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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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八ノ九、水霧

 結晶体はまだ白い湯気のようなガスを放ち続けていた。

 そしてその質量は一向に小さくなる気配がない。ただ魔素だけが溢れ続けている。


 さすがに龍人族のタナトスも、口元を覆って身を守った。

「……いけない、このままではさっきの鳥たちと同じことが起こる……この辺り一帯が魔物だらけになるぞ」


 タナトスはイシュマイルの無事を確かめてか、声を上げる。

「おい、イシュマイル! バテてないで手伝え。あれをどうにかするんだ!」

 イシュマイルは、咳き込みながらも下を覗きこんで返事をした。

「どうって……どうするのさ。結晶を破壊するのか?」

「……」

 タナトスは再び考え、呟く。

「こういう時、ノア族はどうしたって?」

 考え事をする時、タナトスは独り言を言う癖がある。


「光や風に晒すといけないんだったな。土に埋めるったってここは石畳だし……井戸に投げ込むってわけにも……」

 不意にタナトスは閃いた。

「いや、その手があるか」


「イシュマイル、さっきの月魔石を渡せ!」

「なに?」

 タナトスは屋根の上にいるイシュマイルに、片手を突き出して求めた。先ほど広場で手に入れた――アイスの術によって斃れた月魔からの、月魔石を。


 戸惑うイシュマイルに、タナトスは畳み掛けて叫ぶ。

「いいから! このままだと僕まで危険なんだよ! 早く!」

 なおもイシュマイルは躊躇したが、タナトスまでが危険という言葉に我を通すことは出来なかった。

 観念して持っていた月魔石をタナトスに投げてよこす。


 月魔石はタナトスの手の中に納まる瞬間、まばゆい雷光に包まれタナトスの力の一部となった。飽和した魔力の発露に、周囲の路地が白い光に照らされる。


 光の中で影となったタナトスが、両手を振り上げる。

 一面の石畳の中から、白い水霧が吹き上がった。井戸からなのか地下水からなのか、視界が白い飛沫に覆われる。


 タナトスは先ほどの雷光槍とは違う動きで、全身でもって飛沫の竜巻を操った。

 ドヴァン砦でレアム・レアドが見せたものと同じ、風と踊るかのような両の腕の流れに無数の水飛沫が従い、空に舞う。


 それは冷たい風を呼び、イシュマイルの頬や髪にも細かな水滴が触れた。

 建物の隙間を縫ってうねるように月魔石の方へと集まっていく。逆巻くように集まった水竜巻は、密度を増しながら月魔石をも空へ浮かせた。

 そして。


 再び一瞬の閃光と共に、音が弾ける。

 フィルムを切り替えたかのように、景色がまた変わった。


 あとには一メートル四方ほどの白い塊、氷塊が石畳にある。

(……氷?)

 イシュマイルは意味がわからず、もう一度それを見る。


 タナトスが手のひらを開くと、僅かな灰がそこから崩れ落ちた。この月魔石もまたその魔力をすべて放って灰に戻ったのだ。


「……ガーディアンの力はね、雷ばかりじゃない。かつては、炎も、風も、水も……すべての人族に使えるように、と……」

 タナトスはイシュマイルに聞かせるでもなく、呟く。


 結晶体は氷の塊の中に閉じ込められている。半透明の氷は光こそ通すが、魔素を封じ込めて逃がさなかった。


 徐々に空気が澄んでくる。風は魔素を空へと還して、辺りの景色を明瞭にしていく。

 この冷たい風もまた浄化の力を持っている。

「ふう……。ちょっとばかり、厄介だったかな、今のは」

 タナトスは上を振り仰ぎ、座り込んでいるイシュマイルを見て笑う。


「大丈夫かい? その様子だと、まだまだ訓練不足といった感じだね」

「……タナトス」

「それとも、これがタイレス族と龍人族の、力の差ってやつかな」

「……」

 イシュマイルは先ほどまでの口論を忘れ、屋根の上で座り込んだ。


 力の差もさることながら、目の前で二度までも月魔石を使ったタナトスに対し、素直に笑うことができないでいる。

 何かが、頭の中に引っ掛かった。


「……それで? その氷をどうするのさ」

 イシュマイルは、辛うじて軽い皮肉でタナトスにやり返した。

「溶けないうちにドロワ聖殿まで運ぶつもり? 僕にはとても運べないよ?」

「なにぃ? 全部僕にやらせるつもりかい?」

 タナトスは笑って拳をイシュマイルに向ける。


 タナトスはいつもの気さくな笑顔に戻っている。

 切り替えが早いのか、忘れているだけなのか。なんでそんなに気楽なのだろうとイシュマイルは不思議に思う。


 ともかくまだ終わっていないとイシュマイルが視線を氷の塊にやると、その傍らに剣が落ちていることに気が付いた。

「あれは……月魔の持っていた……?」

 イシュマイルは立ち上がると、ようやく屋根の上から路地へと飛び降りてきた。


 四階ほどの高さの屋根から、イシュマイルは平然と石畳に降り立った。


 自覚はないが、タナトスから直伝で浮遊の術を会得したらしい。

(やるなぁ……)

 タナトスは口にはしないがその才能を賞賛する。

 イシュマイルの習得の早さは、レンジャーとしての訓練の賜物であると同時に、同調力の作用でもあるだろう。タナトスは満足そうな笑みで、前を横切るイシュマイルを見る。


 その時。

 唐突に、一人の男が現れた。


 男はいつのまにか、広場にある水汲み場の縁に腰を下ろしていた。

 まるで初めからそこにいたかのように。

「……面白い。この温暖な気候の中にあって、全く溶ける気配がない。水風もろとも操りおるか……」


 イシュマイル、そしてタナトスも。その声を聞いて初めて男の存在に気付き、即座に飛び退いて男と氷塊から距離を取った。我知らず、互いを庇う位置で身構える。


 イシュマイルは気付いた。

 先ほど屋根の上で感じた、あの気配と同じだと。


 タナトスを見れば、タナトスも珍しく驚きの表情で男を凝視している。

 言葉も出ない様子だった。


 男は低く響く声で語り出す。

「……目的は二つ。フォルマを集めるのは、私の趣味の研究のため。もう一つは異才なる人材を見出し、記録すること……ゆえに私は『レコーダー』と呼ばれている」


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