12 幼馴染の怒り
すみません!遅刻しました!!
そこには、今まで一度も見たことがないほど冷たい表情で立つライルがいたから。
この前の無表情が可愛く思える程だ。
本当に、まるで魂ごとストンと無くしてしまったかのように温度のない冷たい表情をしていた。
ただ唯一、燃えるような瞳を除いて。
「ラ、ライル·····?」
ライルが本気で怒ったところを見た事がないアドルフがあの不思議な色合いの瞳といつもと様子の違う彼の様子に戸惑ったように声をかけるけれど、ライルは返事をすることなく魔物を見つめている。
「今、なんて言った?」
そうして次に放ったライルの言葉には一言一言に体が竦むような威圧感があった。
が、悪魔は彼の様子に気づいているのかいないのか、嬉しそうに口角を緩める。
「ああ!!いいね、お前!強い殺気が漏れだしているよ!
なによりまだ成長途中のようだが大きな魔力が眠っているようだし、それに身体能力がずば抜けているじゃないか!!お前、本当に人間か?!!人間にしておくには惜しいよ、素晴らしい、本当に素晴らしいな!!」
ハハハハハと壊れた玩具のように笑う魔物をライルは相変わらず無表情で眺める。
その目は、まるで観察者のそれだった。
状況がわかっているのかと聞きたくなるほどに、彼は静かにその場に立っていた。
そしてそれに相反するように、悪魔の方はどんどんとその声のトーンに熱が籠ってゆく。
「よし、決めたよ。私は君の身体を貰うことにしよう!君の力と私の力が合わされば最強だ!!!人間を滅ぼすなんて造作もないぞ!!ああ!!いよいよ私の世界への第一歩だ!!
·····ふふ、なんて善い気分なんだ。そうだな、まずは手始めに、君の動きを止めようか。周りの人間も動けないようにしておかないとね。君たちは目の前で仲間が魔物に取り憑かれ死んでゆくのを何も出来ずに見ているがいい」
危険を察知したアドルフが動くよりも先に悪魔が口の中で小さく何かを唱えた。
その瞬間、身体がピクリとも動かなくなる。
「·····え」
なに?嘘、まって。どうしよう、身体が全然動かないっ。なにこれ?!
なんで、なんで!!
精一杯もがいているつもりなのに、抵抗しているのに、身体は自分の意思とは正反対に僅かに揺れるだけであとは全く動かない。
「なんだこれっ!!くそっ!どうなってやがる!」
アドルフも同じように抵抗しているようで、身体が同じ体勢のままで不自然に僅かに揺れている。
ライルに関しては抵抗をしていないのかそれとも私達よりも強い力が加えられているのか身体が少しも動いていなかった。
「ははははは、可哀想に自分の体が思い通りに動かせないのは怖いだろう。なに、私がこの男の身体を乗っ取るまでの辛抱だ。乗っ取ったら直ぐに殺してやろう」
嫌だ。嫌だ。
ライルの身体が乗っ取られるなんて、そんなの、絶対ダメ。
ダメだと、そう思うのに動かない自分の体にイラつき唇を噛み締める。口の中に鉄の味が広がるが、気にする余裕なんてない。
今ここで動かないと、ライルが·····!!
悪魔は私たちの様子に自分の勝利を確信しているのか、ニヤニヤと笑みを浮かべながら地面に降り立った。
その刹那。
魔物の水晶を持っていた方の腕が、飛んだ。
比喩でもなんでもなく、悪魔の腕は本人の体から切り離され、宙を舞ったのだ。
「·····は?」
悪魔が宙を舞う腕を見て呆然と呟いた。
そしてそのすぐ後、勢い良く悪魔の身体から血が溢れ出した。
きっと、切られた悪魔本人すら状況が分からないまま、それを見ていた。
そうして遅れること数秒後。
悪魔はようやく自分の状況を理解し、叫び声を上げた。
「な、なんだこれっ!!!!!いだい"!!!なんで!!なんで私の腕がっ!!!ああっ"!いだぁぁい!!!」
この出来事によって悪魔の意識が逸れたからか、私達の身体を拘束していた見えない力がこの時ふっと緩んだ。
でも、それをわかっていながらも私達は、私とアドルフはその場から動くことが出来なかった。
私達の目線はただ一点、相変わらず表情が抜け落ちたまま悪魔を見るライルに釘付けだった。
彼の握る剣には、悪魔のものと思われる血がついていた。
そう。それは誰がどう見ても、ライルが魔物の腕を切り落としたとしか思えない状況で。
でも、なんで·····?どうして
「どうして、何故お前には私の術が通じないんだっ?!!!」
半狂乱になりながら、私の思っていたことと全くおなじ疑問を悪魔が叫んだ。
が、ライルはそれには答えずに無表情のまま悪魔へゆっくりと近づいてゆく。
「ひっ、ひぃっ!」
その姿に悪魔は怯え、ずるずると後退りをする。
「そんなことは今どうだっていい。それよりもお前、さっきなんて言ったかって聞いてんだよ」
いっそ憐れになるほど怯える悪魔にライルが何かを問いかけた。
「答えられないなら教えてやろうか。お前はさっき、スーに向かって無能と言ったんだよ」
「く、来るなあ!!来るなぁっ!!」
「ましてやゴミ以下だ、なんて発言は到底許せたもんじゃあない」
ライルが悪魔に何か話しているようだけど、いつもより声が低いせいで会話が聞こえにくい。
だが、悪魔の顔が引き攣っていくのがはっきりと見えた。
裏返るほどに必死に叫ぶ悪魔の声も。
