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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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九ノ三、竜

 一つ事件が起こる時、それに連なる謎がいくつも溢れ出る。


 ドロワの評議会がようやく議員を招集して事態の対策に動き出したのは、事件後この段階になってからだった。

 彼らが最初に耳にしたのは、月魔のことよりもシオン更迭の問題だった。

 月魔の問題よりはずっと扱い易いかもしれない。当のシオンはもう覚悟を決めている。


――街の東側。

 新市街の一角で密かに起こったこと。


 新市街の中でも特に眺めの良い一等地である。

 ここは貴族や議員の屋敷が連なる邸宅街であったが、今日この時には一人として人影はなかった。

 月魔が現れたことにより美しかった町並みは破壊され、辺りには未だ魔素が漂っている。


 一人の男の姿があった。

 男は閉鎖されてるいるはずの区域を、誰に止められるわけでもなく入り込んでいた。濃い魔素の中を、彼は口元を軽く布で覆っただけで歩いている。

 赤い長髪が、魔素の風になびいた。


「……チッ。やりっぱなしかよ」

 不機嫌そうに呟いた。

「魔物一匹倒せないわ、民に暴力は振るうわ……これだからタイレス族ってのは、どうしようもねぇ」

 男は町並みを眺めて歩きながら、悪態をついている。


 その視線の先に、ヘイスティングたちが放置したあの結晶体がある。

「こいつか」

 そしてその結晶体が意外に大きいのを見て、しばし考える。

「……楽にいくか」

 男は両手で印を結ぶかのように掌を組み、目を閉じた。


 辺りの景色が歪む。

 魔術が発動する時に起こる、視覚の撹乱によるものだ。

 男の姿が見えなくなる。

 そして。


 どこからか、巨大な竜が現れた。

 両の翼を持ち、空からそれは現れた。


 屋根に届くほどの長首を持ち、大きな翼を広げた竜が、男が先ほどいた場所へと降り立つ。そして月魔の残した結晶を、その足の爪で掴んだ。


 その姿を、通りの向こうから幾人かが目撃した。

 巨大な竜がドロワの東側から飛び去る姿を、避難中の市民らが見たと言う。日常で竜族を見慣れている彼らも、空を飛ぶ竜を見るのは初めてだった。


 一時その話で騒然となり、騎士団らが対応に走ったが、その姿はもうそこには無かった。

 そして少し経ってから彼らは知る。

 東側の閉鎖地区が、いつの間にか清浄に戻っていることを。元凶であった月魔の結晶体が、どこにも無くなってしまっていたからだ。


 その竜は、結晶体を抱えてどこかへ飛んでいってしまった。しかし人々はその事実を知る由もなく、関連付けて考える者もいなかった。

 仔細は謎のまま、長髪の男の姿も、もうそこにはない。


 

 ドロワ城門・内門のメインストリート側。

 ロナウズがようやくアリステラ騎士団の元に戻って来た。


 城主の出現とその提案により、まずドヴァン砦からの避難民をドロワ城内に受け入れることになり、続いて月魔の危険から逃れてきた市民もこれに続いた。


 ドロワ市の白騎士団とアリステラ騎士団がこの保護と誘導の役目を担い、ロナウズは中隊長ヘイスティングを伴って戻ってきた。


「ご無事で」

 補佐官は短く言って敬礼する。

「首尾は?」

 ロナウズが問うと、部下たちは胸を張って報告する。

「万事、滞りなく」

「団長、評議会の代表がすぐにこちらに」

「わかった」

 通常通りの確認行為を、ヘイスティングはいつになく神妙な面持ちで見ていた。


 ヘイスティングにとって、他都市の騎士団との共同作業じたいが初めてのことで、自分がその調整役を取り持つなど考えたこともなかった。


 とりあえずアリステラ騎士団の各隊長クラスの者が集められ、ヘイスティングは彼らを前に定型文の報告と説明を読み上げたが、緊張からか心が硬くなっていることに気付き、己を弱腰を叱り気を引き締め直した。

