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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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八ノ八、鳥

 身を低くしたタナトスの頭上を、数羽の鳥が飛び交った。

 咄嗟に耳を塞ぎ、身を低くして頭部を守ったタナトスは自分が見落としていた気配に気付く。

「月魔かっ!」


 仕切りの中にいた鳥たちはますます暴れ、白い羽毛が塔の中で舞い散る。

「しまった……悪いカンほど良く当たる!」

 タナトスは手の中で雷光を集める。


 仕切りの中にいるはずの鳥がタナトスに攻撃を仕掛けてくる。月魔化した鳥が小屋を破って暴れ出てきたからだ。

 タナトスは視覚に頼らず、気配でその位置を特定した。


 塔の内部は広くはない。

 そして石造りの古い建物は、その壁面も床も何もかもが脆かった。タナトスはあえてこの場で雷光槍を振り回すつもりはない。


 タナトスが両手を広げると鈍い音と共に閃光が奔り、物見の塔は灯台になったかのように明るい光を放った。

 そして数羽の月魔が焼き払われた。


 細かな灰が空に散り、月魔石が床へと落ちる。


 それは直径が五ミリ以下の、小さな小さな月魔石だった。

 元々が人より体の小さな鳥は魔素の影響を受けやすく、容易く月魔化する。


 タナトスは無言でそれらの月魔石を拾い集めた。

 手の中には、いびつな月魔石が三つある。

「鳥だけじゃない。今に人も、こうなる……」

 無事に残っていた他の鳥たちも、このまま放置しておけば月魔化し他の鳥を、あるいは人を攻撃するだろう。


 タナトスは鳥小屋に近付き、その扉を開けてやった。

 鳥たちは一定のコースを巡った後、ここに戻ってくる訓練を受けている。

 外に向かって一斉に飛び立っていく。

「……」

 タナトスは、それをしばし見送っていた。


 塔の中の鳥をすべて逃がし、タナトスがもと居た屋根に戻ろうとすると、塔の前でイシュマイルが座り込んでいるのが見えた。


 イシュマイルはタナトスのいない間に月魔に挑もうとして、何者かに引き止められた挙句、転んでいた。

「何をやってるんだ!」

 タナトスは塔の縁から大声で呼んだ。

 イシュマイルは聞こえてはいるようだが、何故だか固まったままでいる。


 タナトスは今手に入れた小粒の月魔石を高く上げて見せ、叫んだ。

「イシュマイル! もう時間がない、これが何かわかるか!」


「見せてやるよ! ガーディアン流の月魔石の使い方ってやつを!」

 君はそこで見ていろ、と言い放ってタナトスは石壁を蹴り、空を飛ぶ。


 そして屋根を飛び越え、月魔の居る路地へと降り立った。

 漂うモヤに体を晒し、月魔の正面へと歩いていく。

「タナトス!」

 イシュマイルはようやく事態に気付き、屋根から身を乗り出すようにして叫ぶ。


 タナトスは返事をせず、三粒の月魔石を手の中に握りこむと、その両手を掲げて雷光槍を呼び出した。

 身の丈ほどもある、光り輝く長槍が空中に現れた。イシュマイルの見守る中、タナトスは静かに雷光槍を操った。

 光の槍はタナトスの頭上に浮いたまま向きを変え、指先で示す通りに月魔を狙う。


 月魔はもがき苦しむように暴れてはいたが、攻撃を仕掛けてくるほどの理性も留めていないようだった。タナトスの存在に気付く様子すらなく、自身を狙う雷光槍にも反応を示さない。


 雷光槍は容易く月魔の体を貫いた。

 そして鮮烈な稲光が一筋、月魔に向かって落ちた。

「……っ!」

 眩しさにイシュマイルは思わず、目を閉じて顔を背ける。


 膨大な電圧によって月魔の体は瞬時に破壊された。

 不必要なほど強力なその雷撃は、ドロワのどの街角からも見えるほど強烈だった。



 その頃、街路を移動中だったバーツや、アイス、ロナウズなどがこの雷を見た。また屋外で活動していたほとんどの騎士団員らもこれを見、慄いた。


 聖殿の室内に集まっていたセルピコ達は轟音のみを聞き、シオンはその魔力を肌で感じた。

「……今のは、雷光槍……?」

 シオンは街路図を広げていた手を止め、見えるはずのない空を仰いでか天井を見上げる。

「バーツたちか?」

 ジグラッドが、シオンに声をかける。

 祭祀官たちもシオンの表情にただならぬものを感じて、顔を見合わせた。


(違う……桁違いの雷光槍だ。まるで、レアムのような……)


 シオンはそれを口にはしなかった。

 最悪の事態を想像し、すぐさまその可能性はない、と判断したからだ。

(レアム・レアドが攻めてくるはずはない)

 しかし、だとしたら。

 彼に匹敵する別のガーディアンが、ドロワに現れたということか?

(もっと在り得ない、そんなことは)


 シオンは頭を一つ振って、頭を切り替えようとした。

(居る理由がない)

 シオンからすればその者の目的の方が能力よりも重要だ。目前に迫る危険か否か、それが判断の基準だからだ。



 タナトスは月魔石を使い、月魔を倒した。

 あとには手のひらに残るわずかな灰だけだ。魔力を放出しきった小粒の月魔石は、後に何も残さず風に散った。

「……月魔石の力を……使ったのか……」

 イシュマイルは、まだ屋根の上にいて、一人呟く。


「……タナトス。それがどういうことか、わかってやってるのか?」

 一度はタナトスに対して薄れていた怒りが、また湧き上がってくる。

「月魔石は失われた命そのものじゃないか。 死に対する冒涜だ!」


 その声は、路地に立ちすくむタナトスにも届いた。

「違うね! ただの魔力の塊だよ。君にはまだ理解できないだけだ!」

 タナトスは苛立ちを吐き捨てるかのように、イシュマイルに叫び返した。


「ガーディアンになるということは! 他の生き物の命を踏み台にして生きるということだ! 君だってガーディアンになればわかるようになる! 絶対にだ!」

「な……っ」

――ガーディアンになれば。

 その一言がイシュマイルの胸を詰まらせ、言葉を失わせた。


「この術は誰にでも出来るもんじゃあない。でも君になら……」

 タナトスは言葉を繋ごうとして、イシュマイルの様子に気付いた。


 イシュマイルはまだ屋根の上にあって、驚愕の表情でこちらを見ている。

「……どうした?」

 タナトスはようやく気付いて、斃れた月魔へ振り返った。


 ヘイスティング達の時と、同じことが起こっていた。

 灰の中に、巨大な結晶体が残ったままでいる。

「……どういうことだ? 月魔の本体を、倒したのに……!」


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