弐.もうひとつの理由
一方清名は、後ろから絶え間なく聞こえてくる息子の声に、不安を隠せない。
「本当に、証でお役に立つでしょうか」
こそりと漏らすと、雪原はにこりと笑みを返した。
「証が適任だと思っていますよ」
だがそう言うと、その笑みはすっと消えた。
「瀬尾義孝の代わりは、誰にも務まらないでしょうからね」
柚月の様子がおかしい。
鏡子からそう聞いた時、雪原は、やはり、と思い、ずっと心の片隅に引っかかっていたことが現実になってしまったかと、胸が痛んだ。
柚月は、人を斬るには優しすぎる。
まして、人斬りなど…。
どんな思いで担ってきたのか、そして、心にどれほどの傷を抱えているのか。
計り知れない。
心の支えになる存在が必要だ。
そしてその存在として、雪原の脳裏に一番に浮かんだのは、義孝だった。
瀬尾義孝。
柚月の親友。
唯一無二の存在だ。
一度はほかの仲間とともに柚月を裏切り、仲たがいをした。
その時義孝に刺された傷は、今も柚月の左の脇腹にくっきりと残っている。
だが、心が切れたわけではなかった。
戦の最中、戦地のひとつとなった日之出峰の山中で再会し、仲直りをした。
これから新しくなるこの国で、共に生きようと約束もした。
そしてその直後、義孝は行方知れずとなってしまった。
未だ消息は分からず、遺体も見つかっていない。
だが、おそらく生きてはいないだろう。
柚月もそう思っている。
ただ、信じていないだけだ。
柚月はまだ二十歳手前。幼ささえ残っている。そんな柚月の未熟な心は、その真実を受け入れられるほど、強くはない。
微かな希望を捨てきれず、すがっている。
なんと儚く、脆い頼りだろう。
「たまに柚月を連れだしてくれればいいのですよ。最近部屋にこもりがちらしくてね。鏡子が心配しているのですよ」
「それなら。確かに証は適任ですね」
清名の声に、安堵が混ざった。
「そうだ! 柚月さんが稽古つけてくださいよぉ。それなら、僕も道場に行くの楽しいしぃ」
後ろから、証の元気な声が聞こえてくる。聞こえてくるのは証の声だけだ。柚月は返事どころか、相槌もほどほどにしかしていない。
にもかかわらず、証はずっと話しかけている。
証には、そんな底抜けの明るさと、図々しいまでの人懐っこさがある。
きゃっきゃっと騒ぐ証の横で、柚月の警戒はますます強くなっていた。
日が落ち、視界が悪くなったが人が多い。
いや、多くなる方に向かっている。
この先は、という柚月の予想通り、雪原は朱色に染められた大きな門の前で足を止めた。
周囲を深い堀と高い塀に囲まれたこの街は、この朱色の門からしか出入りできない。
入るも出るも男ばかり、皆浮足立っている。
無数の提灯に彩られた、魅惑の世界。
遊郭、「末原」だ。




