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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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九ノ九、昔話

 老婆は話し続けた。

「あんたが本物のノア族だってぇのは、確かな筋から聞いたよ。レアム・レアドがこの十五年、そのサドル・ノア村に居たって噂も、以前は眉唾ものだったけど本当のことだったみたいだね。」


「……詳しいね」

「商売だからね。サドル・ノアの村については昔っから人の興味を引いたものさ。……ほれ、あのなんとかっていうレンジャー」

 突然ギムトロスの話題になりイシュマイルは驚いたが、老婆はそのまま話しを続けた。


「あの色男は昔っから村の外に出向いてノアの品物を売ったり、タイレス族の本を買い集めたりしてた変わり者だ。五十年前の一件はドロワにまで噂が聞こえてきたほどさ」

「……五十年前?」

「ほれ。前の族長が死んで、跡目をつけた時の話さ」


 イシュマイルは興味を覚えたが、知らないと悟られないよう言い方を変えた。

「どういう風に伝わってるの?」

「おや、聞きたいのかい?」

 イシュマイルは言葉を続ける。

「あなたの情報力を試してるんだよ」

「ほう、それじゃ上手く話せたら代わりに何か情報をくれるかい?」

 イシュマイルは頷いた。


 老婆は古い話を思い出しながら話す。

「……そう、さねぇ。今の族長は入り婿なんだろう? 月魔との闘いのせいで、前の族長には娘しか残っていなかった。それで当時の戦士の中から最も強い者を選んで――で、その最後まで残ったのが、今の族長とそのレンジャーって話だ。」


(ギムトロスと、ダルデのことか)

 族長の娘、とは恐らくロロラトのことだろう。

 確かにロロラトとダルデは、村のまつりごとに置いて共同統治者という雰囲気があった。


「あのレンジャーが村に落ち着かずに森の外を出歩くのは、それ以来だって。……多分惚れてたんだろうねぇ。でも、二年前に魔物が出て以来姿が見えなくなっちまって、てっきり死んだと思ってたよ」

「……生きてるよ、その人」

 イシュマイルはぽつりと言い返した。

「ああいう色男はくたばらないよ。」

 老婆は言い捨てて笑った。

 イシュマイルは、予想外の話に驚きつつも長年の疑問には納得した。ロロラトとギムトロスのことは薄々気付いてはいたが、それほど表立った話だったとは……。


 そのロロラトに育てられ、ギムトロスの弟子になった自分はさしずめ、二人を繋ぐ子供のような存在になっていたのだろう。

 イシュマイルはノア村でのことを思い出し、自然とレムのことも思い出した。


(僕が二人の子供だとしたら……レムはなんだったんだろう?)

 イシュマイルの記憶の中で、いつもレムの存在は遊離していた。


「それで、だ」

 老婆は話を切り替える。

「最近は特にあんたのことをよく聞かれるよ」


「あたしがあんたのことを話すときは、いつも適当な作り話をしてやってる。あんたの生い立ちがどうだろうと、皆が聞きたいのはあんたの今のことだからね」

「……どんな風に話してるの?」

 イシュマイルは少し面白がって聞いてみた。

 老婆の返答は簡潔だ。

「多分、こうだろ? あんたは子供の頃に森で迷ったか何かして、ノア族に拾われた。そのまま村で育てられたが、その村にはレアム・レアドが身を隠していた……」

「な、なるほど」


 老婆の話は語る都度に適当に変化するのだが、根幹の部分は概ね事実から外れていない。実際に起こる出来事というのは、案外そんなものなのだろう。

「それで? その僕がどうしてドロワに?」

「坊やはファーナムの騎士団が雇ったガイドなんだろう? あいつらに必要なのは森の道案内なんかより、ドヴァン砦の落し方だろうに」

 老婆は洒落のつもりなのか、カラカラと笑った。


 老婆は瓶を傍らに置いて、いずまいを正して言う。

「あんたのことは情報不足だからね……でもレアム・レアドのことなら、多少わかるよ」

「レアムの……?」

 イシュマイルは自然と話しに食いつく。

「あんたはどうやら大昔のレアム・レアドを知らないようだけど……あれは恐ろしい男なんだよ?」

 イシュマイルは、ただ首をかしげてみせただけだ。


 そんなイシュマイルを見て、老婆は少し柔らかめに話を続けた。

「レアム・レアドはガーディアンになる前から、少年傭兵として名が高かったのさ。百年前の『神官戦争』の真っ只中だよ」

「神官、戦争……」

 時折聞くこの単語の意味を、イシュマイルはよく知らない。

「どういう戦争なの?」


「さぁねぇ。何しろ百年前だ、ただでさえ当時のことは正確にわからないんだよ……なにしろ、レミオールの――」

 老婆は後半、声を低くして言った。

「レミオールの不祥事が原因だっていうからね。とにかくガーディアンやら神官やらまで関わって、大陸全土に火の粉が散った。そりゃあ大変な状態だったらしいよ?」


 老婆はここで話の向きを変えた。

「ドロワには戦災孤児院跡ってのがあるだろう? 当時の院主ソル・レアドは各地を回って神官戦争の孤児を引き取って回ってた。レアムもその一人だったってわけさ」

「レアムも、孤児……だったの?」

「さぁねぇ。ただ他と違うのは、あまりに凶暴だったんでソルが自分の養子としてガーディアンに仕立てたってとこさね。もちろん、周囲は猛反対したらしいがね」

「……」


「レアム・レアドに妹だか姉だかがいたって話は有名だけど……」

 老婆は溜息混じりに言う。

「今の時勢だと、レアム・レアドのことを聞きに来る奴は、まずドヴァン砦のことを聞きたいわけさ。つまり悪党としてのレアム・レアドをね。だから、そんなお涙頂戴な部分は必要ないってことさね」

 老婆は情報屋としてよりゴシップ屋としての話し方を説明している。


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