表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/14

壱.日暮れの道中

 明るいうちに四人揃って邸を出た。


 柚月は行き先を知らされないまま。ただ黙って、先に行く雪原の後に続く。

 一行は、大通りを渡り、やや南へ向かった。


 冬の夕暮れは早い。

 どんどん日が落ちてきて、途中から清名が提灯をともし、雪原の足元を照らした。

 その後ろを歩く柚月の顔は、厳しい。


 都の治安は以前ほど悪くはない。

 だが、何が起こるか。

 何しろ今前を行くのは、この国の宰相、将軍に次ぐ地位の人だ。

 自然、周囲への警戒が強くなる。

 それが顔に出ている。

 その横顔を、証は憧れのまなざしで見つめた。


 昼間、邸で見た柚月は、小姓らしくキチリとして、凛々しかった。

 証の目には、ずっとそう見えている。


 現実はというと、少し違う。

 昼間の雪原の部屋での一幕には、続きがある。


 椿と証は、恋人同士なのではないか。

 不安と疑いに襲われた二人の関係が、ただの幼馴染だと知らされ、それを告げた雪原のニヤリとした悪い顔を見て、柚月はすべてを悟り、どっと疲れて額に手を当てた。


 ニコニコ楽しそうな雪原が恨めしい。

 そして自分が情けない。


 証は、ガクリと肩を落とす柚月に笑顔を向けると、顔の横でかわいらしく両手をぐっと握った。


「僕、応援してますから!」

「えっ…!」


 柚月はパッと顔を上げた。

 その顔が、赤く熱くなる。


 ――えっ、なんでバレて…。


「あ、いや…っ」


 柚月がうまく言葉を出せないでいると、追い打ちをかけるように、清名が茶を置いた。


「証。そっとしておいてやれ。色恋など、お前の力でどうこうなるものでもない」


 ――清名さんまで⁉


 柚月に、雷のような衝撃が走った。

 証ばかりか、清名にまでバレている。


「あ…、いや、あの…」


 言い訳したいが、言葉が出ない。

 真っ赤な顔であわあわする柚月をしり目に、証はくるんと清名に向き直った。


「もう! 父上はぁ。椿に幸せになってほしくないんですか!」


 ぶーぶー口をとがらせる。


「そんなことは言っておらん。余計なちゃちゃを入れてやるな、と言っている」


 応戦する清名は、やはり淡々としたものだ。

 その表情に動きはない。


 ――清名さん、そんな真顔で言われたら、余計恥ずいっス…。


 柚月は片手で顔を覆い、何の言葉も出ず、清名親子がぎゃあぎゃあ言い合う声が響く中、ただただ体中がゆで上がるほど熱かった。

 当然、清名と言いあっていた証は、この柚月の姿を見ていない。


 そんな柚月も、邸を一歩出た瞬間、顔つきが変わった。

 眼光鋭くあたりを警戒し、まとっている空気が、ピリッと張り詰めている。

 それがまた、証の憧れを煽る。

 証は邸を出てからずっと、柚月の隣を歩きながら、その姿を見つめ続けている。


 ――やっぱりかっこいいなぁ、柚月さん。


 気持ちを抑えられる性分ではない。

 しばらくは大人しくしていたが、大通りに出る頃には我慢の限界が来たらしい。

 すすっと柚月にすり寄ると、顔を覗き込むように見上げた。


「ねぇねぇ、柚月さん」


 柚月は、振りむきもしない。

 だが、証はお構いなしだ。まるで今から皆で遊びに行くかのように、うきうきしている。


「今からどこに行くか、知ってます?」


 柚月はやはり振り向きもしない。

 ただ、耳の端で聞いている。


 暗くなってくると、目は頼りにならない。

 気配は耳で感じとる。

 そのため、横から話しかけられると、本来なら煩わしい。

 が、柚月はそのあたり、慣れたものだ。


「いえ、私は聞いていないので」


 淡々と答えながら、その視線は、近くを行く提灯を持たない人達の方に向けられている。

 薄暗がり、どうしても明るい物に目が行く。

 それに逆らい、暗い場所に目を向けるのは、もはや身に沁みついた癖だ。


「ふ~~ん」


 証は少し前かがみになって後ろで両手を結び、さらに柚月の顔を覗き込む。


「それでも黙ってついて行くんですねぇ。なんていうか、すごいちゅーせーしん。父上といっしょだぁ」

「清名さんほどではありませんよ」

「あ、敬語止めてくださいよぉ。僕の方が年も下なんですしぃ」


 証は、どこまでも調子が変わらないらしい。

 柚月は「ふう」と一息ついた。


「清名さんほどじゃない」


 視線は周囲に向けたままだが、声が少し緩んだ。

 それを証も感じ取ったのだろう。嬉しそうにニッ笑った。


「父上は昔からず~~~っと雪原さんにべ~~~ったり。横浦(よこうら)に赴任してた頃なんて、ぜーんぜん都に帰って来なくて。で、母上が僕と姉上を連れて、時々横浦の父上のところに遊びに行ってたんですよぉ。あ、それで椿とも遊んでたんですよけどぉ」


 証は思い出にまで浸りだし、ぺらぺらとおしゃべりが止まらない。


「でも父上ってば、せっかく僕たちが行っても仕事ばっかりでぇ。ほとんどほったらかしだったんですよ。ひどくないですかぁ? そんなに楽しいんですかねぇ、仕事って。何も話してくれないから、父上が何をしてるのか、ぜーんぜん知らなくて」


 そう言って口をとがらせる。

 が、ふと真面目な顔になった。


「でもね。そんな父上が、柚月さんのことだけは話すんですよ」


 証の声の調子が変わったのが引っかかり、柚月はやっと、ちらりと証の方を見た。

 証は宙を見ながら、顎に人差し指を当てて楽しそうに続ける。


「どこでも寝ちゃうとかぁ、すぐ野良猫に餌あげちゃうとか」


 そう言って、ふふっと笑った。


 ――でしょうね。


 清名が話すことなど、ろくなことじゃないだろう、と思ったが案の定だ。

 柚月はげんなりしてふうっと小さく息を吐くと、また周囲に目を向けた。


「でも、頑張ってるって」


 まっすぐ前を見据える証は、声も表情も、さらに真剣みが増している。


「きっと、辛いことがたくさんあるはずなのに、いつも一生懸命だって」


 柚月が思わず振り向くと、証はまっすぐな目で柚月を見つめていた。


「だから僕、柚月さんに会ってみたかったんです」


 その思いは本物らしい。証の揺るぎないまなざしには、尊敬の念さえある。

 が、その顔が一変。今度は小首をかしげ、いたずらっぽい笑みを見せた。


「父上が褒めるなんて、珍しいんですよ?」


 柚月は言葉が無かった。

 すぐ前を歩く清名は、雪原の横につき、雪原が歩きやすいよう、提灯で足元を照らしている。

 いつもと変わらない。

 清名はいつでも、雪原に尽くしている。

 だがその背が、心なしか、いつもと違って見えた。


 清名は柚月にとっては教育係のような面があり、面倒を見てくれる反面、よく叱られもする。

 いや、とにかくよく叱られる。

 その清名が、そんな風に思っているなど。

 意外だ。


「僕なんて、ぜ~んぜんほめられたことないのに~」


 証が不満そうに頬を膨らませる。


 ――だろうな。


 柚月は口にはしなかったが、そう思って苦笑した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