10 旅も終盤
「それで、その封印方法はまだ詳しくは分からないけど四人の英雄の力が必要なの。わかるわよね?」
「うん」
話しながらライルの瞳をチラッと見ると先程よりは金色の光も落ち着いていた。
それにほっとしながら私は話を続ける。
「それなのにライルが今あの二人になにかしちゃったら水晶が封印できなくなっちゃうかもしれないでしょ?そしたら世界が救えなくなっちゃうわよ」
私の言葉にライルはにこりと微笑んだ。
お、わかってくれたか!?
「大丈夫だよ、俺一人でもなんとかなる」
「全然大丈夫じゃない」
私の淡い期待を裏切り、ライルはなんとも良い笑顔でキッパリと言い切った。
·····というか俺一人でって言うけど、アドルフもいるからね。
「それに、俺そこら辺の調節は上手な方だと思うから」
微笑みを崩さないままでライルがそんなことを言った。
·····うん、そこら辺の調節ってどこら辺かな?
せっかく拭った冷や汗がまたドバドバと出てきているのを感じながら私はどうしたものかと頭をフル回転させる。
が、元々ポンコツな上に軽くパニックを起こしている脳みそで考えられる事なんてたいしたものではなく、私はヤケクソになりながらそのポンコツ頭で絞り出した言葉を口にした。
「あーあ。私はすぐ攻撃的になる人あんまり好きじゃないけどな!」
こんな台詞が今のライルに効くわけないと分かっていながらやけっぱちに叫んだ。
すると、予想外にライルはキョトンとしてからその顔を驚愕に染めた。
「す、好きじゃないって、嫌いってこと·····?」
「え。う、うん」
戸惑いながらも反射的に頷くとライルはその整ったお顔を真っ青にさせながら私を見た。
「お、俺の事嫌いになるの?」
「え、えっと、暴力使ったりあの二人に攻撃するなら、ね?」
「じゃあ俺、しないから」
ま じ か。
まさかの効果てきめんでビビる私にライルは「だから嫌いにならないで」と懇願する。
「わ、わかった。絶対嫌いにならないから、その代わり物騒なことはやめてね?」
幼馴染が女性を痛め付ける姿はさすがに見たくないよ、と念押しをしておくと彼は首がとれそうな勢いで縦に頷いてくれた。
瞳の色は少しずつ元に戻ってきている。
·····よし。何とか、一件落着、なのか?
「あ、あとさ、出来れば旅が終わるまでは今まで通りの態度をとってくれないかな?」
ライルにそうお願いすると彼は「なんで?」と少し嫌そうに眉を寄せる。
·····いや、だってあのライルにぞっこんの二人が彼に冷たくされたらどうなるかわからないし、私もさすがに五人しかいないパーティが気まずくなるのは嫌だ。
なんてことをこいつに馬鹿正直に話すと今度は何を言い出すか分からないので私は曖昧に隠すことにした。
「なんでも!せめて水晶を封印するまでは仲良くしてほしい、ね?」
「·····スーがそう言うなら。旅が終わるまで、だけどね」
うーん、若干不穏な言い方。
·····まあ、分かってくれたならいいや。
「取り敢えず戻ろっか。多分、もう料理作り終わっちゃってるよ」
「そうだね。俺、お腹ぺこぺこ」
いつものトーンで、いつものように笑うライルに密かに安心しながら私達は拠点へと戻った。
◇◆◇
次の日の朝。
私の心配とは裏腹にライルはしっかりとルルとエラにいつも通り接しているようで安心した。
あまりにいつもと変わらないように見えるから昨日のあれは夢だったのかと思いそうになるくらいだ。
そして昼。私達がご飯を食べていると拠点に伝書鳩がやってきた。
鳩の足から手紙を外し、内容を確認するとどうやらアドルフに来たものが一通、そして国からの手紙が一通で計二通の手紙が来ていた。
アドルフに来ていた手紙はどうやら妹さんからものらしく、治療が進み、今ではこうして自分で筆をとって手紙をかけるほどに回復しているという内容のものだったそうだ。
アドルフはその手紙を朝見てからずっとハイテンションだ。
旅に出てからずっと妹のことを心配していたのを知っていただけにこちらまで嬉しくなる知らせだった。
