父親が亡くなって何年経つかを毎年テレビで知る
9月3日は亡父の誕生日でした
それも大正15年ですからね
私は両親が結婚してから大分経って諦めかけていた時に生まれたそうです
しかし、亡くなった弟はさらに6歳下ですからね
当時としては本当に高齢出産でした
母親は存命しており今年95歳です
今は要介護2で有料老人ホームに入居しております
頭はしっかりしていますが、腰椎の圧迫骨折からの後に起きた感染症の手術のせいで左足の足首から先が動かなくなり、我が家は3階建てで生活しにくいためと、よく感染症で40度くらいの熱を出すことが多く危険なので24時間面倒を見てもらえる老人ホームに入居させているのです
父親は1995年7月15日に亡くなりました
最初の間は、一周忌だとか三回忌だとかで年数は覚えていました
ところがある程度年数が経過すると実際のところ、はて何年経ったんやっけ?となるのです
弟は数年前に無事50回忌を終えました
祖父母や父より早く迎えました
50回忌(49年目)というのは弔い上げと言われるように法要の終わりとなります
ここで打ち止めです
ただ、通常で考えると子供が親の50回忌を迎えるためには長生きしないといけないのでなかなか難しいようですね
まあ、今は長寿が進んでいますから昔ほどではないかも知れませんが・・・
そう言えば、もうすぐ祖母の50回忌になりそうなはずなのですが・・・
やはりなかなか年数は解らなくなってしまいます
さて、父親も何年経ったかははっきり言って正直覚えていません
でも、7月15日が命日なのに毎年1月に何年経ったかをテレビが教えてくれるのです
もちろん特別番組が編成されて父親の名前を出して何年経ちましたと言ってくれるわけではありません
まあ、町会長に民生委員や保護司をしていたので地元では有名でしたがテレビに取り上げられることもありません
それでは何故半年も前に解るのか?
1995年と言えば・・・
そうです
1月17日にあの大惨事の阪神淡路大震災が起こりました
私も大阪人ですのであの日のことは鮮明に覚えています
朝方まだ寝ていましたがドンと来て「おや?地震や!」と思っても普段どおりまだ寝ていました
ところが揺れだすと・・・これはいつもの地震じゃないぞ!と飛び起きて、音響器材が積み上がっている棚を抑えていました
お陰様で我が家の被害は玄関の下駄箱の上に置いてあった花瓶が落下して割れただけでした
我が家の辺りは南北に揺れる地震が多いようで、食器棚は南北に長く置いてあるのでいつも被害を免れています
まあ、しかしいつもより大きな地震やったなぁとは思いましたがまさか神戸であんなことになっていたとはその時は全く思いもしませんでした
そして毎年1月17日になると阪神淡路大震災1.17のつどいが開催されるのです
その報道を見て地震と父親のことを・・・ああもう何年経つねんな・・・としみじみ想うのです
そう言えば子供の頃から世話になった近所のおじさんは同じ年の1月16日、つまり地震の前日にお亡くなりになられたことを思い出しました
大変な通夜式と葬儀だったようです
大惨事が起こったことで違うことも解るというのは奇妙でやるせないですね
改めて黙祷いたします




