13 彼の本領
「ほ、本当にこれ封印できてんのか?」
アドルフが水晶をマジマジと観察しながらライルに問いかけた。
おずおずと問いかけるアドルフの声が洞穴内に響く。
「見ればわかるでしょ。その目は飾りなんですかー?」
「あぁ?!み、見た感じは直ってても中まで直ってるかはわかんねぇじゃねぇか」
「封印できてるに決まってんじゃん。さっきと違って瘴気が漏れてないの普通なら大体分かるよ」
心底バカにしています、という顔をしながら鼻で笑うライルに私は背後からゲンコツをお見舞する。
「あ、スー、酷いよ!いきなり叩くなんて!」
叩かれた頭を両手で抑えて抗議してくる幼馴染に私は溜息をつく。
「ライルがアドルフにくだらないつっかかり方してるからでしょ。それより、ライルは水晶封印してからなんか身体に異常とかないの?大丈夫なの?」
「うん、俺はなんともないよ。まあ流石に少し疲れたけどスーが心配してくれたからその疲れも今、回復したし」
こっちは本気で心配しているのにライルはほほ笑みを浮かべ、手をヒラヒラとさせる。
·····まったく、この男は。
「って言うかそもそもの疑問なんだが、なんでお前一人で封印できたんだよ」
相変わらず規格外のライルに呆れている所にアドルフの問いかけが入り、私もその疑問を思い出した。
確か、封印するための神力的な力が足りないと封印出来ないはずだったのに。
どうしてライルは水晶を封印することが出来たんだろう。
私たちのもっともな質問にライルは「ああ」となんともなさそうな顔で頷いた。
「水晶を封印するのに必要な力が英雄四人分だって言うのはあくまでも英雄四人全員が平均的にその力を持ってた場合の人数でしょ。恐らくだけど、俺はその水晶を封印する力ってやつが飛び抜けて多かったんだと思う。多分」
「·····た、多分ってお前、確証もねぇのに封印したのか?!」
「うん。でも実際成功したし。それにこの洞穴に辿り着いた時みたいになんか根拠の無い自信みたいなものがあったんだよ」
「こ、根拠の無い自信って·····」
アドルフがお手上げと言った感じで溜息をついた。
「それじゃあなんだ、一人だけでも水晶を封印できるだけの力がお前には眠ってたって訳か?」
「多分ね」
あっけらかんと答えたライルに今度こそアドルフはふらふらと後ずさると頭を抱えた。
「こいつ、滅茶苦茶かよ·····」
·····アドルフ、その気持ちはよく分かる、よく分かるぞ。
だけど、この存在自体が滅茶苦茶な男がライルなんだよ。もうそう理解するしかないんだよ。
アドルフに心から同情してしまい、私は思わずうんうんと頷く。
「だから俺はスーと二人でも封印出来るってずっと言ってたのにさ」
そんなアドルフの様子に完全無視を決め込んだライルが私にふくれっ面で文句を言ってきた。
「いや、普通は無茶な話だと思うでしょ。それに英雄を集めるのは国からの命令だったんだから文句言わないの。アドルフやルルちゃん、エラちゃんがいたから水晶に辿り着くのがこんなに早くなった訳だし」
宥めるように肩を叩くと、ライルがその手を取って指を絡めてくる。
「でも、俺はスーと二人きりが良かった」
少し上目遣いにいじけた口調でそんなことを言われた私はムグッと口を噤んだ。
·····耐えろ、私。
この突然襲ってきた気恥しさと嬉しさと、なんかぐわぁってする感じの複雑な想いに耐えるんだ。
「·····そんな事言わないの。それより、そろそろこれからの事について考えないと」
見事、何とか襲い来る感情の荒波に耐え抜いた私は気持ちを落ち着かせてからさり気なくライルの手から自分の腕を引き、そう提案した。
ライルが不満顔しているのがチラッと見えたけど無視だ、無視。
「·····これからの動きって。あ、そうか」
よろよろと頭を抱え込んでいたアドルフが顔を上げた。
「うん。水晶は封印したけど私たちはこれからまた自分たちの街に戻らないと。まあ、封印の旨を書いた手紙は出すつもりだし、瘴気を完全に封印したからきっと魔物もだいぶ減ってるはずだけど、それでも今度は帰るのに何年かかるのか」
それにエラの体調やルルの精神面についての問題だってある。
水晶を封印したからと言ってこの旅が終わるわけじゃないんだ。
私とアドルフであーでもないこーでもないと今後について頭を悩ませていると、ライルが「ああ、それなら安心して」とお気楽な口調で口を挟んできた。
「安心してって、なにが?」
私が問いかけるとライルはその美しい顔を破顔させ、こう言った。
「俺、空間魔法使えるようになったから村まで一瞬で帰れるよ」
と。
「·····は?」
「·····は?」
アドルフと私の呟きが重なる。
·····今、彼はなんと?
