1 お偉いさん到来
よろしくお願い致します!
「あんたなんて、ライルに相応しくないんだから!」
「·····はあ」
せっかくの可愛らしいお顔を真っ赤にさせて、肩を怒らせる彼女になんといえばいいのか分からなくて、私は中途半端に返事をする。
「大体ね!ライルだって貴女に付きまとわれて迷惑してるのよ!」
「なるほど」
「ライルにあんたみたいな平凡女は似合わないの!いいこと?もう不必要にライルに近づかないで!!」
「·····善処するね」
少女の言葉に頷けば、彼女は満足したようにフンと鼻を鳴らし、帰っていく。
その後ろ姿を見送りながら私は思わず溜息をついた。
「どうしたものか」
◇◆◇
事の発端は5年前。
幼馴染のライルと私の故郷である小さな村にある日突然国からお偉いさんがやって来たことから始まる。
私達の村は他と比べると少しばかり、いや、かなり田舎ということもあってそんな偉い人たちが来ることなんて今まで一度もなかった。村の人達も経験したことがなかったようで、皆てんやわんやだったのをよく覚えている。
そして問題は何故偉い人がこんな田舎にきたのか、という話なのだけれどその答えはすぐに分かった。
お偉いさんは村に来て直ぐに村長に向かってこう言った。
「この村には勇者となるべき逸材がいます」と。
彼の話を詳しく聞くには、今この国には至る所に魔物が生息しており、特に近年はその活動が活発になっているとの事だった。
そしてその原因というのがとある場所に封印されている水晶だと言う。
お偉いさんはその水晶に閉じ込めたはずの瘴気というものが漏れだしているせいで魔物が活発になっていると言っていた。
私にはよく分からない話だったけれど、要はその水晶を再び正しく封印するためにその勇者とやらの存在が必要らしい。
そしてその勇者を見つけ次第、訓練をさせ水晶を封印する旅にでるとかなんとか。
「王都でも屈指の実力をもつ占い師がハッキリとここに勇者がいると言ったのです。村長、心当たりはありませんか?」
「そ、そんなこと言われましても·····」
困惑する村長にお偉いさんは占い師から聞いた勇者の特徴をあげていった。
曰く、勇者は黄金の髪を持ち、整った顔立ちをしていると。
曰く、勇者は武の力に優れていると。
曰く、勇者の瞳は不思議な色合いをしていると。
条件を聞いた村長は息を呑んだ。
私もそれを聞いて驚いた。
何故なら、その特徴にピッタリと当てはまる人間がこの村に一人いたから。
そう、その男こそがライルだ。
ライルは幼い頃に村の近くで一人で居るところを見つけられ、この村に保護された。
ライルを引き取りに来る人が誰もいなかったことや、ライル本人に家族のことを聞いても有力な手がかりを何も得られなかったこと、そして本人の意思によってこの村の住人になることが決まった。
ライルは基本的には村長と一緒に住んでいるのだけど、恐らく年が近いから、という理由で仲良くなった私の家にもよく遊びに来ていた。
この日もライルは私の家に遊びに来ていた。
そして、そこに突然お偉いさんがやってきてライルと一緒にうちに来ていた村長に先程の話をしたのだった。
ライルの髪はサラサラとした金髪で、顔立ちも整ってる方だ。
ライルの運動神経はとても良くてその上、怪力の持ち主だ。
ライルの瞳は不思議な色合いをしていて感情によってその色が少し変わる。
普段は柘榴のように鮮やかな赤色と紫水晶のような紫色がグラデーションになったような色合いなのに、何か気が高ぶるようなことが起こると血のようなどす黒い赤色になり、瞳の中で金色の火の粉のようなものが飛ぶのだ。
私は過去に一回だけライルが本気で怒っているのを見たことがあるのだけれど、今でもはっきりとその様子を覚えている。
普段から不思議な色合いをした綺麗な瞳だとは思っていたけど、あの時の瞳はゾクリとするほどに綺麗だった。
ただ、ライルが本気で怒ると大変だから怒らせないようにはしてるけど。
