Story.21―――〝星の離反者〟
「―――『応用魔術・雷光のごとく、俊足』!」
フランソワは駆け出した。
この教会中を縦横無尽に駆け回る。
「小癪な……。まあ良い、走り回るだけでは、私には勝てない!」
そう言って、ランスロットは左手に握る〝愛妃剣〟不貞の産物を振るおうとする。だが、しかし―――
それは叶わなかった。
「―――なっ! これは……糸か!」
「惜しいね! けど違う。これは僕が張り巡らした―――暗殺教団の名産品『聖銀粉末』を大量に集めて作った『対魔性鉄糸』だよ。そして―――やっちゃって、教主!」
「ええ! 行くわよ!」
ニーナは、フランソワの張り巡らした『対魔性鉄糸』をぐっ、と強く引く。
すると、次の瞬間。
「がっ―――は! クっ! 身体が―――引き裂かれる!」
「そう。そうして魔性を切り刻む教主の最高殺人術。それが―――」
「はああああああ!」
『―――暗術『硬糸八裂』!』
聖性を持つ聖銀が、魔性を持つランスロットに食い込む。
聖性と魔性というのは実は相克の関係ではない。聖性は、魔性に一方的に強いのである。それはなぜか。こちらは『神聖魔術』の理論の基礎なのだが、『神聖魔術』で使用する正属性の魔力というのは、通常よりも特殊な条件で生成されるため、通常の負属性の魔力よりも高次元の存在である。
そして、聖性を持つ物体・物質は、この正属性の魔力を多く含んでいる。また、魔性を持つ物体・物質は負属性の魔力を多く含んでいるため、聖性と魔性は一方的な力関係になっている、ということである。
この理論で行くと、ランスロットは『対魔性鉄糸』によって切り裂かれる。
―――はずだった。
しかし、私達は忘れていた。
今対峙しているこの敵は、考えてみれば私達が入学する時、あるいはそれ以前から神父として教会に所属しており、正属性の魔力を浴び続けているはずである。
となると、聖性に対しての耐性を持っていると考えるのが、必然だろうに。
「―――U―――Ugahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh―――!」
「な、『対魔性鉄糸』が……」
「引き裂か―――れた?」
ふー、ふーと、ランスロットは私達をじっと凝視する。
と、思えば―――不気味に笑い始める。大きな喝采をあげて。
「ふははははははははははっははは!! 見事! その技術、実に見事だよ、暗殺教団の諸君! ―――と、暗殺教団と言ったかね? なるほど、懐かしい名だ。私がまだ〝魔祖十三傑〟になる前に偵察に行った時、教主はハサン・サッバーフという人物だったが……今は、君かね? 娘よ」
「……ええ、そうよ。私が三代目教主―――ニーナ・サッバーフ。神の秘跡を継ぐ者よ」
ランスロットは、その問いの答えに満足すると、語り始める。
「そうか、良い名だ。その名をつけた父親は、君よりも手練れだったのだろう。私の部下も、一人暗殺教団の教主と名乗っていたアブドゥル・サッバーフ、という男に一瞬にして八裂きにされた。その時も言っていたな―――暗術『硬糸八裂』、と」
「―――そう。父を知っているのね」
「当然だとも。君の父親は―――私に殺された。アブドゥル・サッバーフ。彼はいい人だった。私を滅するとほざいて―――そのまま、私に〝反聖剣〟『不壊』の原理を振るわせるまでは追い詰めたがね。結果的には、死んだのだよ」
数秒の沈黙。
―――そして、ランスロットの身体に傷がつく。
否、切り刻まれる。
目にも止まらぬ速さで、ニーナが切り刻んだのである。しかし、その手に握る得物は先程まで握っていた〝色即是空、空即是色〟とは似て非なる得物で―――。
「―――これは……〝色即是空、空即是色〟ではない! なんだ、これは!」
「……〝是大神呪〟。切り刻んだ範囲すべてを世界ごと押しつぶす、神代の秘跡。〝般若波羅蜜多〟に次ぐ、破壊の権化よ。
―――死ね! 父の仇!」
ド―――――――――ン!
