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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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八ノ七、交差

 上官たちの居場所を知り、一瞬の光明を得たヘイスティングの脳裏に、新たな不安がよぎった。

 中隊長の自分が、いまさら団長クラスの中に混じってどこまで出来るのかという現実的な考えだ。今の自分の部隊は何一つ満足な成果を上げておらず、目の前のパニックにもどう対処していいのかわからない。


 そう、わからないのだ。

 ヘイスティングは、途方のない無理を言われた気がした。

「……ルトワ、殿」

 何かを尋ねようとしたヘイスティングに対し、アーカンスは若干皮肉めいた助言をした。

「聖殿に行かれるなら、竜馬を降りたほうが宜しいでしょう」

「!」

 ヘイスティングはようやくアーカンスが竜馬を降りている意味を悟った。

 旧市街は人の渋滞で、完全に街路が麻痺している。


(似ている……しかし、まるで違う、何かが)

 不意に、ヘイスティングは気が付いた。

 目の前にいる騎士が自分と似ていて、それでいて全く似ていないと。


 アーカンスは、ヘイスティングに比べればある程度柔軟なのだろう。ヘイスティングはそれを、今まで自分の周りには居なかった種類の騎士だと感じた。


 ヘイスティングは先程アーカンスの単独行動を責めたが、そのヘイスティングも供も連れず一人で聖殿に向かっていたところだ。

 何事か起こった時、現場はいつも紛糾する。

 この騒動の中で、偶然にも隊長同士が出会って連絡が取れたのは幸いと言ってもいい。


 アーカンスはというと、この場はともかく先を急がなければ、と思い直した。遊撃隊はそのほとんどが市民らの誘導にあたっていて、散り散りになっている。


「あ、それから」

 先を急ごうとしたアーカンスが、思いついたように振り返って言った。

「私の服装を言う前に、貴方も良い格好をされていると思うが?」

「?」

 ヘイスティングはその声に、改めて自身の身なりに気付いた。


 先程の月魔との一戦で新調したシャツは袖が切り裂かれており、白騎士団の由来である白装束も似つかわしくなく汚れていた。

 ヘイスティングは咄嗟に叫び返した。

「当たり前だ! 市民の命の前に、服になぞ構っておれるか!」


アーカンスは無言で笑みを一つ残すと、背を向けその場を駆け去った。見る間に人の波に紛れ、見えなくなる。

 その姿はヘイスティングの日頃思う騎士の姿ではない。

「……」

 皮肉を言われたはずなのだが、不思議と不快に感じなかった。

 ヘイスティングは、その場で竜馬から降りた。



 イシュマイルは、一人勝手に物見の塔に行ってしまったタナトスを見送った。

 ここは高い屋根の上だ。

 レンジャーとして普段森の木々を渡り歩いていたイシュマイルでも、慣れぬ事態に足元には注意を払った。


「タナトスは近寄るな、と言ってたけど……」

 イシュマイルは四つん這いになり、屋根のきわギリギリに顔を出すと下を覗くようにして月魔を観察した。


 モヤのような魔素は低い所ほど濃いらしい。路地に降りたら最後、たちまち濃密度の魔素を吸ってしまうだろう。

 イシュマイルは、弓矢を置いてきてしまったことを後悔した。なす術なく、イシュマイルは過去に見た月魔を思い出しながら対策を考えていた。


 そして突然「あっ!」と声を上げた。


 イシュマイルの目に止まったのは、月魔が手に持っている武器だ。

 イシュマイルはその剣に見覚えがあった。月魔はその身に破れた衣服を纏っていたが、イシュマイルはその服装にも見覚えがあった。

「まさか…!」

 イシュマイルは記憶を辿る。


 あの日。

 タナトスと初めて会った日。


 六人組の不審な男たちと闘った。

 あの時男たちが持っていたあの剣は、一般の市民が持てるような物ではなかった。その身なりも流れの乱暴者たちではなく、訓練された剣士たちだった。


「あの時の――あいつらなのか!」

 月魔の目撃情報は、五、六体。数の上でも合致していた。

 あの時イシュマイルが戦ったあの男たちが、月魔と化しているのだろうか。


 イシュマイルは、咄嗟に路地へと飛び降りようとした。


 時折見せるこの判断の甘さがイシュマイルの危うさなのだが、この時イシュマイルは何者かに突然マントを引っ張られた。


 後ろからいきなり強い力で引っ張れて、路地に降りるどころか屋根の上で転倒し、尻餅をついた。

 背後には、確かに誰かがいる。

「誰だっ!」

 ともかくも叫んで振り向く。


 しかしそこにあるのは塔の先端が天に伸びているだけで、人が居られる場所などない。イシュマイルは慌てて周囲を見回した。

 やはり、誰もいなかった。


 けれど、気配だけはしっかりと残っている。

(これは……ガーディアン……!)

 独特の強い気配は並みの人間のそれではない。

 イシュマイルの未知のガーディアンが、すぐ側にいる……。イシュマイルは、間近の月魔よりもそちらの方に恐怖を感じ、身を竦ませた。


 一方。

 そんなことがあったとは露知らず、タナトスは物見の塔に辿り着いた。

「確かに鳥がいるなぁ。こりゃあすごいや」


 塔の中には仕切りがあり、中にはたくさんの鳥が居た。

 いわゆる鳥文、伝書を運搬する鳥なのだろう。


 鳥たちは細かく仕切られた小屋の中でやたらと騒ぎ立て、何かから逃れようと隅で羽ばたきを繰り返す。

「なんだろう……酷く怯えているようだけど。僕に対してじゃないし、月魔でもなさそうだ……。なにか居るのか?」


 すると突然。

 タナトスのすぐ近くで金切り声がし、タナトスは咄嗟に耳を塞いだ。

 先ほど斜塔で聞いた鳴き声と同じものだ。


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