(5)2月13日 異世界のダイエット方法
バレンタイン前日。
畳の上で必死になりながら腹筋するリリィに気づかれないようにしながら、俺はタンスの中に忍ばせていた高級チョコと相談する。
(なあ、教えてくれ、一粒何百円もする高級チョコよ。どうやったらお前をリリィに手渡す事ができるんだ……!?)
幾ら問いかけても高そうな包み紙に入った高級チョコは答えてくれない。
コロナに感染しないように、ネットで取り寄せたのがいけなかったのか。
ウー○ーイーツに頼んだのがいけなかったのか。
ていうか、何で急にダイエット始めるとか言い出したんだよ。
その疑問の答えはすぐに出る。
昔着ていたお気に入りのドレスが着れなくなったからだ。
多分、その事実が彼女をダイエットに駆り立てたのだろう。
……こんな事になるなら、あのドレス、クリーニング屋に出しとけば良かった。
「ふん!ふん!ふーん!!!!!」
必死になって腹筋しようとする──反動をつけてようやく形になっている──を披露する彼女を横目で眺めながら、長く重い溜息を吐き出す。
痩せるのも太るのも彼女の自由だ。
俺に彼女を止める権利なんて存在しないし、もし彼女が痩せたいと思うのなら応援するべきだと思う。
(まあ、流石に健康を害するようなダイエットするんだったら、止める権利がなくても止めるんだけれど……チョコを渡すとなるとなぁ)
健康を害するダイエットを止めるのは彼女のためだ。
けど、チョコをあげるのは俺の自己満足であって、痩せようとしている今の彼女のためにはならない。
自発的に彼女がチョコを食べたいと思うまで待つか、或いは彼女がチョコを食べたくなるように誘導するか。
"いや、後者は彼女のためにならないだろう"というセルフツッコミを心の中でやっていると、腹筋を止めたリリィは突如立ち上がる。
慌ててタンスを閉じた俺は、ドギマギしながら彼女の方を見る。
俺に気をかける事なく、彼女は台所の方に移動すると、冷蔵庫の扉を力強く開ける。
そして、野菜室の中から何の草か分からない奴を取り出すと、それを持って流しの方に移動した。
「待て待て待て待て待て」
何故我が家の冷蔵庫に入っているのか分からない謎の草を持っている彼女に静止を呼びかける。
「何よ、私のダイエットの邪魔しないでよね」
「色々言いたい事あるんだけど、その草、一体なんなんだ?」
「そりゃあ、そこら辺に生えている草よ」
「そこら辺に生えている草が何で我が家の冷蔵庫に入っているんだよ」
「ダイエットのため」
「雑草を使うダイエットなんて聞いた事ねぇよ」
「そりゃあ、そうよ。だって、あっちの世界のダイエットなんだから」
そう言いながら、彼女は冷蔵庫から取り出した雑草をボウルの中に入れると、それを手ですり潰し始める。
「一応、聞いておくけど、その雑草、すり潰した後はどうする気だ?」
「勿論、食べるに決まっているじゃん」
ドヤ顔気味で危ない事を言い出したので、俺は彼女から雑草の入ったボウルを奪い取った。
「ちょ、何すんのよ!!私のダイエットを妨害する気!?」
「死に急ぐお前を止めてんだよ。ていうか、お前、この草が一体何なのか知っているのか?」
「雑草」
「雑草という名の草はこの世にねぇよ。ていうか、お前、この草が毒持っているのかどうかも知らないのに食べようとしたのか?」
「毒持っていたら、沢山吐き出せるからお得じゃん」
「毒食って死ぬっていう可能性は考えないのか?」
「え、……でも、異世界にいる私のおばさんは、そこら辺に食っている草さけ食べれば痩せる事ができるって……」
「異世界の植生については知らんが、この世界の雑草は毒持ちもそこら中に咲いているんだぞ」
ボウルの中の雑草をゴミ箱に捨てながら、彼女の死と隣り合わせの無茶過ぎるダイエットを止めさせる。
「だったら、今度はおばさん秘伝血抜きとやらを試してみましょうか」
「異世界のダイエット法がヤバいのかお前のおばさんがヤバいのか分からないけど、とりあえずそのダイエット方法止めてくれ。下手したらこの部屋、事故物件になるから」
