きそうになってくる。
すると、カナリアが私の顔を覗き込んで、
「どうしたの、クロム? 具合悪い?」
と聞いてきたので、いらぬ心配をかけないためにも、私は首を横に振った。
「ううん、元気だよ!」
その言葉を聞いてカナリアは、少し微笑んで、胸をなでおろし、心底安心したかのように言った。
「そう、それは良かったよ。それじゃあ、ご飯にしよっか!」
そうしてから、私達は夕食の準備をした。やはりあのゲームの中そっくりで、木製のものしか置いておらず、流石は中世ヨーロッパ風の世界だと思う。コト、とスープの入った木のボウルを三人分、同じく木のテーブルに置く。と、言うか全体的に「木」しか置いていないのである。壁と床、かまどなんかは石でできているが、それ以外は全て木である。……確かカナリアには『妖精加護・樹木精の加護』がかかっていたはずだから……もしかして、その加護でこの家はできている?! そんなデタラメなことができるのか、この世界は……。
そして私達は同じく木の椅子に腰掛ける。うん、木のぬくもりが感じられる、良い作りだと私は思う。これも、人生の殆どを都会で過ごして、鉄筋コンクリートに囲まれた生活を送っていたからなのだろうか。有機物が何とありがたいことか。有機物である木の炭素の気配まで感じる。
「じゃあ、食べようか」
カナリアがそう合図すると、私は手を合わせようとした。しかし、周りをよく見てみると、誰も手など合わせようとしない。もしかして……食事の前に手を合わせる行動などしない? いただきます、もない? となると、食事の前はどんな動作をしているのだろうか。そう思ってカナリアの方を見ると、手を握っている。礼拝などをする時と同じような手の形である。もしや……
「地の恵みに、海の恵みに感謝します。精霊よ、どうか私達に明日も同じく糧をお与えください。―――全てのモノに、感謝を込めて」
と言うと、クロミアとカナリアが揃って叫ぶ。
「「『食事を始めよう』!」」
「す、『食事を始めよう』!」
私は、ワンテンポ遅れて食べ始めた。この世界では、神に祈るよりもどちらかと言うと妖精とか精霊とかそっちの方に祈る―――妖精信仰が盛んらしい。というのも、恐らく妖精とか精霊とかの方がこの世界の住人にとっては身近な存在なのだろう。神とかいう得体のしれない、何の恩恵を与えてくれるわからない存在よりも、妖精や精霊という見知っている様々な恩恵や加護を与えてくれる存在のほうが信仰がしやすい、ということか。
そして、私はスープを口に運ぶ。すると、私は感激する。ああ、人の手料理の美味しさよ! インスタントとかデリバリーとか、そういうものしか食べていなかった私にとって、この美味しさは別ベクトルで致命的である。その日は、もうたらふく食べて、風呂に入るとすぐさま寝てしまったのであった。
スープって打ったら予想欄にスープおじさんって出てきたんだが。トラウマを思い出させるな。