(4)2月13日 今、ダイエット宣言されても困るんだが
すみません、後書きで本日20時に投稿しますとか言っていましたが、この話を投稿し忘れていたので、今、投稿させて貰います。
次の更新は本日20時です。
今度は嘘じゃないです。
本当に嘘ついて申し訳ありませんでした。
コンビニに辿り着いた瞬間、リリィは本のコーナーに向かって歩き出した。
"普段ならお菓子のコーナーに行くのに"と思いながら、俺は彼女の後に続く。
「何か読みたい雑誌とかあるのか?」
「ん、ちょっとね」
そう言って、彼女はデカデカな文字で"ダイエット特集"と書かれた雑誌を手に取る。
……何て声を掛けたら良いのか分からなかった。
「お、俺、新商品のアイス、見てくるから」
「ちょっと、どこに行くのよ」
彼女は素早い動作で、この場から逃げ出そうとした俺の腕を掴むと、この場に留めようとする。
「ここにいて。一々呼びに行くの面倒でしょうが」
「い、一々呼ぶ必要あんのか?」
「読めない漢字が出てくるかもしれないからね。ほら、私、片仮名や平仮名は読めるようになったけど、漢字や英語はまだ全然だし」
そう言って、彼女は雑誌に目を通し始める。
「……おい、立ち読みは良くないぞ」
「立ち読みじゃないわ、物色よ。ほら、服屋さんだって試着しても良い事になってるじゃない。それと同じよ。これはより優れたダイエット雑誌を手に入れるための試読なのよ」
熱の籠った視線でじっくり雑誌を流し読みしながら、彼女は屁理屈を垂れ流す。
「でも、服と違って、本は情報が命だろ?ここで情報だけ抜き取ったら、殆ど万引きじゃないのか?」
「情報を全部インプットしている訳じゃないわ。ざっと目を通して、どれがより優れたものなのか見極めているのよ。お魚屋さんだって、より良い魚を手に入れるために、市場を練り歩いているじゃない。それと同じよ」
「……本当に同じなのか?何かちょっと違う気がするんだけど……」
一冊目の試読を終えた彼女を見つめながら首を傾げる。
「同じよ。魚屋も私もより良いものを手に入れるために買い物しようとしているんだもん。いい?私達消費者がより良いものを買おうとする事で、生産者により良いものを買わせなくちゃみたいな精神を植え付けさせなきゃいけないのよ!!もし粗悪品に高い金を出してみなさい!!調子に乗った生産者は、生産物の質を高くする事を諦めて、粗悪品をより高い金で買わせるための努力をし始めるわよ!!そうならないためにも、私達消費者は気高く買い物しなくちゃいけない訳!!幾ら生産者の事が好きで買い支えたとしても、買い支える事と生産者を応援する事が等符号的関係だったとしても、生産者を甘やかしてはいけないのよ!!生産者のためにも、私達消費者のためにも、……そして、後の世代のためにも……!!私達消費者はより良いものを買う精神であり続けなきゃいけないのよ!!!!」
「分かった、分かったから落ち着いてくれ。お前の大声の所為で、レジでうたた寝していた店員さん、飛び起きちゃったから」
一人で勝手に盛り上がる彼女を落ち着かせようとする。
「ていうか、お前、あっちの世界じゃ令嬢だったんだろ?にしては、金銭感覚が庶民染みているというか、金遣い荒くないというか……」
「そりゃあ、当然でしょ。お金ってのはね、大事を成す時に必要なものなのよ。というか、お金がないと大事を成す事はできないわ。私から言わせてみれば、自分の欲を満たすためだけに金を使うのは二流のやり方よ。そんな金の使い方じゃ何も成し遂げる事はできないわ」
上品に肩にかかった己の金髪を手で払いながら、リリィはドヤ顔を披露する。
「まあ、私はあっちの世界では一流のお金持ちだったから、いいお金の使い道をしたって訳よ」
「へえ、たとえば?」
興味をそそられた俺はつい具体例を尋ねてしまう。
彼女は雑誌を読みながら、具体例を俺に教えてくれた。
「そうね……一番お金を使ったのは、私の銅像を作らせた事かしら」
お金の無駄な上、悪役に相応しいお金の使い道だった。
「その像、異世界追放される際に壊されただろ」
「何で分かるのよ!?」
「悪役のテンプレだからだよ。で、何でそんな無駄な事にお金を使ったんだ?」
「そりゃあ、寂れた町を観光地にするためよ。私の像さえ置いとけば、その像を見に観光客がザクザク来ると思って建てたんだけど……」
「誰も来なかったと」
「ええ、時代を先取りし過ぎた所為でね」
自信満々に自身の長い髪を手で払いながら、彼女は二冊目の試読を終える。
「反省した私は時代に合わせる事にしたの」
「……もしかして、自分の顔を模した食べ物とか、売り出したりとかしてないよな?」
「……何で分かったのよ」
「順調にヘイト稼いでたんだな、お前」
彼女のナルシスト振りと自己顕示欲の高さに呆れた俺は頭を抱える。
多分、もう少し謙虚かつ自己顕示欲を抑える事ができたら、彼女は追放されなかっただろう。
もし彼女が愚かじゃなかったら、俺は彼女と出会えなかっただろう。
……そう考えると、かなり複雑な気持ちになってしまった。
もしもの可能性を考えて暗い気持ちになっていると、三冊目の試読を終えた彼女が抗議の声を上げる。
「言っておくけどね、この世界に来る前の私は女神様の再来って言われるくらい美しい容貌をしていたから。街を歩けば十人が十人振り向くくらい美しく可憐だったんだから」
何を勘違いしたのか、彼女はムスッとした様子でダイエット記事が載った雑誌を俺に押し付ける。
「それに私はかなりモテていたのよ。婚約者がいたから、あまり表立って言い寄られた事はないんだけど、隣国の王子だったり、魔導学園の生徒会長だったり、貴族のボンボンだったり、それはもう沢山のイケメン達に言い寄られたわ」
偉そうにモテていた自慢をする彼女を見て、俺は眉間に皺を寄せてしまう。
「あ、その顔、疑ってるわね!!本当だから!!私がモテていたのは本当だから!!!!」
再びレジでうたた寝していた店員が飛び起きた。
店員さんの痴態を横目で眺めながら、俺は溜息を吐き出す。
「はいはい、信じてますよ。あっちでリリィがモテていたって事は」
彼女の欲しい雑誌を受け取った俺は、アイスコーナーに向かって歩き始める。
「何よ、その雑な言い方!絶対、信じてないわね!!」
ぷんぷん怒りながら、彼女は俺の後を雛鳥みたいに尾ける。
アイスコーナーに向かう途中、バレンタインデー特設用商品棚に置いてあるチョコが俺の視界に飛び込んできた。
すると、チョコが『ヘイ、チェリーボーイ。俺を買っていかない?』みたいな事を言い出した。
お調子もののチョコを一瞥した俺は、立ち止まる事なく、アイスコーナーに向かう。
安物のチョコは俺に静止を呼びかけた。
彼の声に気を止める事なく、俺は特設用の棚の前から立ち去ろうとする。
「ちょ、……こ?」
が、リリィは違った。
彼女はチョコの前で立ち止まると、何を吹き込まれたのか、俺とチョコを交互に見る。
「欲しいのか?」
アイスコーナーに行くのを止めた俺は、バレンタインデー用に売られているチョコを指差した。
チョコと俺、そして、自分の腹を交互に見た彼女は首を横に振ると、拒絶の意を示す。
そして、何かを決心したような面持ちで俺の目を覗き込んだ。
「……コウ、私、決めたわ」
いつにも増して真源な表情を浮かべる彼女に思わず気圧されてしまう。
「な、何を?」
あまり動揺が表に出ないように努めながら、俺は彼女に何を決めたのか問い質す。
「私、ダイエットする」
その言葉を聞いた途端、俺の身体は動揺により硬直してしまう。
そして、商品棚にあるバレンタインデー用に売られているチョコと彼女の姿を交互に眺めながら、俺は戸惑いの声を上げた。
「……え、このタイミングで?」
「うん、だから、暫くの間、お菓子我慢する」
彼女の言葉を聞いた瞬間、俺は両手で自分の頭を抱えた。