7 寝不足のもと
さて。
先程私は三つ目の悩みが目下の悩みと言ったが、その悩みにはこの目の前のライルが深く関係している。
·····ていうか基本的に私の悩みってほとんどライルが関係してるんですけどね。
現在の一番の悩み、それを理解していただくにはまず、私がこの人見知りウルトラ愛想なしボーイに恋をしているという事実を皆さんに知ってもらわなければならない。
·····ええ。サラッとカミングアウトしましたが、大事なことなのでもう一度だけ言います。
今、私のベッドにいそいそと入り込んでくるこいつが、私の好きな人なんです。
非常に残念なことにね。
気づいたのは1年ほど前のことだ。
ルルとエラの牽制が酷くなり、もうライルと関わるなと言われたときに明確に嫌だと思ったことが自分の気持ちに気付いたきっかけだ。
とは言え、実際はいつから好きだったのか分からない。
昔から傍にいるのが当たり前で、隣からいなくなることなんて想像もしなかったから。
気づいたときは大いに慌てた。
なんせ相手はライルだ。
えぐいくらいにモテて、えぐいくらいに強くて、えぐいくらいに美しくて、えぐいくらいに変人な、あのライルだ。
私は一体この気持ちをどうすれば良いのか、沢山悩み、考えた。
まず、本人に想いを伝えると言う選択肢は私には無かった。
勿論、ライルのことを好きな超絶美少女二人の存在もあったけれどそれ以上に私は卑怯で卑屈だったから。
私にとってライルが特別なように、ライルにとっての私が特別だということは理解しているつもりだ。
流石にここで「彼は私の事なんて何とも思ってないに決まってる」なんて思える程、私は鈍感ヒロインじゃなかった。
でも彼のそれはきっと恋だの愛だのではなく、ただの執着や家族愛だ。
どう頑張っても私の気持ちとは違う。
村に私以外、歳の近い子供がいなかったから。
たまたま最初に仲良くなったのが私だったから。
安心するから何となく手元に置いて、他人に取られるのは何となく嫌だから警戒して。
彼にとって、きっと私はそんな存在だ。
今はまだいい。こうして私を必要としてくれているから。
でも、ライルは昔とは変わったのだ。
きっかけはどうであれ、社交的になり以前よりも他人と関わるようになった。
この先、間違いなく彼の世界は広がり続けるだろう。
私はそれを、心から嬉しいと思うと共に心の奥底では少し寂しく感じていた。
だって、彼の世界が広がってしまえば、多くの人と関わるようになってしまえば、平凡でなんの取り柄もない私は不必要になってしまうだろうから。
今、私がこの想いを伝えて仮にYESの返事を貰ったとしても彼はいずれ私を必要としなくなるだろう。
それが、今の私にとっては何よりも怖かった。
結局、私離れをして欲しいだなんだ言っておいて一番その覚悟が出来ていなかったのは私だったのだと思う。
彼女達に裏でコソコソやるな、等と言いながらも実際は私が一番卑怯で、一番浅ましい。
そんな自分が嫌で嫌で仕方がなくて何度もライルを好きでいるのを辞めようとした。
でも恋は理屈じゃないとはよく言ったもので。
結局、私は今日までライルを好きなままだ。
そうして自分が知らなかった嫌なところを見つけてしまい、自己嫌悪に襲われながらも私が考え出した答えは一生この気持ちを胸にしまっておくこと、だった。
伝えなければ、きっとこれ以上傷つくことも無い。
ライルが誰かのものになるよりも、彼の口からもう要らないと言われる方が私には耐えられなかった。
卑怯で臆病な私らしい結論だと思うけれど、これ以上の最適解が見つからなかった。
と、ここまで説明してようやく現在の私が悩んでいることに繋がるわけなのだけれど。
私が今、何に一番悩んでいるのか。
それはこの距離の近さだ。
私がライルのことを恋愛的な意味で好きで、更にその気持ちを抑え込もうとしている、ということを踏まえた上で考えてみてほしい。
好きな人と恋人でもないのに同じベッドで眠るという異常さを。
そして想像して欲しい。
好きな人から一緒に寝ようと言われた私の心情を。
好きだという自覚がなかった頃から既に気恥しさのようなものや、このままじゃまずいのではという危機感はあったのに自覚してからというもの、最早この触れ合いが拷問の類に思えてくる。
一晩中ドコドコと激しく音をたてる心臓に、夜が明けるまで一睡も出来ない状況。
これを拷問と言わずしてなんという。
普通こういうハプニング的なことってお年頃の男性が好きな女性となるものでしょう?!
少なくとも私が読んできた物語ではそうだった!
それなのに、どうして私は自分の部屋の自分のベッドで寝転がりながら同じ気持ちを味あわないといけないんだ。
しかも、先程ライルが聞いてきたように私は最近ライルのことを避けている。
私的にはこれ以上、自身の傷が深くならないうちにと大変身勝手ながらも私離れを促しているつもりなのだけれど、ライルはそれが気に入らないらしく近頃は何故か逆に関わりが増えてしまった気がする。
その上、部屋に押しかけられこのザマだ。
おまけに私はソファで寝ようとしたらそれでは意味が無いと言われ、同じベッドに押し込まれた。
·····私ったら意志薄弱にも程がある。
ふぅ、と溜息をつくと私のベッドに入り込んできてほくほく顔のライルがこちらを見た。
「なんかこうして寝るの凄く久しぶりな気がする」
「そうだね」
今まで私がそうならないよう避けてきたからね。
「ライルは明日も沢山動かないとでしょ?いつもご苦労さま、早く寝なね」
「うん、そうする」
私の言葉にライルは思いのほか素直に頷いた。
「もう灯り消すよ、おやすみなさい」
「おやすみ、スー」
部屋のランプを消すとあたりは真っ暗になる。
さて、私も早いとこ寝てしまおう。眠れるかどうか分からないけど。
覚悟を決めた私はライルとなるべく距離をとった上で、彼に背を向けベッドに横たわる。
と、誰かが私の腰を後ろから抱きしめてきた。
いや、この場合誰かなんて分かりきってるし、分かってるからこそ認めたくないのだけど。
私、出来る限り彼と距離を取ったはずなのに、一瞬でその行動の意味が無くなりましたね。
「ちょっと、ライル。これじゃあ寝づらいでしょ」
心臓が口からとび出そうなくらいドキドキしてるのがバレないよう、平静を装いながらライルに文句を言う。
「んー」
「んー、じゃない。この腕離して」
腕を掴んで離そうとするけど、ビクともしない。
おい。
「ライル、どうせまだ寝てないでしょ。狸寝入りするのも寝ぼけた振りするのもやめなさい」
私の呼び掛けに、数秒経ってからライルがポツリと呟いた。
「·····だってこの方が安心する」
「もう、小さい子供じゃないんだから」
ポンポンと腕を叩くものの、外れないどころか寧ろ更にギュッと抱きしめられる。
そしてあろうことに、こいつ私の首筋に頭を埋めてきやがった。
サラサラの柔らかい髪が首筋にあたってこそばゆい。
何度か声をかけるものの無言だ。
こうなるとライルは自分の意見が通るまで言うことを聞かない。
·····くそ。今回は私の完全敗北だ。
なにか先に手を打っておけばよかった。
仕方ない、今日はこの拷問に耐えるしかないな。
こうして負けを認めた私はすぐ後ろにあるライルの頭を撫で、そして目を瞑った。
·····少しでも眠れるといいんだけどな。
次の日。
見事、私は一睡もしないまま爽やかな朝を迎えたのだった。
やったね!!はは、くそ眠いや!!