閑話 その理由
時系列また戻ります!
私は旅に出る前、まだ村でのんびりと暮らしていた頃に一度だけライルが本気で怒っているのを見たことがある。
そのたった一回、ライルが激怒したのをみたのは村に強盗が押し入った日の事だった。
その日は村の収穫祭が近づいていたこともあって村全体がとても忙しく、疲れ果てた私は早い時間に布団に入り、眠っていた。
だが、何時頃だっただろうか。
恐らく、かなり深夜になってから部屋をゴソゴソと漁る音によって私は目を覚ました。
そして何気なく部屋を見渡した私は驚愕した。
私の部屋に、奇妙な仮面をつけた男がいたからだ。
片手に持っているナイフが月に照らされてキラリと鈍く光ったのが見えた。
恐らく、その奇妙な仮面は顔がバレないようにつけていたものなのだろうけど、暗闇で見るその仮面がより一層気味の悪さを掻き立てていた。
私が目を覚ましたことに気づいた男は手に持っていた物を素早く投げ捨てると手で私の口を塞いだ。
叫ぼうにもその手のせいでモゴモゴとしか喋れない。
何が何だか分からない状況の中で、男の脇に大きな袋が置いてあったのが見えた。そして、ちらりと見えた袋の中には隣の家のおばさんが大事にしていた宝石や私のお父さんがお母さんにプレゼントしたアクセサリーが入っていた。
村のみんなの大切なものをこの人は、盗んだ。
つまり、この人は強盗ってことだ。
そう理解した途端に叫び声をあげようとしたものの、口を塞がれているせいで呻き声しか出てこない。
息苦しいやら怖いやらで涙が出てきそうになっていると、その男―――強盗はニタリと下卑た笑みを浮かべた。
「ここで殺そうかと思ったがいいこと思いついた。お前、いざと言う時の人質になれ」
「んっ?!んーっ!!!」
なに言ってんだ、と何とか叫ぼうとするものの、その頃十歳そこらだった私が大の男に抵抗できる訳もなく、私は寝巻き姿のま男の小脇に抱えられた。
「いいか、無駄な抵抗はするなよ?暴れたら殺す」
首筋にナイフを突きつけられ、私は情けないことに恐ろしくなり、動けなくなってしまった。
私が抵抗しなくなったことに満足したのか男は首筋からナイフを引くと部屋の窓枠に足をかけ、外に出た。
知らない男に抱えられながら涙を流しガタガタと震えていたその時。見慣れた金髪が視界に入ってきた。
月明かりに照らされ、キラキラと光る金色の髪。
そんな綺麗な髪を持つのはこの村では一人しかいない。
「ラ、イル」
思わず幼馴染の名前が零れた。
ライルは私と男の姿を見てしばらくキョトンとしていたけど、私と目が合うとその目を見開いた。
「スー、泣いてるの?」
この場に合わない場違いな言葉。
「そいつに、泣かされたの?」
二度目の言葉は先程よりも感情を抑えたような、低い声だった。
私と同じく寝巻き姿でいるところを見ると、ライルはきっといつもみたいに私の部屋に遊びに来る途中だったのだろう。
この頃からライルはよく夜にお忍びで私の部屋に遊びに来ていたから。
それなのに、私のせいでライルまで殺されてしまう。
お願いだから、早く逃げて。
そう言いたいのに、恐怖で声が出ない。
ライルの質問にも答えられないまま、涙がボロボロと零れる。
怖くて、何も出来ない自分が情けなくて、ただひたすらに泣くことしか出来なかった。
「何をごちゃごちゃと言ってんだあ?うーん、人質は一人で充分だしなぁ、お前には死んでもらうか」
男はライルを見て一瞬驚いていたけど、相手が私と同じ子供だと分かると余裕たっぷりに笑ってそう言った。
そして盗んだものが入っている袋を地面に置くと、代わりにナイフを取り出す。
男が私を抱えたまま、ライルに近づいてゆく。
それでもライルは抵抗もせずに棒立ちで男が向かってくるのを見ていた。
