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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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九ノ八、レヒト

「素質はあるのだから……ガーディアンに成ればいい」

 レアム・レアドの言葉に、ライオネルは大袈裟に言い返した。

「そして私一人で敵対するガーディアンの群れに突っ込めと? 第一、あのシオンの修行を受け直すくらいなら、侵略戦争でもやる方がマシだね」


「……困った話しだ」

 レアムも僅かに笑みを浮かべる。

 ライオネルの屈託のない口調に、多少引き摺られているようだ。

「本気でイーステンを狙っているようには、とても見えない」

「さぁなぁ」

 ライオネルも口元に笑みを浮かべ、そしてそれをすぐに収めた。


 急に真顔になって、言う。

「まぁ、イーステンはともかく……レミオール大聖殿やオペレーターたちまで抑える必要が本当にあるものだろうかな。南部領土を掠め盗るだけで十分じゃないか? 無用な手出しは怒りを買うだけだと思うがな」

 ライオネルは僅かに本音を覗かせたが、レアムはそれには触れなかった。


「ことのついでにドロワを落とそうという男の発言とは思えないな」

「その方が、楽だろ? 進んでレミオールの盾になってくれる連中だし、私は予てから興味のあったイーステンを手に出来る」

「……不真面目な前線指揮官だな」

「大聖殿守備隊長だ」

 ライオネルは聞き逃さず、すかさず訂正した。


「サドル・ムレスとレミオールの癒着を絶つ。これが我々の共通の目的のはずだ。過度の干渉はノルド・ブロスのためにならんと私は思うね」


「……欲のない男だ。さぞ軍団長カーマインたちは苛ついているだろうな」

「不出来な弟で結構」

 ライオネルは皮肉めいて言う。

「こう見えても私もノルド・ノア族。兄上たちとは野心の出所が違うのさ」

「ノア族か……」


 レアムの目には、窓の外の湿潤な大気に滲んだレミオールの景色が映っている。見慣れた景色は、過去と今の時系列まで溶かし込んでしまう。


「百年前にも、同じことがあった……」

 レアム・レアドは独り言のように低く呟く。

「民もろとも、一国の都が消滅えたのだ。忘れはしない」


 ライオネルも、このようなレアムの姿は幾度となく見てきた。

「……レヒトの大災厄、か」

 ライオネルらしくなく、相手の記憶に同調した。

「お前の故郷だったな」

 レアムは、後姿のまま俯いた。


「……あの時、躊躇わず遷都していれば――」

「歴史の『もし』か。お前には昨日のことなのかもな……」



――ドロワ聖殿内。

 シオンはすでに評議会に向かっており、あとを任された騎士団長らは、その後も調整会議と軍団指揮を続けている。


 イシュマイルはそっと部屋から出て、ドロワ聖殿の中を歩いていた。

 今の聖殿内には居場所もなく、退屈なのもあって思い出したようにタナトスを捜している。

 しかしタナトスの気配など、すでにどこにもない。


(もう外に出たのかな……?)

 すれ違う人に尋ねようとして、どう訊けばいいのかイシュマイルにはわからなかった。外見の特徴を言えばいいだけのことなのに、何故かそれが無駄に思えた。


 イシュマイルは、タナトスに対してレコーダーの時と似たような印象がある。向こうから意識して現れない限り、出てこない類の人種だ。

 イシュマイルは逡巡しながら、最後にタナトスと分かれた裏口へと戻ってきた。


 そして部屋に入るなり、ぎょっとして立ち止まる。

 大きな木箱や樽の隙間に、いつぞやの情報屋の老婆が座っていた。

「おや、やっぱりここにいたね」

 老婆は待ち構えていたように、イシュマイルを見て歯を出して笑う。


(もうシオンさんの件をかぎつけてきたのかな……)

 イシュマイルは身構えた。今の状況で厄介な噂を振りまかれると、事態の収拾がつかなくなってしまいそうだ。

 この老婆もまた、自分の都合で現れたり消えたりする類の人間だろう。


「……何してるの? ここで」

 イシュマイルは自然体を装って、老婆に話しかけた。

「何って、避難さ」

 老婆は空の小箱を椅子代わりに座り、その周りには洒落た鞄と広げた食べ物がある。

 よく見ればその幾つかは、樽の中にあった保存食だ。

「……蔵のねずみじゃないんだから」

 イシュマイルは、樽のフタを元に戻しながら言う。


 老婆は硬い干し肉も平気でかじって上機嫌でいる。

「ここは外とは大違い。静かで過ごしやすいし、情報も集まるしね」

 イシュマイルも付き合って傍らにしゃがみこむ。

「月魔のこと?」

「違うね、むしろそれを聞いてくる奴らから避難してるのさ」

 イシュマイルは何のことか、と首を傾げる。


「いくらあたしが物知りだからって、どこに月魔がいてどこが安全か、なんてわからないさ。第一タダであれこれ聞いてくる連中ばかりさぁ、ね」

「ふぅん」

 イシュマイルは手持ち無沙汰なのもあって、老婆の話しに付き合った。

「……ねぇ、あなたはどうしてそういう格好してるの?」

「どうって?」

 イシュマイルは遠回しに、老婆の『老婆のふりをした格好』の意味を尋ねた。

 この情報屋が年齢と身分を偽っていることは、イシュマイルにもわかっていた。


 老婆は一瞬表情を固くしたが、すぐに降参したようだ。

「そりゃあ相手を騙すためさ」


「これはあたしの趣味でやってること。噂話なんてぇのはね、流した奴が一番嘘付きなんだよ」

「嘘の話なの?」

「それは相手の懐次第かね」

 老婆は瓶に入った果実酒をラッパ呑みしながら話している。


「正しい情報が知りたい奴は、耳より目を養うことだね。あたしがやっているのは、皆を愉しませることさ。たとえば、今の旬の話題は……」

老婆はイシュマイルを指差した。

「サドル・ノア族のこと……特に、あんたと、レアムとの関係だよ」

「……っ」

 イシュマイルは虚を付かれて、身じろいだ。


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