まあ、とにかくお偉いさんの話を聞く限りその勇者とやらはライルに間違いなかった。
その場にいた誰もが一斉にライルの方を見た。
そして、それに釣られたお偉いさんもライルへ目をやる。そして彼はライルを見つけると大きく目を見開いた。
「彼です!ああ!探していた勇者は彼に違いありません!」
お偉いさんもライルを一目見て感動したようで大きな声でそう言った。
当のライルはお偉いさんにまったくの無関心でずっと私に話しかけていたけど。
さっきまで落ち着いて話をしていたはずのお偉いさんは感極まったようにライルと私に近づいてくる。
と、その瞬間今まで彼に無関心だったライルが目を向けた。
「·····なに?」
そして私と話してた時とは偉く違う声のトーンで問いかける。
その声は明らかに不機嫌だ。
が、お偉いさんはそんなことは気にしない。
一気にライルに近づき、彼の手を取るとお偉いさんは跪いた。
「貴方が勇者様に間違いありません。どうかこの国をお救い下さい。このままではこの国は魔物たちに喰い尽くされてしまう。私達にお力をお貸しください」
私がその光景を「このままじゃ食い尽くされちゃうのかあ、案外大事なんだな」なんてボケッとした顔で呑気に見ているとライルがこっちを見た。
「·····スーはどう思う?」
「ん?」
「俺、勇者になった方が良いと思う?」
ちなみにスーというのはライルが私のことを呼ぶ時のあだ名だ。
私の名前はスティナというのだが、ライルだけはそれを略してスーと呼んでいる。
私は少し悩んでから答えた。
「よく分かんないけど、この国が食い尽くされちゃったらこの村無くなっちゃうんでしょ?それは嫌だなあ」
思えばこの時の私、物事の重大さを何も分かっていなかった。
ライルって凄いんだな、くらいにしか思ってなかった。
だからこの発言も特になんにも考えずに口に出した言葉だった。
それなのにライルは私の言葉を聞くと、お偉いさんに言ったのだった。
「わかった、勇者になってあげる」と。
その言葉にお偉いさん、大歓喜。
小躍りでも始めそうなテンションで「本当ですか!ありがとうございます、ありがとうございます」と何度もライルの手をブンブンと上下に振っていた。
「でも一つだけ条件がある」
「な、なんでございましょう?!勇者様ともなれば富も名誉も権力も、なんでも意のままでございますよ」
この時、私とライルたぶん12歳とかだったはずなんだけどお偉いさんはもう意地でもライルを手放さないよう超必死になってた。
けど、ライルはそんなお偉いさんの言葉を「そんなもの興味無い」とバッサリ切り捨てる。
「そ、それなら何をお望みでございましょうか·····」
「スーも一緒が良い」
「·····はい?」
「旅に行く時、スーも一緒にいてくれなきゃ嫌だ」
この時に正直、私は思った。
こいつ何を言っちゃってくれてんだ、と。
いや。ライルの気持ちも、もちろんわかる。
いきなりそんな勇者だなんだと言われてきっと心細いのだろう。
訓練とか名前からして辛そうだし、旅とやらもどこまで行くのかもよく分からない。
わかる。その気持ちはよくわかるのだけど·····。
私、滅茶苦茶ふつうの人間だぜ?
ライルみたいに腕一本で自分の何倍の大きさもある岩を持つことなんて出来ないし、ライルみたいに姿が見えないほど早く走ることなんて出来ない。
か弱い、か弱い女の子なのだ。
そりゃあ、ライルのことは心配だよ?
ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染なわけだし。
すごく大切に思ってる。
だから、たまには頑張って旅先に先回りしたりしてライルに会いに行きたいな、とは思ってたよ?
でも、私が旅について行くなんて無理でしょう。色々と。
という旨を伝えようとしたのだが、それよりも早くライルが口を開いた。
「スーがいないなら俺、旅にいかない」
もう一度言う。
こいつ何を言っちゃってくれてんだ。