オレ、クウカンマホウツカエルヨウニナッタカラ?
·····え?え?
空間魔法って、え?
「あれ?二人とも黙り込んじゃってどうしたの?」
心底不思議そうに問いかけてくるライルに私は頬が引き攣りそうになりながら問いかける。
「ね、ねえ、ライル。その空間魔法ってエラちゃんが、「この魔法が使える魔術師は世界でも数えるくらいしかいない」ってよく話してたヤツ?」
いや、そんな訳ない。
ライルが否定するよりも真っ先にもう一人の自分が心の中で否定する。
だって、確かエラはよく自慢げに語っていた。
空間魔法というのはごく一部の選ばれし魔術師しか使えない魔法なのだと。使えるだけでも誉なのだと。
そして自分はこの魔法を習得するのに十年かかったとも言っていた。
そんな凄い魔法を魔術師でもないライルが使えるわけが無い。
この前エラに魔法を教わったとは聞いていたけど、いくらなんでも空間魔法は一朝一夕で習得できるものでは無いはずだ。
それなのに、ライルは私の言葉にあっけらかんとしたまま「そういえばそんな話してたっけ?よく覚えてないや」と答えた。
「まあ、見てもらったらわかるよ。この前、あの魔術師から魔法のやり方みたいなのを聞いて練習したんだ。ただこの魔法、一度行ったことのある場所にしか飛べないみたいだからちょっと不便ではあるけど」
ニコニコと楽しそうに笑うライルは自分がとんでもないことを言っている自覚がないようでポカンとしている私達に「どうしたの?」と声をかける。
「外に出た方が魔法使いやすいから、外に出よ」
「あ、うん。わ、分かった」
「お、おう」
結局、私とアドルフは半信半疑のまま言われるがままに洞穴の外へと向かった。
◇◆◇
外に出るとずっと薄暗い洞穴の中にいたせいか、少し目が眩む。
ちなみにエラは相変わらず気絶したままなのでアドルフが横抱きで運んできてくれた。
そして先程までパニックに陥っていたルルも現在は気絶している。
何故ルルが気絶しているのかと言うと、何度声をかけても反応しないルルを見たライルが首に手刀を打ち込み、気絶させたからだ。
最初、ライルのトンデモ行動にとても肝を冷やしたけど、その行動の理由がいつまでもあそこで蹲って移動しない訳にもいかないし、気を失わせた方が本人の精神的負担が減るからと珍しく正論だったので今もこうして気絶してもらっている。
まあ、ライルのことだからただ単に楽に移動させたいからという理由も無きにしも非ずなのだけれど。
まあ何はともあれ、洞穴から五人全員がでてきたことを確認したライルは「じゃあいくよ」と宣言した。
そして彼がゆっくりと瞼を下ろした瞬間、私たちの周りに風が巻き起こった。
本当に大丈夫なのか、とライルの方を見ると彼はかなり集中しているようでじっとその場から動かずに目を瞑っている。
その表情は真剣そのものだ。
そうして一度巻き起こったその風は段々と強さを増し、あまりの風の強さに目を開けていられなくなる。
そして、我慢できなくなり目を瞑った瞬間。
身体が無重力状態になったかのようにふわりと浮く感覚があった。
が、それも一瞬のことで次の瞬間には身体全体に重力がのしかかるような感覚に襲われる。
急激すぎる重力の変化に慌てて何事かと瞑っていた目を開けた私は視界に飛び込んできた景色を見て思わず絶句した。
汚れひとつない白い外壁、ピカピカに磨かれた光を反射する窓。国の砦にふさわしいどっしりとした佇まい。
そして、突然現れた私たちを見てひっくり返る門番達。
そこは、私たちが旅から帰還したら真っ先に向かえと言われていた、この国の城その場所だったから。
こうして私達の四年にも及ぶ旅の帰還はライルによって一分と経たずにあっさりと終わったのだった。
結局私は四年前、ライルが約束した通り本当に怪我一つないままに水晶を封印する旅を終えることとなった。




