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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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十ノ五、渦

 ドロワから現れた光の矢は、天空を流星が駆けるように真っ直ぐノルド・ブロス帝国へと延びて行った。その道中にいた竜族、龍族、龍人族はこれに気付き何事かと夜の空を見上げる。


 聖レミオール市国では、ライオネルがその手を止めて窓の外を見た。

 傍らにはレアム・レアドが居る。

 二人は、はす向かいにソファに腰を下ろし、テーブルに置かれた地図を前にしていた。


「……どうした?」

 レアムが、ひそりと声をかける。

「今――」

 ライオネルは何かを言い掛けたが、先を言うのを止めた。

「いや、今のお前には関わりのないことだ。それよりもドロワの問題だ」

「……」

 ライオネルは両手を叩くようにして組みなおすと、姿勢を戻して地図と書類の束に向かった。


 その様子を見入っていたレアムは、ほどなくして何かが心に落ちたように数度頷いた。

「確かに、その通りだ」

 その声はいつもに増して、低い。


 ライオネルは言う。

「兄上から指示の変更があるとみた。先手を打って修正しよう」

「ほう。いつだ?」

「兄上の行動は、朝の光より早い」

 ライオネルは冗談めかして言ったが、比喩ではなく本当にその夜が明ける前に動きがあった。


 オペレーターであるハルピア・ハーモッドが、聖殿から受けた通達を運んで来るのは夜明けを迎える前、この数時間あとのことになる。それは炎羅宮レヒトにある聖殿から、レミオール大聖殿へと伝達されるものだ。


 ノルド・ブロス帝国は、聖殿の秘匿めいた機関さえ自在に利用していた。

 何故ならば炎羅宮レヒト聖殿の祭祀官長は、皇太子でもあるタナトス・アルヘイトその人だからだ。


 その頃。

 ノルド・ブロス帝国内でも、竜兵団の所有する六肢竜族が謎の光に反応していた。

 ドロワから流れてきた光は、ノルド・ブロスの夜空を貫き、流れ星のように暗闇に消えた。北部の古龍族の谷にまでその光は見えたという。

 騎兵用の竜たちは何かを察したのか、落ち着かずにいる。


 竜兵団を統括するカーマイン・アルヘイトもこれに気付き、私室を後にした。

 カーマインは真夜中の城内を進み、気配を探る。

(龍の渦が開いている。何事か起こる兆しか)


 カーマインの瞳が赤く光る。

 彼は今、目の前の城内の景色を見ると共に『四肢龍族と龍人族の共通の流れ』をも見ている。この二つの世界を行き来し、同時に体感する能力は龍人族特有のものだ。


 カーマインは渦の中で、情報の波をかいつまんでみたが、一定以上の高さを越えることはできない。その先に辿り着くには、より上位の古代龍族に認められなければならない。

(駄目か。この上は、兄上にお伺いするしかない)


 カーマインは目的を変え、歩みを速める。

 途中の回廊では気配を感じ取った屋敷の者が動き始め、カーマインを誘うように、灯りが燈されていく。

 はたして広い執務室まで行くと、兄であるタナトス・アルヘイトが居た。


「兄上。御寝みではなかったのですか」

 タナトスは執務室の広い机に凭れるように立っているが、その意識がこちら側にないのは見て取れた。相変わらず女物の衣装を着、肩に軽い上着を羽織ったままで、タナトスは両手を後ろ手について、立っている。


 カーマインは一応声はかけたが、自分が来たことを知らせるための言葉であって質問をしたわけではない。

 無言のままのタナトスを前に、しばしその姿に見入る。

 カーマインの眼には、タナトスの演じる女装の姿は映っていない。その先にある澄んだ核となる部分だけに心を囚われている。


 何故なら、その内側はどうやっても見えないからだ。

 カーマインは長らくそれに魅力を感じ探してきたつもりだが、タナトスの心を覗けたことはなかった。あるいはカーマイン自身がその眼を閉じているのかも知れない。


 他人がタナトスを見て語るのは、いつもその妖しい美しさの外側だけだ。

 カーマインはそのことにも歯痒さを感じるが、そう仕向けているのは他ならぬタナトスだろう。

(ニキア・アルヘイト……か)

 我知らず、父の妻の一人だった女性のことを思い出す。

(上位龍族にすら認められた、タイレス族の女……)

 カーマインは記憶の中にある生前のニキアを思い出そうとする。


 それは目の前のタナトスの存在に掻き消されて、どちらの印象だったのか曖昧になる。覚えているのはニキアという女性の存在感の大きさだけだ。

 この心理状態がタナトスの狙いなのだろう。


「見失った、か……」

 不意に、タナトスが口を開いた。

 我に返ったカーマインが見ると、タナトスはその瞼を閉じまだ完全にはこちらに戻ってきていない。


 ただ謳うように、唇だけが動く。

「情けないことだ……一度は捉えたものを」

「兄上?」

 カーマインがもう一度呼ぶと、タナトスは瞼を数度瞬かせてようやく振り向いた。

「カーマインか……」

 よほど深くまで渦に潜っていたらしく、タナトスは少し酔ったように呟く。

 まだ瞳が赤く煌いている。

「兄上、いかがされましたか」

「ん……」

 タナトスはまた目を閉じて頷く仕草を繰り返していたが、ビジョンは明確なようだ。


「カーマイン。お前の竜兵団から、土竜と地竜をほかに回すことができるか?」

「土竜ですと?」

 土竜はサドル・ムレス都市連合では騎士が騎乗する竜馬だが、ノルド・ブロス帝国にあっては騎兵用の竜族の中でも、かなり低い位置付けにある竜種である。

「それは、ドヴァン砦へでしょうか? お言葉ですが、援軍とするには少々――」


 カーマインの言葉を、タナトスが遮った。

「違う。ドロワへ、だ」


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