 勝手の違う初見の者たちを相手に、協調と同調を求めることの難しさを垣間見たからだ。


 ヘイスティングは一通りの段取りを終えると、アリステラ騎士団に向かって一礼し、ロナウズにも改めて敬礼すると、いったんその場から離れた。

 ロナウズはその後姿をしばし見送ってから、騎士団の指揮へと戻った。


 メインストリートに溢れていた市民・避難民たちだが、彼らはひとまず城内の演習場跡に集められることになっていた。


 この場所は、かつて市民からなるドロワ市軍が存在していた頃、鍛錬や披露目の行事などに使用される場所だったが、今は使われることもなく、たまに聖殿騎士団が借用する程度だった。


 屋根もなければ壁一枚ない広い空間ではあるが、城中に一般人を立ち入れるという危険性から、まずはここで一通りのチェックや振り分けが必要で、それには人々も甘んじて受け入れるしかない。


 城内でその作業に当たったのはドロワ城内の衛兵と事務方で、人波の誘導や監視は白騎士団が行っていた。

 また内門前では、アリステラ騎士団が列を成す人々を管理し、特に月魔の城内進入を警戒していた。


 この役目に外部のアリステラ騎士団が選ばれたのは、シオンの名指しの推薦があったことも大きい。

 月魔の発生と進入経路がはっきりしていない今、ガーディアンに次ぐ異能力者で、かつ大人数を動かすことの出来る人物――ロナウズの存在が適任だと、シオンは判断した。

 ただ大方の者はその真意は理解しておらず、多分に部外者の締め出しの意図もあったが……。


 そのロナウズは内門前にあって、人々の列を見渡せる位置に立っていた。いつものように後ろ手に、ぴしりと直立している姿は印象的ではある。


 そこへ補佐官が、一通りの巡回を済ませてロナウズの傍らに戻り、小声で問うた。

「して、月魔の始末は……」

 今もって状況が芳しくないことから、予想はしているものの失敗したはずはないと考えている。本音を言えば、自分もロナウズの供をして月魔と合いまみえたかった。


 ロナウズは返事を渋った。

「……うむ……一体は確実に仕留めたが、まだ終わってはいない。ことは予想以上に複雑だったようだ」

「ほう」

 ロナウズは人波から視線を外さずに、補佐官に詫びた。

「貴兄には無理をさせた。私の判断ミスだ」

「そのような」


 補佐官は型通りに返答したが、ふとメインストリートに目をやり、先ほどより人々が落ち着いてきていることに気が付いた。

「事態は好転の兆しがありますな」


「……城主殿のお姿が、ドロワ市民を安心させたのやも知れぬな」

 ロナウズはその時の城主と民の様子は見ていないが、今の人々の表情を見ればその変化は見て取れる。


「安心?」と補佐官は鸚鵡返しに問うた。

「これが個人の力量なのか地位の力なのか、それはわからない。けれど、市民は彼を敬愛しているということだ」

「なるほど。敬愛は人間に勇気と自尊心を与えますからな」

 補佐官の軍人らしい切り替えし方に、ロナウズは笑って肩を竦めた。



――ドロワ聖殿前の旧大通り。

 先程までは大勢の人がたむろし騒然としていたこの場所も、ようやく人の流れが生まれ始めていた。


 イシュマイルとタナトスは、月魔の遺した剣を手に、ここまで歩いて戻ってきた。

 道中、新たな月魔の情報はなかった。


「はぁ……相変わらずここは混雑しているなぁ」

 タナトスが呆れ声で言う。

 平時からここには人が集まって渋滞してることが多いのだが、その理由の一つがシオンであることなどは、タナトス知らない。


 以前イシュマイルはバーツと共ににここまで来て門前払いされた。今では顔馴染みで通ることが出来る。

「タナトス、こっちの扉だ」

 イシュマイルは裏口を指差し、先に立って歩き出した。


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