16 雨降って地固まる
この時がついに来てしまった。
ライルは何もかもが他に比べて突出しているから、いつかきっと私の手に届かない場所へ行ってしまうのではないかと、覚悟はしていた。
でも、やっぱり覚悟するのと実際にこうして本人の口から聞くのとは大違いで。
ライルがそれにどう返答したのか、聞くのが怖くて仕方がない。
でもどうしても聞かずにはいられなくて私は声が震えないよう、気をつけながら口を開いた。
「·····ライルは、それになんて返事をしたの?」
「へ?もちろん断ったけど」
あまりに当たり前のように即答するから、私は一瞬何を言われたのか分からなくて間抜け面で固まった。
「え。だ、だってお姫様とけっ、結婚、でしょ?国王様って確か子供おひとりしかいなかったはずだけど」
「だから?」
「だ、だから!お姫様と結婚するってことはゆくゆくはこの国の王様になれるってことよ?!」
それって、とんでもないことでしょう?!!
慌てて説明するも、ライルは不思議そうに私を見ている。
そして、次の瞬間驚くべき言葉を口にした。
「うん。だからそれがなんなの?」
「な、なんなのって·····」
本当に状況が理解出来ているのか、と詰め寄りたくなるほどに飄々としているライルに私は何も言えなくなった。
そんな私をじっーと数秒の間見つめたライルは、「もういいか」と謎の言葉を呟いた。
「なにが?」と問いかけようとする前にライルがにこりと綺麗に微笑んだ。
「俺、スー以外に興味無いし、スー以外と結婚するつもりないよ」
は、と思わず息が漏れた。
·····え、今、なんて?
聞こえた言葉が信じられなくて固まる私。
「ねえ。俺ね、スーが思っているよりもずっとスーのことが大好きなんだ」
「·····え?は?え?ちょっ、え?」
予想もしていなかった言葉のオンパレードに私の頭はクエスチョンマークでいっぱいになる。
こうしてちゃんとした言葉で好意を伝えられるのは成長してからはなかったから。
だから、なんというか、とにかく何が起こったのかよく分からない。
そんな私の隣にライルが座り、ベッドが二人分の重みにギシッと音を立てた。
距離が近くなり、ライルの綺麗な顔が間近に迫ってくる。
こんなに至近距離にいても毛穴ひとつ見えないし、ただひたすらに顔が良い。
その距離に耐えられなくて私は思わず両手を突き出し、ライルが接近してくるのを止めた。
「いや、でも、あの」
「うん?なぁに?」
「そ、その、ライルはきっと勘違いしてると思うの!」
私の言葉にライルが笑みを深めた。
「どうして、そう思うの?」
「だって村には私しか歳の近い女の子がいなかったし、私達はずっと傍にいたから、だから家族愛か何かと間違えてるのよ」
もしくは執着。
だってそうじゃなきゃ、おかしい。
何も持ってない私をライルが好きになるなんて絶対にありえない。
ライルが好きだと言ってくれたことは勿論嬉しい。
嬉しいに決まっている。
·····だけど、その気持ちが恋ではないとライルが気づいてしまった時のことの方が私には怖い。
結局、どちらに転んでも私は怯えてばかりで嫌になる。
「家族愛、ね」
ライルはボソリと呟くと私の両肩をトンと押した。
それによって私はベッドに仰向けに倒れる。
「ラ、イル?」
いつもと様子の違う、初めて見るライルに私が戸惑っているうちに彼は倒れた私の両脇に手をついた。
そこまできてようやく私は自分の危機を本能で感じ取った。
·····あれ?この状況なんかやばくないか?
ライルは私の上に覆い被さるような体勢のまま、首を傾げた。
つい目がサラリと動く金髪を追う。
「じゃあさ、今俺がスーを抱きたいと思ってるこの気持ちも家族愛なのかな?」
「だ、抱きっ?!」
な、なんて?!!
