九ノ六、スドウ
その後。相変わらず情報は遅れて入ってきていた。
たとえば東の新市街で空を飛ぶ竜が現れたとの報告。皆は一様に驚いたが、目撃した人数も少なくそれ以上の情報も得られなかった。
良い知らせといえば、白騎士団が対処できずに放置していた月魔の結晶が、完全に消滅してたという事くらいだろう。
理由を知る者は誰もいなかったが、結局自然消滅したのだと推測するしかない。
一方、イシュマイルが見たもう一つの結晶は、レコーダーと名乗る男が持ち去ったが、イシュマイルはこれを報告しなかった。タナトスの件も併せ、ことの展開が不自然だったからだ。
そこへ、ようやくバーツが帰還した。
「――中央で一体、西側の奥で二体。始末して来たぜ!」
バーツは戦いで高揚しているのか単に苛立っているのか、いつもより口調が乱暴だった。
「……なんだよ、アイス。こっちに着いてたのか」
アイスはツンとした声で返す。
「お疲れ様。おかげさまで無事に着いてるわ」
「そいつはどーも」
バーツは小袋に包んで携帯していた月魔石を三つ、テーブルの上へと置いた。うち中央の分は、ロナウズと協力して倒した一体のものだ。
バーツの体には傷一つなかったが、衣服が所々擦り切れたり破れたりしているのは、それなりの反撃を受けた痕らしい。
バーツはカミュを振り返って言う。
「西の二体のうち、一体は白騎士団の加勢のおかげだ。礼を言っておくぜ」
「……そうか」
カミュは冷静に頷くだけだ。
シオンは満足そうに笑みをバーツに向ける。
「これで併せると六体か。――バーツ。月魔を三体とは、なかなかやるな」
シオンは珍しく褒める口調で言ったが、バーツはそれを適当に聞き流した。
「はいはい、俺一人だけ旧市街一周してきたからな。これで月魔に遭遇してなきゃ何をしてたのかわからねぇぜ」
ジグラッドはその様子に苦笑しつつ、言う。
「バーツ、遊撃隊に負傷者が出たそうじゃ。様子を見に行ってやってくれんか」
「えっ。マジかよ。なんでまた……」
「言いたくはないが、苛立っているのは月魔ではないということだな。アーカンスの奴も走り回っておるわ」
バーツはわざとらしい溜息をついてみせる。
「はいはい、もう一働きしてきますよ団長殿。……ったく、下っ端はこれだからな」
そして踵を返し、イシュマイルに気付く。
「おぅ、イシュマイル。お前も無事か」
「うん」
「ま、もうしばらくここに居させて貰え。落ち着いたらあとで誰か寄越す。それまで師匠の側にいろ」
「……うん」
イシュマイルは何か言おうとしたが、バーツは言うだけ言うとまた慌しく出て行った。
アイスがポツリ、という。
「……彼、苦労性なのかしら」
ジグラッドはそれを聞いて、また豪快に笑う。
シオンも珍しく笑っている。
「私は嫌いではないがね、ああいうところは」
イシュマイルは、そんなシオンを不思議そうに見ている。
シオンは、今のバーツに余計な話はしなかった。
シオンは気分を切り替えるように、テーブルを叩く仕草で言う。
「さて。これで月魔石六個分の人型個体を討伐できた計算だが……まずは報告を待とう。今しばらくここは必要になろうから、皆さんあとをお願いしたいが宜しいか?」
アイスが頷きながら、シオンに問う。
「ウォーラス、貴方はどうするの?」
「ひとまず、評議会に顔を出して来ようと思う」
セルピコとカミュが、はっと表情を変えた。
「ライオネルの、条件のこと?」
アイスは窺うようにシオンの顔を見て問い返す。
シオンは肩を竦める。
「自分から出向いて先手を打った方が、少しは格好がつくだろう? 噂が広まる前に、ことを終わらせてしまいたい」
シオンは、自分の追放が市民に動揺を与えることを知っている。
「ドロワから出て、そのあとどうするの。バーツたちと行くの?」
アイスの問いに、イシュマイルもシオンの顔を見る。
が、シオンは首を横に振った。
「いや、今の状況では、スドウに行こうと思う」
「スドウ……」
スドウとはドロワとファーナムの間にある小さな町だ。
『砂の町スドウ』と呼ばれている。
質素な町だが一応スドウにも聖殿があり、一通りの機能は揃っている。
「確かに……スドウならドロワの様子もファーナムの動向を窺うことも出来るわね」
アイスも頷いて賛成する。
「祭祀官殿には、ドロワに対して一方ならぬ愛着がおありのようだ」
カミュは自分のことのように、誇らしげに言った。カミュはヘイスティングと違い、聖殿や祭祀官に偏見は少ないようだった。
ジグラッドは鼻を鳴らして不満そうに言う。
「ライオネル……か。意外に厄介な若造よのぅ」
そのライオネルは、シオンの弟子の一人なのだ。イシュマイルもシオンも、あえてそれは口にはしない。
ふだん口数の少ないセルピコも、ここは感想を述べた。
「一つ、気になることがある」




