十ノ一、お茶
第一部 ドロワ
十、顛末
バーツは遊撃隊を見に行った後、しばらくしてドロワ聖殿に戻った。
街中では相変わらず擦れ違う人々に足を止められ、聖殿に到着した頃にはかなり時間が過ぎていた。
バーツは正面扉から入って仮設司令室に顔を出したため、裏口の搬入路で老婆と話していたイシュマイルとはすれ違ってしまっている。
また、シオンはドロワ城に出向いていて、ここには居ない。
仮設司令室に入ると、先刻よりもかなり雰囲気が和らいでいるのがわかる。
ジグラッドが、戻ってきたバーツに気付き労いの声をかけるが、バーツはそれを片手で払うように応えて言う。
「ジグラッド、俺はいいから遊撃隊の交代要員をなんとかしてやってくれ」
「遊撃隊はただでさえ人数少ないんだからよ。補佐官が居ない上にアーカンスの奴は副官気分が抜けてねぇし……」
バーツは言いながら、シオンが居ないことに気付いた。
「あぁ、祭祀官殿は今席を外しておられる」
ジグラッドは適当に答え、バーツは他ならぬジグラッドの言葉に妙な引っ掛かりを感じる。
横からカミュが話しを逸らした。
「そういえば、先程の少年がいませんな? 休ませてやらないと」
「少年? イシュマイルか?」
そこへ、タイミングよくアイスが戻ってきた。
「あら、バーツ。ご苦労様」
「よぅ。あんたもまだ休んでなかったのか」
「これから休憩に入るところよ」
バーツはアイスにも問うた。
「時に、イシュマイルと師匠見なかったか?」
「ウォーラスは交代したあと見てないわ。イシュマイル君はさっきその辺りにいたけど……退屈していたようね」
アイスもまだバーツにシオンの解任の話をしなかった。話題を避けたのではなく、この時は忘れていたからだ。
ジグラッドがバーツに言う。
「バーツ。第三騎士団は片が付き次第ドロワを発とうと思う。あの少年も合流するなら仕度させておくといい」
ライオネルの件など、ジグラッドはバーツへの説明は省いた。第三騎士団の騎士たちは交代で仮眠を取りながら、警邏の補助と出立の準備を平行しているという。
「じゃ、こっちも遊撃隊と合流がてら、寄宿舎にイシュマイルを連れ帰って休ませることにするか」
バーツはイシュマイルを探しに、アイスは休憩室に向かおうと、二人は仮設司令室をあとにした。廊下に出ると、ちょうどこちらに歩いてくるイシュマイルの姿が見えた。
バーツはイシュマイルに片手を挙げてみせ、アイスはそっとバーツに問うた。
「二人は、ファーナム騎士団と一緒にファーナムに戻るの?」
「あ? ……そうだなぁ」
表情を変えずに前を見ているが、バーツの答えははっきりしない。
「俺はともかく、イシュマイルはな……」
そしてちょうど休憩室の前でイシュマイルと合流した。
「バーツ、遊撃隊はどうだったの?」
「あぁ、大したことはねぇよ。交代で休んでる頃だ」
「イシュマイル君、さっきから何か探していたの?」
「え……。いえ、なんでも」
イシュマイルは、バーツの前もあってタナトスや情報屋の老婆の話は口にしない。
アイスが休憩室に入ったので、自然とイシュマイルもそれに続いた。
バーツも逆らうでなく、二人に付き合う。
「深夜二時に交代だとよ」
ここは本来、事務方のための雑務の部屋だが、今は仕官らの休息のために軽食や飲み物が用意された休憩室とされている。
簡易のテーブルセットが幾つも運び込まれていた。
バーツ、アイス、イシュマイルは、壁際の一席に落ち着いた。
「私は出立の用意もあるし、一度教え子の所に戻るわ」
アイスは温かい飲み物を淹れながら言う。
「出立ってぇと?」
「教え子をそれぞれ送り届けないといけないのよ」
アイスはドロワのお茶を淹れていたが、こだわりがあるらしく必ず自分で淹れて他人に出す。果実の種を煎じたお茶を二人の前にも差し出した。
アイスはドロワのこういった特産物が気に入って個人的にも購入したので、自然と荷物も増え、竜馬車なども手配していた。
「異動の辞令を待つ予定だったけど、こう居場所がないとそうも言ってられなくてね」
全てのガーディアンはドロワから出よ、というライオネルからの条件にアイスも従う形だが、その件については今は触れなかった。
「まずはファーナム、それからフロント、あとはウエス・トール王国ってとこかしら」
「ウエス・トール……」
イシュマイルが我知らずその名前を繰り返す。
「俺らとルートは似ているな。でもそっちは急ぎか」
バーツの腹積もりでは、イシュマイルの個人的な用件に付き合ってアリステラ市やウエス・トール王国まで行くつもりでいる。
「そうね、今回も別行動になるわね」
アイスはまずは落ち着いて、温かいものを口にした。
アイスの良いところは、いつでも楽しそうにしていられる点かもしれない。
「ウエス・トール王国に着いたら久しぶりにあの子にも会えるし、そこは愉しみにできるわね」
バーツは肘を付く格好でアイスに問う。
「ウエス・トール……てぇと、フィリア・ラパンか」
「そうよ、あの子とはガーディアンの同期なの」
バーツは物言いだけに苦笑したが、イシュマイルには何のことなのかわからない。
「あの……」
イシュマイルは遠慮しながらも声をかけた。
「フィリアさんって」
「そうよ、ウエス・トール王国の女王フィリア・ラパンよ」
イシュマイルにとっては、自分の出生の謎を知っているかも知れない人物だ。