彼女の雑草パクパクと血抜きを止めさせた事で閑話休題。
俺は彼女を畳の上で正座させると、今から彼女がやろうとしているダイエットの中身を問い質す。
「で、今からリリィは一体どういうダイエットするつもりなんだ?」
「え……何で教えなくちゃいけないのよ?もしかして、コウ、あんた、私のダイエットを妨害する気じゃ……!?」
「雑草食ったり血抜きしようとしている奴を野放しになんかできねぇからだよ」
長い溜息を吐き出した後、俺は彼女と対面する形で畳の上に座る。
「で、どんなダイエットをする気なんだ?」
「先ず、米や麦みたいな食べ物を断ち、水や雑草などで命を繋ぐわ」
「…………………………うん」
初っ端から否定の言葉が喉の奥から出かけた。
が、ここで否定したら最後まで聞けないと思ったので、寸前の所で堪える。
「で、毎日、聖書を読んだり瞑想したりして徳を高めるの」
「…………………………………うん」
「で、死後、腐敗しないよう肉体を整えた後、土の中に埋めてもらうの」
「…………………………………………うん」
「土の中で断食をしながら鐘を鳴らし読経し続ける事で、約56億7000万年後、神様と共に地上に現れる事で私のダイエットは終わりを告げるの。──これがおばさん秘伝のダイエットよ」
「俺、即身仏のなり方については聞いてないんだけど」
ドヤ顔気味に即身仏──人間が現世の肉体のままで仏になること──のなり方を意気揚々に説明するリリィについツッコミの声を上げてしまう。
「ていうか、お前、その話が本当だったとして、五十六億年もダイエットし続けるつもりだったのか?」
「それが確実に痩せれる唯一のやり方だというならば」
「確実に痩せられる方法はこの世界に幾らでもあるから血迷うなよ」
部屋の隅に置いてあった昨日コンビニで彼女に買ってあげたダイエット雑誌を指差しながら、俺は彼女に再度質問を投げかける。
「ていうか、あの雑誌に載っていたダイエットはやらないのかよ」
「うん、さっきあの雑誌に載っていたやり方でダイエットしようと思ってたんだけど……」
上品さを感じない雑なやり方で彼女は肩にかかった自分の髪を振り払う。
「腹筋がキツ過ぎたから速攻で止めたわ」
「即身仏になる方がもっとキツイぞ」
彼女のダイエットが長続きしなさそうなので、少しだけホッとしてしまう。
これなら、明日、幾らでもチョコを手渡す機会が生まれるかもしれない。
「まあ、ダイエットなんて自分のペースでやればいいんだよ。最初から飛ばし過ぎると長続きしないと思うし。ゆっくり痩せていけば良いと……」
「そんな流暢に時間をかけてられないわ」
「コウ、私はね、一刻も早くスリムボディに戻りたいのよ」
「だったら、何で五十六億年かかるやり方を腹筋の次にチョイスしたんだよ」
「とにかく!最短かつ最楽なダイエットで私はあの頃のボディを取り戻すから!!絶対に邪魔しないでよね!!」
そう言うと、今の今まで正座をしていた彼女は唐突に立ち上がろうとする。
が、足が痺れていたのか、再び畳の上に膝をついてしまう。
ダメ元精神で俺はポケットに入れていたチョコを彼女に差し出した。
彼女はチョコを一瞥すると、プイッと視線をチョコから逸らす。
どうやら俺が思っている以上に彼女の意思は固いらしい。
(さて、どうしたものか……)
チョコが入ったタンスを視界に入れながら、俺は溜息を吐き出す。
バレンタインデーまであと僅か。
だというのに、俺は突破口らしきものを未だに掴めていなかった。
この場を借りて、ブックマークしてくれた方、そして、評価してくれた人に感謝の言葉を述べさせて貰います。
本当にありがとうございます。
また、昨日に引き続き、読んでくれている方にもお礼申し上げます。
明日の更新は夕方頃に予定しております。
具体的な時間に関しては、明日の正午頃、Twitter(@Yomogi89892)で告知させて貰います。
よろしくお願い致します。
(厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております)