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(2)2月12日 晩飯後の出来事

 彼女と出会ったのは今から約一年前──新型コロナウイルスの国内累計感染者が千人を超えた頃だったと思う。

 当時、大学進学を機に一人暮らしを始めたばかりの俺は、コロナの流行により暇を持て余していて、新しく引っ越して来たばかりの町を満遍なく歩いていた。

 その時、俺は遭遇したのだ。

 異世界から来たばかりの自称悪役令嬢──リリードルチェ・バランピーノ──と。

 彼女曰く、彼女の婚約者であった王子様のお気に入りである平民の女の子に嫌がらせをしまくった結果、異世界から追放されたらしい。

 あまり乙女ゲームに関して知識がないため断言はできないが、異世界に追放された悪役令嬢は、多分、フィクション含めて彼女が初だろう。

 ……本当、何やらかしたんだろう、こいつ。

 "事実は小説よりも奇なり"とはよく言ったものだ。

 異世界から来た悪役令嬢、そして、パンデミックものの映画に出てくるウイルスよりも凶悪な新型コロナウイルス。

 この一年で虚構を超えた現実を目の当たりにし過ぎた所為で、俺は滅多な事では驚かなくなったと自負している。

 それくらい異世界から来た悪役令嬢もコロナも日常の中に埋没してしまったのだ。

 ……本当、慣れとは恐ろしいものである。

 

 閑話休題。 

 破けたドレスの応急処置を終えた俺は、部屋の隅で体操座りしているリリィに声を掛ける。

 

「おーい、ドレスの修繕、終わったぞー」


 彼女は俺が作った晩飯──オムライスを食べながら、軽く落ち込んでいた。

 無理もない。

 大切にしていたドレスを──自業自得だとはいえ──破いた挙句、異性である俺に痴態を見られたのだから。

 

「り、リリィ……さん?」


 卵の布団に覆われた小山をスプーンで削りながら、彼女は黙々とオムライスを食べ続ける。

 その目は俺を詰るような目でも恥辱に満ちた目でもなく、どこか遠い世界を見つめているように見えた。

 多分、現実逃避をしているのだろう。

 彼女は心ここに在らずと言ったような表情で虚空を見つめていた。

 ……まともな恋愛経験を一度も積んだ事のない俺では、今の彼女に何て声を掛けたら良いのか分からなかった。


(太ってないって言うのも逆効果だろうし……今のあいつが着れるようにドレスのサイズを大きくしたとしても、神経逆撫でるだけだろうし……どうしたものか)


 そんな事を悩みながら、俺は付けっ放しだったテレビの方を見る。

 テレビ画面には、コンビニのCMが流れていた。

 "これだ"と思った俺は、オムライスを食べ終わった彼女に声を掛ける。


「リリィ、……えと、今からコンビニに行かないか」


 縫い終わったドレスを畳みながら、彼女に気分転換する事を提案する。


「行かない」

 

 彼女はスプーンを咥えながら、俺の提案を食い気味に拒絶する。


「じゃ、じゃあ、何か買って来てもらいたいものとかあるか?……たとえば、お……雑誌とか」


 ついいつもの癖で"お菓子とか"と言いそうになる。

 今、そんな事を言ったら間違いなく俺は八つ裂きにされてしまうだろう。

 

「ダイエット食品」


 リアクション取り辛い要求をし出した。

 この場面は"ダイエット食品必要ないくらいに痩せているぞ"という場面なのか。

 それとも、"ダイエット食品を買って来る"と言うべきなのか。

 想像力乏しいスマホ世代である俺は、ポケットに入っていたスマホを用いて、答えを知ろうとする。

 

(えーと、『女性・太っている・返し』っと……)


 ネットで検索すればする程、正解と思わしき返答が俺の頭の中に入っていく。

 が、幾らネットで女心を学んでも、完全に理解する事はできなかった。

 とりあえず、効き目がありそうな返答を口に出していく事にする。


「今ぐらいがいちばんカワイイよ」


「殺すわよ」


 殺意が返って来た。

 めげずにネットで得た回答を口に出していく。

 