ライルの手が混乱する私の頬に触れた。
「お、おお落ち着いて!!ライル、一旦落ち着こう?!」
「俺は落ち着いてるよ」
「いや、だって、そんなの、おかしいよ」
「なにが?」
「な、なにもかも!私、ルルちゃんやエラちゃんみたいに可愛くないし、なにか特別な力を持ってる訳でもない。料理だって人並みにしか出来ないし、スタイルも良くない。なのに、なんで」
混乱しながらもとにかくライルに私は相応しくないということを必死に説明していると彼は何故か眉を下げ、悲しい顔をした。
「そんな事言わないで。スーは世界一魅力的だよ。流れる涙は全て美しいし、笑顔はいつも見惚れるし、真顔の時だって愛おしくて仕方がない。抱き締めるとすっぽり収まっちゃう身長も可愛らしいし、特別な力なんて持ってなくても俺はスーが隣にいるだけで元気になれるんだよ」
すり、と頬を軽く撫でられ顔に、熱があつまる。
なにか言おうとするも、何も言葉が浮かんでこなくて私は魚のように口をパクパクと動かすことしか出来ない。
·····もしかして本当に、ライルは私のことが恋愛的な意味で好きなのだろうか。
目の前で愛おしそうに微笑むライルを見て初めてふと胸にそんな淡い期待が浮かんできた。
そう思ってしまうほどに彼の目には熱が籠っているように見える。
いや、でもそんな訳が、
ゆらゆらとあちらこちらに思考が揺らぐ。
同じようなことをぐるぐると考える私にとどめを刺すようにライルは愛おしそうに微笑んだ。
「何回伝えても足りないくらいに愛してるんだ。姫にも、国王の座にも、美女と言われる人にもこれっぽっちも興味無い。スーだけ。こんなにも胸を締め付けられるのはスーだけなんだよ。笑って欲しいと思うのも、傍にいて欲しいと心から思うのもスーだけ。
俺には、こうして言葉で伝えることしか出来ない。だから教えて。スーは俺のこと、どう思ってる?」
そうして訴えるように私に語りかける幼馴染の目はこれまでに無いほど真剣な光を孕んでいて。
何も持ってない私だけど、信じても良いのだろうか。
目の前のこの幼馴染が家族愛とかではなく、私に恋しているのだと。
綺麗な紫と赤の澄んだグラデーションの瞳が私をじっと見つめる。
その瞳に魅入られるように、私は心の中で天秤が傾くのを感じた。
今まで気持ちを抑え込んでいた抑制心のようなものが呆気なく、崩壊してゆく。
·····無理だ。もう、気持ちが抑えられない。
後悔してもいいから、伝えたいと思ってしまった。
「大好きに、決まってるじゃないっ·····」
零れた言葉にライルの目が僅かに見開かれる。
そして、それから彼はふっと気が抜けたように笑った。
「うん、俺もだよ」
そう言うとライルは私の額にキスをした。
ひっ、と驚きの声も出ないほどに突然のことで固まっていると彼は今度は頬にキスをおとした。
三度目にもう片方の頬にもキスしようとするライルに私は慌てて手を挟み、それを阻止する。
「·····で、でも一つだけ約束してほしくて!」
その行動に不満そうに眉を寄せたものの、続く私の言葉にライルは「なに?」と問いを返した。
「も、もし、ライルが私の事を嫌いになっても絶対に私にバレないようにして欲しい」
ライルに別れを切り出されたら耐えられない、と思ってつい口に出した言葉だったけれど、言ってからすぐに後悔した。
だってこの発言はちょっと、今の状況に相応しくない。
これじゃあまるで貴方のことを信じてないと言っているようなものだ。
「あ、いや、ごめん。今の言葉は忘れ―――」
「俺は間違いなくスーのことが一生好きだよ」
前言撤回しようと、言葉を発したその瞬間。
ライルから返答が戻ってきた。
「それに、俺はスーの事を離す気なんて毛頭ない」
恐る恐る彼の顔を見れば、甘く微笑むライルと目が合った。
蕩けるようなその笑みに見惚れていると、ライルの美しい顔が近づいてきて唇に柔らかいものが当たった。
数秒してからチュッ、と音を立てて離れたそれがライルの唇だということに気づき、少しずつ収まっていた顔の熱が再び一気に戻ってくる。
「あ、い、い、今の·····」
「顔真っ赤にして、かわいい」
声が震える私の唇にまたもや柔らかいものが触れる。
つまり、マウストゥーマウスというやつだ。
そしてそれは繰り返される事に段々と深いものになり·····。
その夜。
私は嫌という程にライルの想いと愛の言葉を受け取ることとなった。それはもう、熱烈に、疑う余地もないほどに。
お陰で次の日、私は一日中ベッドの上の住人だった。
うん。だからつまりは、そういう事だ。




