6 襲撃、幼馴染
と、まあこれがあの人見知りウルトラ愛想なしボーイがあんな態度をとっている大まかな経緯なのだけれど、過去を振り返るだけでもかなりエピソードが濃い。
正直、アドルフともっと仲良くなって欲しいという目的で言ったはずの言葉が全然違う方向に突っ走ってることに違和感を感じなくもないのだけれど、ライルの世界が広がったことは嬉しく思う。
なんだかんだ言いながらも、アドルフとも喧嘩するほど仲が良いって感じだし。
ただ私には今、それとは別に頭を抱えたくなるような問題がいくつかある。
まず一つ目の問題はルルとエラだ。
先程も言った通り、彼女達はライルにそれはそれは燃えるような恋をしている。
が、彼女達が恋をしているライルはあくまでも王子様スタイルの彼であって本来の彼ではない。
この先のことを考えて、真実を伝えた方がいいのか伝えない方がいいのか、現在悩み中だ。
それに、いちいち呼び出されるのもかなり面倒臭い。
ライルにバレたら面倒だから、バレないようにはしているけど最近はもう、事ある毎に呼び出されている。
ちなみに大事になるのが嫌でアドルフにも呼び出されていることは言っていない。
そりゃあ私は皆と違ってなんの能力もない、役立たずの一般人だからやんややんやと言いたくなるのもわかるけどさ。
この頃はそこまで言わなくていいじゃないか、と思うくらい言ってくるので最近、防御として聞き流すという技を覚えた。
そして二つ目の問題は水晶の封印について。
日々のゴタゴタで薄れつつあるけれど、あくまでもこの旅の目的は水晶の封印だ。
水晶を封印しないことにはこの旅は終わらないというのに王都からは未だにしっかりとした封印方法についての手順を教えられていない。
それでも今日も順調に魔物を倒し、かなり水晶に近い街まで来た。恐らくあと一週間もしないうちに水晶のある場所へとたどり着くだろう。
ライルは呑気に「なんとかなるよ」なんて言っていたけど、やはり不安なものは不安だ。
そして三つ目。
これが特に目下の悩みなのだが·····。
と、その時コンコンと部屋の扉がノックされた。
「スー、ちょっと良い?」
ライルの声だ。
私は腰掛けていたベッドから立ち上がり、扉の鍵を開けた。
「ライル、どうしたの?」
「部屋入っても良い?」
私の質問には答えずにライルがそう聞いてきた。
「えっと·····」
ライルを部屋に入れたくない私はライルを部屋に入れられない言い訳を考える。
「ルルちゃん達まだ起きてるんじゃないの?」
「この階に泊まってるのは俺とスーだけだから起きてても問題ない」
「でも、もしかしたらライルの部屋に遊びに来るかも」
「いつも部屋には遊びに来ないでって遠回しに伝えてるから大丈夫だよ」
「あー、·····私の部屋今ちょっと汚くて」
「気にしない」
言うこと全て見事に反論され、結局諦めた私はライルを部屋に招き入れた。
部屋のドアを閉めた瞬間、ライルに抱き締められた。
「·····えっと、なにしてるの」
「スーを補給してるの」
意味がわからない。
が、私は抵抗しても無駄だということを知っているので人目もないし、されるがままにされる。
しばらく無言のままで抱きしめられ、数分後。満足したのかライルは体を離した。
「·····満足した?」
「してないけど、ちょっと話したいことあるから我慢する」
「話したいこと?」
「うん」
頷いたライルはベッドに腰かけると、私に隣に座るように言う。
·····この部屋に泊まってんの私なんだけどな。
なんて思いながらライルの隣に座ると彼は珍しく真面目な顔つきで私を見た。
その雰囲気にこれはしっかり聞いた方が良い話だな、と姿勢を正すと、第一声ライルは言った。
「スー、最近俺の事避けてるよね」と。
いきなり本題。その上、ド直球。
しかも何だって?私が、ライルを、避けている?
「·····えっと、そんなことない、けど?」
私は正した姿勢を崩さないまま硬直すると、ライルから目を逸らした。
「そんなことある。最近は今日みたいに部屋に俺が入るのを嫌がるし、あんまり話しかけてくれなくなったし、目も合わせてくれない」
目を合わせてくれない、という言葉に慌ててライルの目を見れば、彼の瞳の色彩がいつもより少し赤黒いことに気づいた。
これは多分、結構怒ってる。
「それに、俺に何か隠し事してるよね?」
更に続けられた言葉に私の心臓が跳ねた。
まさか、呼び出されてることがバレたのか?
·····いや、様子を見るにまだ隠し事の内容までは知らないっぽいな。
「別に隠し事なんてしてないよ、急にどうしたの」
このまま隠し通そうと敢えて明るく言うとライルはしばらく黙り込んでから「そう」と静かに呟いた。
「·····まあ、話したくないんだったら今はいいや。その代わり旅が終わったら、覚えておいてね」
そう言って、ニコリと意味ありげに笑ったライルは四年前よりも随分と低くなった声で囁いた。
·····あれ?なんかこれ、やばいやつなのでは?
いつもと違う幼馴染の雰囲気に戸惑うと共に全く隠し通せていないことに焦った私は誤魔化すように曖昧に笑う。
「それに、今日はこれを聞くためだけに来た訳じゃないし」
内心、冷や汗ダラダラでいるとライルが少しだけ表情を柔らかいものへと変えた。
「え?他になにか用事があるの?」
明らかに今のが本題なのでは?と首を傾げる私にライルは嬉しそうに微笑む。
「約束したよね?今度一緒に寝ていいって」
「はあ?何言ってるのよ、そんなこと私がいつ·····」
とそこまで言ってから私は昨日、ライルを部屋に返すためにやけくそに叫んだことを思い出す。
·····あ。
自分の発言を思い出し、口を塞ぐ私にライルは先程とはうってかわってご機嫌になった。
「だから今日はこの部屋に泊まるね」
「え、や、ちょっとまてまてまて」
「なに?」
「いや、私達ももう良い年なんだし、そろそろ·····」
「俺と寝るのはいや?」
こういうのはやめないか、と言おうとするのをライルが遮った。
その顔は少し頼りなく、幼いころの面影がよぎる。
·····いや。いやいや、だから流石にダメだって。
だって、昔ならともかく今はもう一緒に寝る歳じゃないし、それに一晩同じ部屋ってなんか色々ダメだ。
それに、なんかその言い方すごく誘い文句みたいに聞こえるって言うか·····。
「泊まっちゃ、ダメ?」
「ダメじゃない」
上目遣いで、少し寂しげに問いかけられた私は気づいたら即答していた。
なんなら顔は真顔だ。
あ、言ってしまった。
と口を押さえた時にはもう既に時遅し。
目の前のライルは「やった」と満面の笑みを浮かべて喜んだ。
私は昔からライルのこの顔に弱くて、ああしてお願い事をされると受け入れてしまう。
そして厄介なことにライルは私がこの顔に弱いことを知っているのだ。
でも、本当に厄介で直さなければいけないのは、あの顔をされると断れない私自身の性だ。
ニコニコと喜ぶライルを見ながら私は諦めの溜息をついた。