14 得体の知れないなにか
「ほ、本当に、一瞬で着いた」
信じられない気分でその光景を見ていると、ライルが隣で「だから言ったでしょ?」と笑った。
「早くスーと村に帰りたかったから頑張って覚えたんだ」
その言葉に私は胸がきゅっと締め付けられる。
魔法が使えたことに対する驚きよりもこの言葉の方が心動かされるあたり、私もどこか普通とはズレてるのだと思う。
でも、色々なところを巡ってもまだ、ライルは村に帰りたいって思ってくれてるというその事実が私には嬉しくて仕方がなかった。
あの小さな田舎の村に。
「私も、早く村に帰りたい」
そう言うと、ライルは嬉しそうに微笑んだ。
結局、その後城の門番に説明と説得を繰り返し話を通してもらったことで私達はなんとか、アポなしで城に入ることが出来た。
城に入ってからしばらくは待機する時間が続いたものの、ライルやアドルフが本物の英雄だと証明されたのか、恭しい態度で豪華な部屋に通された。
その時にルルとエラは治療室に運んでもらった。
ソワソワしながらその部屋で出されたお茶を飲んでいると、部屋に人が入ってきた。
誰だろうと何気なく目を向けるとそこに居たのは私達が旅に出る前にお世話になったお偉いさんだった。
「あ!お久しぶりです」
立ち上がり挨拶する私の横でライルが「こいつ誰だ」という顔でお偉いさんを見ているので私がこっそりと「村に来た人だよ」と説明すると納得したように頷いた。
一ヶ月の間、毎日顔を合わせてたんだから普通なら忘れないと思うんだけど。
「いやあ、まさかこんなに早く帰還されるとは!水晶をもう封印されたと聞きました!本当に凄いでことですぞ!この国の宝、誇りでございます!!皆様、長旅本当にお疲れ様でございました!」
興奮しているのか早口で捲し立てるように話すお偉いさんに私は愛想笑いを返す。
アドルフもその様子に少し気圧されたようだった。
「ああ、それでですね早速勇者様にお話があるという事で国王様がお呼びでございます」
「こ、国王様がライルを」
今更ながらに国王様という単語で自分達がすごい場所に来てしまったんだという実感が湧いた。
「はい。勇者様にだけ取り急ぎ話したいことがあるとか」
「·····俺にだけ?」
「えぇ」
ライルが伺うようにちらりと私の方を見た。
「行ってきなよ。私達はここで待ってるから」
「·····すぐ戻ってくるね」
私が頷きを返すとライルはお偉いさんに連れられて部屋を出た。
部屋には私とアドルフだけが残る。
「·····なあ」
「なに?」
声を掛けられ、私は飲んでいた紅茶をテーブルへ戻した。
アドルフはなにやらいつもと違う様子で深刻そうな顔をしている。
「スティナはライルの事、どう思ってるんだ」
「へ、へっ?!!」
どうって私の気持ちはあんたが一番知ってるでしょっ!
突然真面目な顔で何を言い出すかと思えば。
と、焦る私に気づいたアドルフが「あ、いやそういう事じゃなくて」とゆるゆると首を横に振り否定した。
「そういう事じゃないって、じゃあどういうこと?」
「·····その、ライルの能力について、みたいな」
いまいちアドルフらしくない曖昧な言い方に首を傾げていると、彼は少し困ったように笑った。
でもその笑顔はやっぱりアドルフらしくない下手くそなものだった。
「·····俺、剣の腕には自信があったんだ。実際、今まで誰にも負けたこと無かったし」
突然関係ない話になり、私は驚きながらも頷く。
アドルフの剣の腕は私もよく知ってる。
英雄の中でも剣士と呼ばれるにふさわしい強さだ。
でも一体それがどうしたと言うのだろう?
