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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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九ノ二、主

 再び、ドロワ城の内門前。

 アリステラ騎士団は整列したまま市民の動向を見守っているが、メインストリートを行き交う人々の流れは、淀んだままだ。


「……いかんな。一向に好転する気配がない」


 団長ロナウズに代わりアリステラ騎士団を指揮していた補佐官は、人知れず呟いた。ドロワ聖殿に赴いたロナウズからは、特に新しい指示もない。

 こういう時の現場のストレスというのは、想像以上のものである。


 補佐官から見ればロナウズなどはずっと年下の団長で、必ずしも完璧な上司ではない。外から見れば自信家でワンマン、内から見ればリスキー。

 常に公私で複数の問題を抱えている反面、どこか浮世離れした性格。


 これを補佐する身としては気苦労が絶えないのが実情なのだが、だからこそ支えられるのは自分だけだ、という自負が彼には――いや団員達に共通した感覚としてある。忠誠心というよりは、団員一人一人が自らを支える意識ともいえる。

 これはアリステラ騎士団だけでなく、およそどの騎士団でも見られる精神構造であるだろう。


 団長不在の今も、団員たちは忠実に命令を守ってその場に立ち続けている。

 補佐官は隊列の前を歩きながら、じりじりした時間の中にあって、少し感慨深い気持ちで部下たちの姿を見つめていた。


 変化があったのはそんな時だ。

 ドロワ城へと続く内門で、使用人用の小さい扉が静かに開いた。


 そして一人の上品な老紳士が出てくると、すぐ近くにいた団員に微笑みで会釈した。


 補佐官は、この紳士に見覚えがあった。

「や。あれはもしや……城主殿、か?」


 老紳士は視線で現場の責任者を探し補佐官を見出すと、両手を後ろ手に組んだ姿勢でゆるりゆるりと歩いてくる。

 補佐官と数名の団員が慌てて保護しようと駆け寄ったが、それに気付いた市民の中から声が上がった。


「城主様、城主様」と波のように広がる声に、さらなるパニックを予感したアリススラ騎士団だったが、ことは城主が軽く片手を挙げて制しただけで鎮まった。


 小柄な老紳士を前に、市民らが次々と膝を折り頭を下げて敬意を示す。

 人々の中に『これでもう安心だ』とばかりの安堵感が広がっていくのを、補佐官は肌で感じた。

(これが、カリスマというものか……)


 今まで表立って行動することの無かったドロワ城主が、この一連の騒動の前に姿を現し、干渉を示した。


 曰く、アリステラ騎士団の内門封鎖を解き、市民・難民を城内に入れてはもらえまいか、との言葉だった。

 そして騎士団の力は民の安全な移動の為に、戦力は月魔を城内に侵入させない為に借りたい――そう老紳士は訴えた。

 補佐官は独断では断を下せず、すぐに聖殿へこの知らせを飛ばした。


 人々の混乱は、ここから少しずつ収束していくことになる。



 イシュマイルとタナトスは、まだ先程の広場にいた。

 レコーダーと名乗る不思議な男の姿はもうどこにもない。月魔石の魔素が消えた広場には、人々が戻って来つつある。


 タナトスは一度は機嫌を損ねていたようだが、すぐに切り替えたようだ。

「僕よりも遥かに酔狂な男が本当にいたとはねぇ……僕を驚かせる輩なんて、そうはないよ」

 タナトスのいつもの口調に、イシュマイルにも少しだけ笑みが戻る。


 イシュマイルはタナトスから離れると、石畳の上にあった月魔の剣を手に取った。

 それは月魔が持って暴れていた得物で、イシュマイルはこの剣に見覚えがあった。


 イシュマイルは、忘れていたタナトスへの疑念を思い出した。

 月魔の正体は、あの時イシュマイルを襲ってきた六人組の剣士で間違いはないと思われた。そしてその六人はタナトスの仲間ではないのか、とまでイシュマイルは予想していた。


 現にタナトスに直接問い正した。

 問い正しはしたが、タナトスはははぐらかすように答えただけで真意に触れさせてはくれなかった。月魔の出現もあって御座なりになったままだ。


 イシュマイルはもう一度、今度は剣を差し出してタナトスに問おうとしていた。

 しかし……。

「こ、これは……!」

 今一度手にした剣を見、イシュマイルは重大な見落としに気がついた。

「……イシュマイル?」

 声音の変わったイシュマイルに気付き、タナトスが振り向く。


 タナトスは、イシュマイルが自分に疑惑を抱いているなどと考えてもいない。癖なのか首を傾げ、イシュマイルの側に来て剣を見る。

 剣には、刀身にはっきりとした刻印が成されていた。


「……ファーナム、騎士団…」

 イシュマイルは、やっとそれだけ呟いた。


 剣には見覚えのある騎士団のマークが刻まれている。遊撃隊にも、第三騎士団にも、装備品には同じマークが入っていた。

 イシュマイルは混乱した。


『利用されていないかな?』

『連中は信用できるのかい?』

 先程のタナトスの問いかけが、今更頭を巡る。

「あの時の六人組は……ファーナムの騎士だったんだ!」

 イシュマイルはやっとのことで、それだけを言った。


 今の今まで気付かなかった。

 普段ファーナム騎士と行動を共にしていて、見慣れているはずの剣なのに……。

 イシュマイルは自分の迂闊さに愕然とする。


 タナトスは理解していないのか不審そうに眉を寄せて聞いている。しかしイシュマイルにはタナトスに気を払う余裕がなくなっていた。


「あの六人が……今は、月魔となってドロワの街を襲って……。そして魔物として討伐されている。あいつらが……」

「イシュマイル?」

(ファーナムが……何故?)


 イシュマイルはファーナムの悪意を初めてその身に感じた。そして自分が何かしらの大きな渦に巻き込まれていることも知る。

 もしかしたら、信用していた人たちにすら騙されて…。


「ちょっと待って」

 イシュマイルの思考を遮ったのは、タナトスの凛とした声だった。

「その剣が月魔の生前の得物だという確証はあるのかい? ファーナムの騎士が、君に害をなしたことの証拠になるのかな?」


 予想に反し、タナトスはきっぱりとした口調でそう言った。

「確かにファーナムは企みごとが多い連中だけど……少なくとも君の知人が、君の命を狙う理由はないよ。彼らを疑うには、いま少し材料が少な過ぎやしないかい?」


「え? う……うん」

「ファーナム騎士団も現に危険に晒されているのだし、僕には彼らが関わっているとは思えないな。第一ここで考えてても、何も始まらないよ」

 イシュマイルはその声に励まされてか、多少落ち着きを取り戻す。

「……そう、だね。他の月魔の得物も調べれば、よりはっきりする……」


 タナトスはイシュマイルの肩を叩いて言う。

「ドロワ聖殿に行こう。そうすれば、きっと何かがわかるだろう」


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