ジリジリと最大限の恐怖を与えながら追い詰めていくその姿はとても勇者とは思えなかった。
どちらが悪魔か、分からない。
「なあ、どうしようか。俺のスーにそんなことを言ったやつは」
「嫌だあ、た、助けてくれえ!」
「それに、俺の身体を乗っ取ってスーを殺すとか言ってたっけ?何をほざいてるのか知らないけど、スーに危害を加えようとするやつは俺に殺されても仕方ないよね?」
「う、嘘だろ、ちょっとまってくれ、嫌だ!まだ、まだ死にたく」
「ばいばい」
悪魔の喚き声が不自然に途切れた。
ライルが悪魔の首を、切り離したから。
ゴトン、と嫌な音がした。
なるべく私はその方向を見ないようにしながらライルを見る。
無機質な目で悪魔だったものを見ていたライルは顔を上げ、私と目が合うと先程までの無表情が嘘のようにパッと困り顔になった。
そして駆け寄ってきた彼は悲しそうな顔で私の身体を見る。
「どこも怪我してない?大丈夫だった?怖かったよね、嫌なところ見せてごめんね」
いつものトーンで、ライルが私を心配する。
「ライルの方こそ、その、大丈夫なの?怪我は·····」
「俺は大丈夫だよ。どこも痛くしてない。心配してくれてありがとう」
私が怪我をしていないことに安心したのかライルは気を抜いたようにふにゃと笑った。
「ラ、ライル、お前·····」
と、そこにやっと膠着が解けたアドルフが戸惑った様子で話しかける。
「ああ、アドルフいたんだ。全く気づかなかったや」
「いやこの距離で気づかないとか逆に頭おかしい·····ってそうじゃなくて。今はそんなことどうでもいいんだよ、なんでお前、いや、ていうかお前·····」
「なに?」
「なんで、お前は、あの魔物の術が効かなかったんだ」
呆然とまるで独り言のように呟くアドルフにライルはニコリと笑った。
外用の笑顔だ。
「今はそれより水晶の封印でしょう?ほら、あそこに転がってるやつ」
ライルが指さした先には確かに水晶が転がっており、その傍には·····、いや精神衛生上これ以上追求するのはやめておこう。
とにかくアドルフはライルの言葉に慌てて水晶を確保すると私たちの元まで慎重に持ってきてくれた。
三人で水晶を覗けば、確かに水晶の表面にはヒビが入っており、僅かに欠けていた。
水晶の中には確かに黒いモヤのようなものが渦を巻いており、それからは素人目に見ても禍々しさを感じた。
「·····これを封印すればいいのか」
ゴクリとアドルフが唾を飲み込む。
「だ、だけど封印のためには英雄の力が必要なんでしょう?」
私の言葉にアドルフが不思議そうに首を傾げた。
「え、ああ、おう。国からの手紙にもそう書いてあったしな。それがどうかしたのか?」
「いや、でも。·····エラは未だに目を覚まさないし、ルルだって」
ちらりと隅の方に目をやると未だに蹲りながらブツブツと何かを唱えているルルがいた。
先程、もう悪魔はいないから大丈夫だよと声をかけたものの私の声が聞こえていないようで反応は返ってこなかった。
恐らく今の出来事が深い心の傷となってしまっているのだろう。
しっかりと時間をかけて治療していく必要がある。
しかし、あの状態ではとてもじゃないけど封印に協力することなんて出来ないだろう。
私の言いたいことがわかったのか、アドルフが「あ」と声を上げた。
「·····え、でもそれじゃあ封印するための力が足りねぇじゃねぇか。どうするんだよ」
「国に手紙を出すにも、時間がかかるし·····」
私にも封印する力があれば良かったのに。
対処法を考えながらも、どうしてもそんなどうしようも無いことを考えてしまう。
私も、英雄だったら良かったのに。そうしたら少しは役に立って·····。
無意識に唇を噛んでいたらしく、再び口の中に鉄の味が広がる。
そんな私の頭にポンッと大きな手が置かれた。
顔を上げた先にいたのは優しく微笑むライルだ。
「そんな顔しないで?大丈夫だよ、俺が封印するから」
「·····え、でもどうやって」
「俺に任せて」
安心させるようにもう一度ポンポンと私の頭を撫でたライルはアドルフから水晶を受け取った。
「確か、あの手紙に書いてあったとおりにやれば良いんだよね?」
「え、うん。でも神力が·····」
「多分大丈夫」
やけに力強く言い切ったライルに何も言えずにその様子を見ていると、彼は水晶に手をかざし目を瞑った。
そして、手紙に書いてあった通りの呪文を唱える。
すると、信じられないことに水晶が少しずつ淡く光始めた。
戸惑う時間もなくその光は急激に辺り一帯を覆うほどに強くなり、妙に胸をザワザワとさせるその光は私の目を眩ませた。
そしてその光が収まり、目が元の明るさに慣れてきた頃、既に水晶は傷一つない状態に戻っていた。
先程と違い、瘴気が漏れ出している様子はない。
つまり、きっとこれは、封印が成功したということで。
「·····え」
無意識に漏れた音にライルが振り向いた。
「ね?だから俺、最初っからスーと二人っきりで大丈夫だって言ったでしょ?」
そうして、昔と変わらぬ笑顔で彼はそう言った。
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