瞬間、轟音が響く。
大きな拳で握りつぶされたように、真空にした缶が一気に潰れるように、ランスロットがいた場所―――正確に言えば、ニーナが〝是大神呪〟で切り刻んだ範囲が押しつぶされる。
土煙が、もくもくと立ち上がっている。それは、ランスロットがいた場所を隠しており、確実に仕留めたかどうか、確認できなようになっている。
「これで、おしまいね」
と言って、ニーナが背を向けた瞬間。
何かが恐ろしいスピードで私達の間を駆け抜ける。それはちょうど、妖精の持っている羽のようなモノを生やしていて―――。
そして、ニーナがくらっ、と一瞬したかと思うと、倒れ込む。
見てみれば、ニーナの脇腹から、鮮血が流れ出ている。
「ニーナ! フランソワ、フランソワどこ?!」
救助を頼もうと、フランソワを探すが、どこにも見つからない。
しかし、上を見ると―――
「フランソワ……? フランソワ!」
教会のステンドグラスの近くに、磔になっていたのである。胸には、既視感のあるいやらしい桃色の剣―――〝愛妃剣〟不貞の産物が突き刺さっていた。
それはまるで、標本のごとく。
これをやったのは、間違いなく―――。
「ランスロットォォォオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「ふははははははははははっははは! ふははははははははははっははは! 実に、愉快! 私をあんなもので殺せると思ったか。……だがしかし、生き残った君にはヒントとして言っておこうか。でなければ、私が楽しめない。
―――私があらゆる攻撃を食らっても耐えるのは、この〝反聖剣〟『不壊』の原理の性質が関係している。〝反聖剣〟『不壊』の原理はその名の通り、『不壊』を司る剣だ。それ故、所持者にもその『不壊』の方向性が付与される。よって―――私はいかなる攻撃でも壊れない、即ち死なないのだ」
私は、その内容に息を呑む。
それってつまりは、倒す方法がないということ? チートかよ。
「……本当、でたらめなやつ!」
「お褒めに預かり光栄だ、クロム・アカシック。さて、こちらからヒントはあげた。いつでもかかってくるがいい。君を相手にするには―――〝反聖剣〟『不壊』の原理を振るう価値もある」
「―――そう、なのか。なら、早速死ね。『第一呪・風水開放』、『第二呪・陰陽制定』、『第三呪・五行顕現』―――『離呪結界』! ―――『第四呪・音憎凶乱』! 〝とりあえず、死ね!〟」
音が、言葉がランスロットに突き刺さる。
この『第四呪・音憎凶乱』はいわゆる〝呪言〟と呼ばれるものである。
呪力で空気を揺らすことによって、呪力をまとった音波が発生する。その音波をアンテナにして、放った言葉に込めた意思を相手に強制させる―――それが、呪術の四番目の秘術『第四呪・音憎凶乱』である。
これを回避するためには、私が『第四呪・音憎凶乱』発動の際に込めた呪力の十三倍の魔力で発生させた魔力をまとった音波をぶつけ、対消滅させなければならない。私の呪力は、魔力を十三倍濃縮したものであるためである。
私が込めた意思は〝死〟の強要。だから、『第四呪・音憎凶乱』を聞けば絶対に自ら命を立つはずなのだ。
―――しかし、薄々勘づいてはいたが―――
「ほう、呪術とな。私よりも上位の〝魔祖十三傑〟の方々にも二人ほど呪術師はいらっしゃるが―――あの方々には、程遠い。もしあの方々ならば、私をその『第四呪・音憎凶乱』で殺していただろうに。君の呪力では―――〝反聖剣〟『不壊』の原理の理は超えられない」
「やっぱり、効かなかったか……。それじゃあ、これはどう?」
私は、あらかじめ仕込んでいた呪符を取り出す。
師匠が編み込んだ魔術式。それを呪術に応用できるようにして―――作り出したのが、この呪符である。そこに書かれているのは、通常の魔術式よりも遥かに難解な術式。
それに呪力を流して―――
「これは、耐えられる? ―――『第五呪・九字格子』!」