そしてもう一通。国からの手紙にはなんと水晶の封印方法が書いてあった。どうやら、ようやく封印方法の詳細が分かったらしい。
手紙を読むには、水晶の封印には英雄のみがもつ神力的な力が必要らしく、その神力が四つ合わさることでようやく封印できるらしい。
だから英雄を集めなくちゃいけなかったのか。
あ、危なかったな。
私は手紙を読みながらもひっそりとライルがあの二人に何もしでかさなくて本当に良かったと胸をなでおろした。
もし、あの二人が封印に参加できなくなっていたら神力的な力が足りなくて封印出来なくなっていたかもしれない。
いや、本当に良かった。危うく世界が滅ぶところだった。
そして神力的な力を集めた後に、その力をすべて水晶に注ぎ込むのだという。
手紙には長々と説明が書いてあったけど、結局封印するために一番大切なことはやはり英雄の持つ神力が足りているか、らしい。
通常、一人の英雄あたりの神力というのは量が決まっているようで四人もいれば封印に必要な力は十分足りるはず、と手紙には書いてあった。
それと、最後の方には水晶の封印場所はもうかなり近く早ければ一週間もしないうちに着く可能性があるとも書かれていた。
突然現実味を帯びてきた水晶の封印に戸惑わない訳では無いけれど、なにはともあれ、封印方法もわかった事だし、いよいよ長かった旅もクライマックスに向かっているわけだ。
あと少し。
私もなにか役に立てることを探しながら旅を続けよう。
◇◆◇
そうして手紙が届いてから三日が経ったある日のこと。
旅の途中でルルが突然、「あれ?」と戸惑ったような声を上げた。
「いきなりどうした?」
アドルフが声をかけると、ルルはどこか虚ろな目で振り返った。
「この先に、水晶があると思う」
「え!」
その道を真っ直ぐに睨みつけるようにしているルルを見て私は驚く。
でも、なんでそんなことが·····?
と不思議に思っていると隣にいたライルが「確かに」と呟く。
「俺もなんかあっちに呼ばれてる気がする」
「わ、私も!なんか変な感じがする。それにあっちのほうにすごい大きな魔力を感じるわ」
ライルの言葉にエラが同意した。
その顔つきは普段とは違い、どこか緊張していた。
残念なことに私にはその感覚はさっぱりわからないけど、英雄である彼女たちが言うのなら間違いないだろう。
きっと何か英雄にしか分からないものがあるのだと思う。
私はその言葉に従い、ルルの後へと続いた。
しばらく歩いていると、「俺も一応英雄なのにそんなの全然感じない」とぶつくさ言っていたアドルフも何かを感じたようで「なんかあいつらの言ってること分かったかも」と言ったきり、まじめな顔で黙り込んでしまった。
もちろん、一般人の私は相変わらず何も感じない。
が、みんなのいつもと違う様子に何だか私も緊張してきてしまった。
そうして黙々と歩いていると、先頭を歩いていたルルが突然足を止めた。
それに合わせて私たちの歩みも止まる。
そこは大きな洞穴の入り口だった。
「ここ、なの?水晶が封印されてる場所って」
隣にいるライルにこわごわと問いかけると、彼は「多分ね」とあっさりそれを肯定した。
「なんかちょっと不気味な感じがするね」
水晶に関しては何も感じないけど、この洞穴からは何となく禍々しいものを感じる。
そういえばルルが格の違う魔物が水晶を守ってるって言ってたな。
なんてことを考えて少し不安になっていると、ライルが私を見て優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ。スーには傷一つ付けさせないって約束したでしょ?」
「う、うん。ライルも気を付けてね」
「心配してくれてるの?うれしいな」
どこか他の三人よりも緊張感のないその様子に心配になるけど、ライルなら大丈夫だと信じるしかない。
「それじゃあ、いつまでもここで立ってるわけにもいかないし中に入ろうか」
ライルの言葉にみんなが緊張した面持ちで頷く。
アドルフもライルも剣を抜き臨戦態勢だ。
旅の最終局面を迎えるべく、私たちは洞穴へと足を踏み入れた。




