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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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九ノ七、混迷

「この月魔の騒動が、ライオネルの仕業でなくファーナムであるとしたら――」


 セルピコの言葉を、カミュが遮った。

「まだ仰るか。ファーナムと決まったわけではない。第一、ドロワを壊滅させてファーナムに何か益があるか?」

 セルピコはカミュに言い返す。

「某が言いたいのは、ライオネルのことだ!」


 セルピコはこれまで四回、黒騎士団の団長に選任されている。

 評議会との衝突などで定期的に降格され、自らも身を引いて他者に座を譲るなどしてきたが、何事かあると必ず彼の名が挙がる。

 今回もドヴァン砦攻めの直前に、その評議会により復帰させられていた。


 セルピコは、無口の名を返上したかのように言い連ねた。

「人質解放による混乱がライオネルの策だとしよう。和平の書簡と脅迫でこちらを揺すぶってきた所までは奴の仕業じゃ」


「じゃが、今回の月魔騒動が偶然の別件であるとするなら、実にタイミングが良すぎると思わんか」

「……どういう意味です? 」

「ライオネルの一手なら、ファーナムにまでその手が及んでいる可能性がある。ファーナムの仕業なら、ライオネルと組んでいる可能性がある。どちらにしても、これらを同時にぶつけてくるには、仔細な情報網が必要ではないのか、ということじゃ」


 アイスが横から口を挟む。

「ライオネルには、何か特殊な情報網があるらしいわ。私の能力をもってしても、予測出来ないことがしばしばあるの」

 セルピコが尚も言う。

「聖殿の予測を超えた、魔術的な何かがこのドロワにも及んでおるということか? しかし某にはそれ以上の手際を感じるのだ。これは杞憂か?」


 この時代、情報は予想以上に伝わるのが遅かった。

 商人や農園主などが鳥文などを使う程度で、ほとんどは伝書か口伝で、運搬人メッセンジャーがこれを運んでようやく内容が他所へと伝わった。

 聖殿においてすら、アイスのような異能力者やオペレーターの技術に頼るしかない。


 セルピコの疑問を受けて、シオンがアイスに問う。

「アイス、君はドヴァン砦に長く居て彼らを見知っている。彼らの行動をどう思う?」

「……そうね」


「ライオネルの目的の一つは、まず健康な土地だと思うわ。ノルド・ブロス領内の荒廃は、予想以上に進んでる」

「領土、か」

 セルピコとカミュは、それを聞いてどちらからともなく唸った。

「ノルド・ブロスは、他国に侵略されることはあっても、仕掛けてくることなど今までに無かった。……それだけ必死だということか」


「例えば、例えばじゃ」

 セルピコが前置して問う。

「今こうしている間にも時間は迫っておるわけじゃが、警告によればドヴァン砦から出撃した部隊は間違いなくドロワを急襲する……その兵力が今のライオネルにはあると思うか?」


「あると思うわ」

 アイスはあっさりと答え、さらに残酷な言葉を付け足す。

「そもそもレアム一人でも十分だと思うわ」

 シオンが横から問う。

「レアムが……ドロワに攻撃出来ると、思うのか? 君は」

「出来るわ」

 アイスの口調は相変わらず淡白である。


「ウォーラス、貴方も知っているでしょう? 目的が確固としている時のレアムとライオネルの強さ。情に負けて目的を見失う人たちではないわ」

「……確かにな」

「向こうの隙を窺うより、こちらも足元を固めないとね」


 イシュマイルは、黙って彼らの話を聞いていた。

 シオンたちは、イシュマイルがこの場にいるのを忘れているのか、忌憚なく話しをしている。

(レムが……ドロワを攻撃する?)

 イシュマイルには、にわかに想像出来ない。

 レアム・レアドは、自身にも縁のある街を破壊できる人物なのか。


 傍観を決め込んでいたジグラッドが、この場を締めた。

「ともかくも、じゃ。月魔の問題はまだ完全に終わったわけではない。未だ市民も落ち着きを取り戻しておらぬし、今一度騎士団の編成をし直して、対策にあたるべきではないかな?」

 騎士団長たちは、ようやく議論をやめて元の座に着いた。


 イシュマイルは居場所がないのもあって、複雑な表情でそれを見ている。



――その頃。

 当のライオネルはどうしていたのか。

 実は、ライオネルはドヴァン砦ではなく、聖レミオール市国にあって大聖殿にいた。


 そこにはドロワ祭祀官長であるオルドラン・グースが拘束されている。

 ライオネルは数度、大聖殿に足を運んでオルドランの尋問に当たっており、レアム・レアドもライオネルと共に、レミオールに移っていた。


 この時期、ドヴァン砦は最も手薄になっていたとも言える。ライオネルがその状態に脅威を感じなかったのは、ドロワ市内の混乱の様子を把握出来ていたからだろう。


 しかし、ライオネルもただ優勢に奢っていたわけではなかった。

 特にオルドランへの聴取には手を焼いていて、こればかりは共謀者であるレアムにも、ハルピナにも協力を得られなかった。


 ライオネルは、消耗して別室へと戻ってきた。

「……ふぅ、ガンコなじいさんだ」

 広い応接間を借り受けており、室内には先にレアムが待っていた。

「オルドラン・グース氏か?」

 レアムはいつものように外を眺めていたが、ライオネルがソファに座り込むのを見て窓から離れた。


 ライオネルが使用しているのは聖殿周囲にある巡礼者の宿所で、ここは特に大商人や貴族用にあしらわれた一室だ。


「なかなか解錠のコードを教えようとしない。祭祀長を人質に取るってとこまでは、いい案だったのだけどねぇ」

 ライオネルは他人事のような口調で、天井を仰ぎつつ言う。


 レアムはその様子を無表情で見ている。

「……時間はあるさ」

 ぽつりと言った。


「いーや、どうやったって時間は足りない。オルドラン爺さんはわかってない……ドロワ聖殿なんぞはさっさと無血で押さえてしまいたいんだよ」

「無血、か……」

「その方が楽だろ? 街一つ制圧するのに軍勢は要らない。聖殿一つを乗っ取るのにも、姿を見せる必要はないんだよ」


 ライオネルはレアムに向き直った。

「それはともかく、だ……。和平交渉が成って本国に連れ戻される前に、イーステンの遺跡には辿り付きたいんだよ、私は」

「イーステンに手を出すか」

「出せるものならねぇ」


 ライオネルという男は日常から軽薄に振舞い、他人を煙に巻くところがある。

 バーツとも似ているがライオネルの方がより飄逸に見える。レアムは、そのライオネルを計るように見ている。


「よし、最後の手だ」

 ライオネルが、ぱん、と手を叩く。

「レアム、お前がイーステンの遺跡を動かせ」

「断る」

 にべもない。


 しかしこの日のレアム・レアドは、いつもよりは幾分口数が多かった。

「お前たちには協力しない。むしろ自分でやってみろ」

「えぇ?」

 ライオネルは、億劫そうに背凭れから起き上がる。


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