アドルフはちらりと私を一瞥すると、また話し始めた。
「だからライルと初めて手合わせした時は本当に驚いた。初めて俺と剣で対等に渡り合えるやつが現れたって」
「初めての手合わせの時、凄かったもんね。二人ともぶっ倒れるまで続けてさ」
「ああ。酸欠になったし身体中だるかったけど、楽しかったな」
私の言葉にアドルフが過去を思い出すように目を細める。
しかし、直ぐにその表情に陰りが見えた。
「でも。俺はライルは他の人間とは何かが決定的に違うように思えて仕方ないんだ」
「決定的に、違う?」
「·····ああ。ずっと違和感はあった。例えばさっき言った剣のことだってそうだ。
ライルが剣を習い始めたのって旅に出る一年前のことだろ?
でも、どう考えてもあいつの動きは一年やそこらで身につくものじゃない。本来なら十何年とかかってやっとあの動きを習得できるか出来ないかのレベルだよ。
きっとあいつはこの先も際限なく上達し続ける。才能と言ってしまえばそれまでなのかもしれないけど、俺はあいつにはそんな言葉じゃ片付けられない、なにかがあるように思えてならないんだ」
·····なにか、か。
アドルフはくしゃりと少し苛立ったように自分の髪を掻きあげた。
「ずっと旅してきたやつのこと、こんな風に言いたくない。ライルのことは大事な仲間だとも思ってる。
けど!スティナだって、見ただろ。あの悪魔と対峙した時、ライルは明らかに様子がおかしかった。それに水晶の封印だって、空間魔法だって、本来ならあんなに簡単にできるものじゃない。
その時はあまりの事に驚きが先に来てたけど、考えれば考えてみる程、ライルが恐ろしく思えてくるんだ。
だって、あんなのはっきり言って、人間業じゃ、ねぇよ」
最初、勢いのあった言葉は後半になればなるほど弱々しく、細い声に変わっていく。
ギリッと音がする程に歯を食いしばるアドルフの表情は、なんだか今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「·····そう、だね。確かにライルは規格外だと思う」
その顔を見ていると、少し昔のことを思い出して気づいたら無意識に口から言葉が零れていた。
アドルフが僅かに身動ぎをする。
私はそんな彼を見ながら決して語弊が生まれないように慎重に言葉を探しながら口を開いた。
「昔からライルはずっとあんな感じなの。私も正直、彼が普通じゃないっていうのは分かってるつもり。まあ、最近はそれに磨きがかかってきてるけどね。·····でも、そうだな。なんて言えばいいのかな」
私は論理立てて話をするのが下手だから少し分かりにくくなってしまうかもしれない。
だけど、アドルフにちゃんと私が思ってることを伝えたい。
「それでも、ライルはライルなんだよね」
アドルフが、私を見た。
それを意識しながら私は言葉を続ける。
「確かに変だよ。普通じゃない。能力も考え方も、私とはまるで違う。でも、それでもライルは昔からずっと私の知ってるライルなの。身内に甘くて、意外と照れ屋なとこもあって、他人と関わるのが苦手な、私の幼馴染なの。
変な力とか、そういうの二の次になっちゃうくらい大事な、人なの」
ライルはあまりに何もかもが自分とは違うから、私はどうしてもこれから先もずっと彼と一緒にいるというビジョンが浮かばない。
私はきっといつか、置いていかれる。
だからこそ、この恋心は胸に一生閉じ込めると決めたのだ。
でも、たとえ強大な力を持っていても、彼が彼であり続けるから私はライルを好きになった。
不思議な力を持っていようとも、この世界で誰も持っていないであろう瞳を持っていようとも。
ライルは、ライルだから。
今から私がアドルフに言う言葉は決して簡単なことではないとわかっている。
どうしても、拒絶してしまうことだってあると分かっている。
だけど、どうか。どうか。
「だからさ、アドルフ。どうか、ライルのことを嫌わないであげて欲しいの。天邪鬼だし意地っ張りだけど、ライルはアドルフのことちゃんと仲間だって思ってるから」
さっきのアドルフみたいに下手くそになってしまった笑顔を向けると、アドルフが大きく目を見開いたのが見えた。