「男はぽっちゃり派が多いよ」


「だから、何なのよ」


「別に太ってなくない?普通だよ」


「普通じゃないから、ドレスキャストオフしたのよ」


「お前の二の腕のさわり心地、好きだぞ」


「殺すわよ」


「痩せてても太ってても好きだよ」


「殺す」


 今にも飛びかかりそうな勢いで目をギラギラさせるリリィ。

 "これさえ言っとけば地雷を回避できる!"という見出しだったにも関わらず、ネットに書かれていた情報は彼女の心の地雷を的確に踏み抜いた。

 やはりネットの情報はデマだらけだ。

 ネットで女心を学ぶ事を諦めた俺は、手に持っていたスマホを放り投げる。

 そして、自分の乏しい想像力をフルに活用すると、彼女が言われて嬉しいであろう言葉を口に出した。

 

「──痩せた?」


 俺の言葉を聞いた途端、リリィの額に血管が浮かび上がる。

 どうや一番言ったらいけない言葉を吐いてしまったみたいだ。


「激太りしたから、落ち込んでいるでしょうがあああああああ!!!!!」


 部屋の隅に座っていた彼女は、勢い良く立ち上がると、両腕を上げる事で怒りを身体全体で表現する。

 

「一年前まで楽々に着こなしていたドレスが着れなくなったのよ!!痩せている訳ないでしょうが!!!!」


「で、でも、ウォーキング始めたばかりの二週間前と比べると、顎のラインがシュッてなっているような……」


「誤差レベルよ!!」


「だ、だったら、去年のお前も今のお前も誤差レベルだと思……」


「体重二倍以上になったのに!?」


「体重が二倍以上になったって事は、今のお前の体重は……」


「計算すんなっ!!」


 彼女は足下に落ちていたクッションを拾うと、それを俺目掛けて投げつける。

 俺はそれを顔面で受け止めた。

 顔面に衝突した枕を剥がしながら、俺は赤くなった鼻頭を押さえると、彼女に慰めの言葉をかける。


「け、けど、全く運動していなかった二週間前と比べると、今のお前は健康的になったと思うぞ、うん。腹の出っ張りとか、ちょっとなくなってきているし」


「私は一年前の自分と比べて凹んでいるのよ、バカコウ!!豚みたいな身体になったから、私は落ち込んでいるの!!見てよ、この腹!!摘むどころか余裕で掴むくらいに肉が詰まっているのよ!!」


「大丈夫だ、リリィ。お前は豚なんかじゃない」


 俺の慰めの言葉を聞いて、リリィは少しだけ表情を明るくする。

 初めて手応えを感じた俺は、サムズアップしながら、彼女が豚ではない理由を意気揚々と告げた。


「だって、豚の方が体脂肪率少ないから」


「うわーん!!!!」


 俺の一言で彼女は子どもみたいに泣き始めた。

 ……余計な一言を言ったような気がする。

 いや、言ったような気がするじゃない。

 余計な事を言ってしまった。

 こんな事になるなら、もっと女心を学べば良かったと後悔しながら、俺は必死になって泣き喚く彼女に慰めの言葉を掛ける。

 

「だ、大丈夫だ!!昔の人は肥えている女性の方が魅力的だったみたいだし!傾国の美女と言われた楊貴妃だって、体重八十キロオーバーのデブだったって言う逸話残っているくらいだし!!」


「遠回りにデブって言ってるじゃん!今の私の事、デブって言ってるじゃん!!」


「お前はデブじゃない!マシュマロ系女子だ!!」


「それ、オブラートにデブって言ってるじゃん!実質、今の私、デブだって言ってるじゃん!!うわーん!!」


 どれだけ慰めの言葉を掛けても、今のリリィには逆効果だった。

 おやつを取り上げられた子どもみたいにコミカルに泣く彼女を見て、俺は途方に暮れる。

 女性経験が乏しいため、どんな言葉を掛けたら良いのか、さっぱり分からなかった。

 

(クソ……こんな事なら、もっと学生時代、女の子と遊んでおけば良かった……!)


 部活と受験勉強しかしてこなかった中高時代の自分を恨みながら、俺は天井を仰ぐ。

 テレビから聞こえて来るのはお笑い第七世代の声。

 彼等はバレンタインデーに関するお題でトークをしていた。

 彼等の声を聞きながら、数日後にバレンタインを控えている事を思い出す。

 

(今の彼女にチョコをあげても逆効果なんだろうな)


 そんな事を思いながら、俺は人差し指で頬を掻いた。


 次の投稿は本日21時頃です。

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