5 変化の始まり
「ちょっ、ライル!!」
折角、こちらの度重なる無礼を水に流してくれてた感じだったのにライルは機嫌の悪さをかくそうともせずにぶすっとした顔をしている。
「この男は?」
と、そんな私達の様子を見て銀髪の男、もといアドルフが私に問いかけた。
「勇者のライルです。ほら、ライルもちゃんと自分で挨拶して」
「なんで?」
「これから一緒に旅する仲間だから!!!」
ライルくん、色々とちゃんと分かってるのかな?!
と叫びたいのを我慢してライルに訴える。
それでもアドルフを睨みつけるばかりで中々挨拶をしようとしない人見知りウルトラ愛想無しボーイに「ライル」とガチトーンで呼びかける。
その声にピクッと反応したライルは渋々ながらも口を開いた。
「·····よろしく」
「·····おう」
だいぶ微妙な雰囲気が数秒、漂った。
·····本当に、申し訳ない。アドルフさん。
思えば私、この時からいつもライル関係でアドルフに謝ってた気がする。
そして、このなんとも言えないやり取りが私たちとアドルフのファーストコンタクトとなったのだった。
◇◆◇
アドルフは初日からずっと見ず知らずの私たちにも優しかった。
元々、面倒見が良い性格のようでアドルフが仲間になって困ることなんてひとつもなくて寧ろ良い事ばかりだった。
人付き合いも上手なようで気兼ねなく話しかけてくれたし、話せる雰囲気をつくってくれていたからとても助かった。
それでもやはり、離れた街で治療している妹のことが心配らしく頻繁に王都に妹の容態について尋ねる便りを出したりもしていたようだ。
アドルフが仲間に加わったことによってただでさえ早かった魔物を倒すスピードが更に早くなり旅のスピードもかなり上がった。
彼が仲間になってから助かることばかりだった。
ただ一つの問題を除いては―――。
「ねえ、ちょっとスーと距離近くない?」
「·····いや、流石にもう近くないだろ。お前一分前もそう言って俺とスティナを引き剥がしてたぞ。俺にもスティナと話させろよ」
「アドルフと話したところで楽しくないよ。スーだってアドルフの話に興味ないに決まってるし、ねー?」
問いかけられて私が「なに勝手なこと言ってんのよ」と否定するとライルは悪びれる様子もなく「気を遣わなくて良いのに」とつぶやく。
「·····あ、そういえばさ」
しばらく気まずい沈黙が流れた後、思い出したようにアドルフが私に声をかけた。
「俺、昨日スティナの部屋に上着忘れた気がするんだけど·····」
「あ、そうそう、それ言おうと思ってた!」
「ちょっと待って」
今日帰ったら返すね、と続けようとしてライルに言葉を遮られた。
「どうしたの?」
「·····え、なんでアドルフ、普通にスーの部屋行ってんの?てか俺、そんなこと聞いてないんだけど」
「言ってないからね」と返すとライルの顔が何故か絶望に染る。
「別にいいだろ。お前なんか俺の何倍もスティナの部屋行ってんじゃん。しかも俺はお前と違って用事がある時しか行かねぇし」
「そういう問題じゃない」
ライルはアドルフを睨みつけてから私の両肩を掴んだ。
「いい?スー、今度からは一切アドルフを部屋に入れちゃダメだよ。男はみんな獣なんだからね?」
「いや、お前も男だろうがよ」
·····お分かり頂けただろうか。
このヘンテコな雰囲気に。
アドルフが仲間になったことで起きた唯一の問題。
それはこのよく分からない言い争いだ。
アドルフは先程言った通り、人付き合いが上手な方なのだと思う。
ファーストコンタクトこそ物騒ではあったものの、あれはこちら側が勝手に家に侵入したのが悪いのであってアドルフに非はない。むしろ彼はとても人当たりが良い。
そう、だからこの問題に関して非があるのは―――
「ライル、あなた最近なんか過保護すぎ」
この人見知りウルトラ愛想無しボーイである。
アドルフが少し離れたところを歩いている今のうちに、とそう注意すればライルは首を横に振った。
「そんなことない。寧ろ、スーは無防備すぎる。得体の知れない男を部屋に入れるなんて」
「その言い方だとすごく語弊がある気がするんだけど。それにアドルフは得体の知れない男なんかじゃなくて仲間でしょう?」