「ははっ、怖くて逃げることも出来ねぇか、可哀想になあ」
そう言って男がナイフの切っ先を向けた瞬間、ライルは突然素早く男の懐に潜り込み、勢いよく男の腕を捻りあげた。
「あ"?い、いででででっ!!!何すんだ糞餓鬼っ!!」
「お前のせいでスーが泣いてるのか」
ライルが更に捻りあげる力を強めたことによって男が私の拘束を緩めたため、恐怖で強ばる身体を必死に動かして急いで男の側から離れる。
それを確認したライルが男の足を払った。
ドシッと鈍い音をさせて男が地面に倒れ込む。
その衝撃で男のつけていた仮面が取れ、中から髭面の顔がでてきた。
村にはいない顔だ。多分、外部から忍び込んだのだろう。
「こ、こんの糞餓鬼がぁぁぁぁ!!」
抑え込まれジタバタしながら男が必死の形相で叫んだ。
今、ライルが抑え込むのを辞めたらそのまま彼を殺しかねない勢いだ。
どうすれば良いのかわからずにアタフタする私をライルが見た。
その時、私は初めてライルのあの不思議な瞳を見た。
暗闇でもわかる、あのゾクリとするほど綺麗な瞳を。
「スー、もう大丈夫だよ。だからもう泣かないで、ね?」
どちらかと言うと大柄な方に入る男を難なく抑えたまま、ライルがいつものトーンで私に話しかける。
その光景は酷く歪だった。
「ラ、ライ·····」
「何がもう大丈夫だ!!ふざけんなよ!!殺してやる!殺してやるっ!!!!」
私がライルの名前を呼ぼうとすると顔を真っ赤にした男がそれを遮った。
男は頭に血が昇ったせいか最早他の村人に見つからないようにする気もないようで「殺してやる」と繰り返し叫んでいる。
「殺してやる、殺してやる、殺してやる殺してやる!!」
「うるさいなあ、ちょっと黙ってろ」
狂ったように同じ言葉を繰り返す男に無表情にそう言ったライルは僅かに肘を動かした。
すると騒いでいた男は途端に静かになり、真っ赤だった顔は徐々に血の気のない顔色へ変化してゆく。
そして数分と経たないうちに男はまるで糸の切れた人形のようにガクリと抵抗を辞めた。
「ラ、ライル、今なに、したの?」
「ちょっと気を失わせただけ。大丈夫、死んでないよ」
答えになっていない答えを返されたものの、ライルも自分も無事だということがわかったら、もうなんでも良くなってしまった。
私はその時ただただ、二人が無事だったことを喜んだ。
その後、騒ぎに気づいた村の人達が続々と起きてきて事件は明るみに出た。
通報によって男は役人に引き渡され、盗まれた金品も戻ってきたし、隣のおばさんの家は今夜は旅行に行っているらしく留守だったようで、怪我人もいなかった。
なにせここは平和な村で滅多にこんな事件は起こらなかったから役人が来た時、村はてんてこ舞いだった。
だから村の人達からしてみれば誰が、どうやって強盗を倒したのかはあやふやになっていると思う。
知っているのは、私とライル。それに村長と私の両親だけだ。
子供であるライルが淡々と、凶器を持つ大人の男に立ち向かう姿はあまりに異常だった。
さすがの私でも幼いながらにそれは分かった。
正直、その姿に恐怖を覚えなかった訳では無い。
あの時のライルは、なんの感情もなく人を殺してしまいそうな雰囲気だったから。
それでも、ライルがあの男に立ち向かったのは、私を助けようとしたからだ。それも分かっている。
だから私はライルの真の瞳の色彩を知ったこの日、決めたのだ。
ライルが自分の知るライルである限り、私は彼を恐れないと。
そしてあの日から数年経った今日。
人間離れした能力を持っていようが、淡々と魔物を切り倒していようが、謎の力を持っていようが、今日もライルはライルだった。
私の知っている、ライルだった。
だから私は今日も彼を恐れることは無い。
お読みいただきありがとうございました!




