九ノ五、剣
ジグラッドは、じつにあっさりと事実を認めた。
イシュマイルから受け取った剣をテーブルの上へと置く。剣には、タナトスの雷を受けた時についたらしき痕がある。
「確かですか?」
シオンはジグラッドに問い直す。
「間違いはない。この剣の主は、ファーナムの正規の聖殿騎士、四部隊のいずれかの騎士であろう」
ジグラッドは話しながら、無作法に腰のベルトを探った。
「ただ……一つ、確実にいえることは」
そして自ら腰に帯びていた剣をベルトごと外し、さらに鞘から抜いて月魔の剣と同じ状態する。
二振りを揃えて並べ置いた。
「少なくとも、第三騎士団の剣ではない」
はたで見ていたカミュが言う。
「……たしかに。似てはいるが、違うものだ」
カミュは剣を指で指し示しながら、言葉を続ける。
「ファーナムの第三騎士団は、たしか後背地専門……市外での戦闘を主とする竜騎兵部隊でしたな? しかしこちらの剣はそれよりも短い。恐らくは市街戦に特化した部隊の物でしょう」
「さよう」
ジグラッドは説明する手間が省けた、と頷いてみせる。
「多少焼け焦げて所属章が読めなくなっておるが、刻印には白銀の跡がある。これは第四騎士団の得物とみた」
ジグラットの剣には、第三騎士団のカラーであるオリーブ色の塗装がある。
「第四騎士団は、ファーナム聖殿を守護する部隊じゃ。他の三つの騎士団とは指揮系統が違う故、儂にも内情がわからん」
シオンがジグラッドの顔を見て言う。
「……では、ジグラッド殿には剣の主の正体は与り知らぬというわけですね」
「お役に立てず申し訳ないが、その通りだ」
イシュマイルは、とりあえずほっと息をついた。
カミュが再び口を開く。
「月魔がこの剣を持っていたからとて、それがファーナム騎士と断定できるだろうか。途中で得物を持ち替えたという可能性は?」
カミュは格式を重んじるタイプらしく、聖殿騎士の遺体が月魔に成ったなど信じたくはないらしい。
そうならないよう幾つもの掟があるのだ。
カミュはファーナム擁護の立場を取ったが、当のジグラッドは、カミュよりは見立てが辛口だった。
「そもそもファーナム騎士の剣がドロワで見つかることの方がおかしいのじゃ。この件は儂がファーナムに戻って調べるとして、この場は預けてもらえんか」
「……そういうことなら」
カミュはそう答えるしかない。
アイスが横から意見する。
「他の月魔の得物も、集めて調べるべきね。それで同じファーナムの剣が出てきたら、議論を進める価値はあると思うわ」
一同もそれに異論なし、と頷いた。
イシュマイルがいくらか控えめに口を出す。
「施療院で、避難してきた人たちの話を聞きました。彼らが見たという月魔は、一体二体じゃないんです。話を整理すると、五体以上はいる計算になる」
シオンが横から頷いた。
「なるほど。それで先の六人の不審者と併せ、六体、としたわけだな」
「えぇ。剣もですけど、月魔が身につけていた服も同じ物に見えました。偶然とは思えなくて……」
「あの……間違ってますか?」
イシュマイルは、シオンには不安げな声音で問うた。
「君がそう確信したのなら、それが正解なのだろう。その六人を見たのは君だけだ」
シオンは含みのある言い方で肯定した。
シオンはイシュマイルの能力をある程度知っているが、居並ぶ団長たちはそうではない。
「すでに白騎士団が一体、バーツたちが一体、月魔を倒している。しかし月魔はまだ目撃されている。現に南側にも――」
シオンの説明を、イシュマイルが遮った。
「南側にいた二体は、仕留めました。一体は自然に崩壊して、もう一体は、その……」
イシュマイルは説明に窮して口ごもった。
だが聞いていた団長らは驚きを隠せない。イシュマイルは慌てて付け足す。
「ぼ、僕じゃないんです。街にいたガーディアンが……倒して。その月魔が持っていたのが、その剣で。それから、月魔石は、その人が持っていってしまって……」
イシュマイルの口から、何故だか事実と違う説明が出てきた。
「……」
シオンは不審そうにイシュマイルを見ている。
ジグラッドが言う。
「では、あと二体。まだ市内にいるということじゃな?」
ジグラッドはイシュマイルの言う六人を前提に勘定をしている。
カミュが我に帰ったように言う。
「そうだった、そちらの方が重要じゃないか。その詳細は……」
アイスが思い出したように言う。
「そういえばバーツだけまだ戻らないようだけど……どこかで手間取ってるのかしら」
シオンが呆れる口調で説明する。
「バーツなら君のところに行ったと聞いたが。……入れ違いになったようだがね」
「来てないわ」
アイスが言う。
「……呼びましょうか?」
「いいや。あいつのことだ、たぶん耳が塞がって聞いていないだろう」
聞いていたジグラッドが鼻を鳴らして笑う。
「奴らしいわ」
「それにしても、今この場にあ奴がいなくて儂は助かったわ」
ジグラッドはいつもの陽気な大声になっている。
「考えても見ろ。あ奴がこの月魔の剣を見たら、真っ先に儂の胸倉を掴んできたろうからな」
そしていつもの威勢のいい笑い声を立てた。
イシュマイルは、そっと笑みを零した。
少なくともジグラッドとバーツは、剣の一件には関わっていないようだ。
ほっとした途端、イシュマイルはタナトスのことを思い出した。
(そうだ、タナトス。どうしたろうか)
聖殿内で迷っているのかも知れず、それ以前にもイシュマイルには気懸かりがある。
(……タナトスに、謝らないと)
この月魔の一件といい、先の六人組の件といい、イシュマイルはそれをタナトスの仕業として本人に詰め寄った。タナトスは肯定も否定もしなかったが、ショックは受けたようだった。
(見つけたら、ちゃんと謝っとかないと……ひどいこと言ったものなぁ。呆れたろうな……)
イシュマイルは軽く自己嫌悪に陥ってか、俯いて黙り込んだ。
それまでずっと無言でいた、アストール・セルピコが不意に辺りを見回した。
「今の声、誰だ?」
一同がセルピコを見る。
この老将にしては、珍しい声音だったからだ。椅子に腰掛けたまま、室内にある人々の顔をキョロキョロと見ている。
シオンが声をかける。
「なんです?」
「いや、今若い男の声がしたが……。『そうでもないよ』とは、どういう意味だ?」
「……」
妙な沈黙のまま、皆がセルピコを凝視した。
セルピコは気付いた。
「待て待て、某はまだそんな歳ではない!」
傍らにいたカミュが失笑し、背を向けた。
セルピコは言い返すでなく、カミュの背を睨んだ。どうやらこの二人の団長の間では、普段からこのようなやり取りがあるらしい。