私の言葉にライルはムスッとした顔で黙り込む。
昔からライルには私たちと同い年くらいの人間を嫌う傾向があった。
元々、私たちの故郷の村は人口が少なく、私とライル以外に同じくらいの歳の子がいなかったことも関係しているのかもしれない。ごくたまに隣の村へ行って同い年の子と遊んだりすることがあってもライルは一時も私のそばを離れなかった。それどころが早く村に帰りたがるのが常だったし、誰かが私に話しかけようとするとそれを邪魔することも一度や二度ではなかった。
ライルの筋金入りの人見知りと身内以外への愛想の無さは理解してるつもりだけど、アドルフとはこれからも一緒に旅をするわけだし、仲間同士仲良くして欲しい。
あと個人的な意見としては、そろそろ私離れもして欲しい頃だ。
別にライルのことが嫌だとか言う訳では全然無いのだけど、彼の為にもこのままじゃいかんだろう。
「ライルには色んな人と仲良くなって欲しいの」
「俺はスーが居ればそれでいい」
むくれ顔のライルを説得しようとすると彼はそう呟いた。
·····うーむ、困った。
「私は誰とでも仲良くなれる人、素敵だと思うけどな」
わざと聞かせるように呟いた言葉にライルがピクッと反応した。
「人脈があって困ることは無いし、それに大体そういう人って優しかったりするじゃない」
ライルの俯いていた顔が上がる。
「·····スーはそう言う人が好きなの?」
「まあ、優しい人が好きじゃない人ってあんまりいないんじゃないかしら」
私の答えにライルは少し考えるような様子をしてから「分かった」と頷いた。
「スーがそう言うんだったら俺、なるべく他人にも優しくするし、愛想良くする。そうしたら、褒めてくれる?」
「え?あ、ええ!もちろんよ!!」
胸を張って答える私にライルは良い笑みを浮かべて言った。
「それなら、頑張るよ」
そしてこの次の日からライルは本当に変わった。
まず、他人とも自分からコミュニケーションをとるようになった。
初対面のお店の人とも話をするし、街を歩いてて女性に話しかけられても前までは相手にしなかったのに、今は相手のことを思いやるように、やんわりと躱すようになった。
常に優しい笑みを浮かべ、アドルフにも普通に笑顔を向けるようにもなった。
そう。ライルはこの時からあの王子様スタイルを確立し始めたのだ。
ただ、アドルフからは数日も経たないうちに「なんか落ち着かないから俺にも素の態度で接してくれ」と言われた為、私とアドルフにだけは素の態度で接していたのだけれど。
当初私はこのライルの変化にとても戸惑った。
いや、確かにライルに少し他人にも優しくしろと言ったのはわたしだけど、まさかここまで変わるとは思わなかったのだ。
だって、ライルは今までずっと機嫌がすぐに顔に出るタイプだったし、本当に笑いたい時にしか笑わなかった。
それが今や、見る人が見ないと分からないような完璧な愛想笑いを浮かべているのだ。
生まれてからほとんどの時を共にすごした幼馴染としては、そりゃあ戸惑いもする。
「誰だこいつ」と何回思ったことか。
それに私の軽い一言でライルに無理させてしまっているのだったらどうしようと悩んだりもした。
が、ライルが変わってからしばらく経った頃にその事について聞くと彼は思いのほかあっけらかんと「無理なんかしてないよ」と答えた。
それどころか嬉しそうに「何かとこっちの方が便利だってことに気づいた」と言うので、私はもしやとんでもない人間を作り出してしまったのでは、と違う意味で悩んだものだ。
そして王子様スタイルが完全に板についてきた頃、新しく仲間に加わったのが聖女のルルと魔術師のエラだ。
彼女達はライルの王子様スタイルの姿しか見ていないため、あっという間に彼に夢中になった。
アドルフもとても優しいし、十分イケメンなのだけど、彼女達はライルのような美形にお姫様のように扱われるのが堪らないらしい。
最初の頃はルルもエラも私と普通に話していたのだけれど、私がライルと幼馴染だということや仲が良いことを知ると、まるで親の仇のように睨まれるようになった。
それが段々悪化し、徐々に牽制されるようになり、呼び出されるようになって、現在に至る。