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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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八ノ一、二刀流

第一部 ドロワ

八、フォルマ

 バーツの予想通りの位置に、月魔がいた。

 ヘイスティングたちが遭遇した月魔とは違い、人と獣が融合したかのような典型的な姿の月魔がそこにいた。


 月魔はその手に剣を持ち、逃げ遅れる人々を薙ぎ払おうと闇雲に振り回していた。得物を持っているのは人型の月魔の特徴でもある。

 多くの場合、人型の月魔の正体は鉱山の労働者や魔物ハンターの成れの果てである。


 彼らは死した時の姿と、その身に染み付いた技量や習慣を持ち続けている。『死して』という表現はあくまで個人としての意思の死で、肉体的にはまだ強制的に『活かされている』状態でもある。

 元々鍛えられていた肉体を持つという点でも、人型の月魔は厄介な存在だった。


 バーツは路地をすり抜け来た勢いのまま、なおも駆けつつ右手に光を集めた。右手の雷光は、まだ槍ではなく発光する塊の形状のままだ。


 月魔はバーツの出現に反応しその手を止めた。

 バーツが雷光球を投げつけたのはその時だ。


 重い衝撃波が月魔の体、真正面にぶつかり後ろに数メートル吹き飛ばした。月魔は石畳に叩きつけられながら跳ね転がり、通りの中央辺りでようやくその動きを止めた。

 雷撃のためか、しばしそのままで倒れている。


 人々の間から、驚嘆のどよめきが上がった。

 彼らもバーツが術を振るう様を見るのは初めてだったからだ。


「お前ら! ここから離れろ! 下がってろ!」

 バーツは月魔に襲われ倒れていた男を助け起こしながら、周囲を促す。


 辺りには月魔に身体を斬り裂かれた市民が数人倒れていたが、彼らも複数の人の手に助けられて、その場から引き出されていく。

 見れば、通りを囲む棟棟にはいまだ住人が閉じこもったままらしい。その様子を上から覗き見ている。


「窓と扉を閉めろ! 奥へ下がって、なるべく通りから遠ざかるんだ!」

 バーツは身振りで住人らに注意を促す。

 そして今度は、路地からこちらを伺う市民にも怒鳴った。

「お前らの武器じゃ通じねぇ! 下がってろ!」

 しかしこちらも野次馬と有志の市民が入り乱れて、なかなか通りから離れない。


(やべぇな……とても全部には手が回らねぇぜ)

 守るか、戦うか。


 考えるより先に、月魔は起き上がってきた。

 そしてバーツの姿を捉えると、一直線に突進してきた。


 まだ怪我人を抱えたままだったバーツは一瞬たじろいだが、その右手に再び力を集める。しかし人の密集する場所での雷光槍は危険も伴う。

 今はまだガーディアンとしてより、騎士としての意識の方がバーツの脳内を占めていた。

(駄目だ。身を挺してでも、この一撃は俺が受け止めるしかない……!)

 バーツは激痛を覚悟した。


 その時だ。


 路地から、誰かが飛び出して来るのが見えた。

 バーツの目に黒尽くめの人影が月魔に向かう様が映る。

(危ない――!)

 バーツが声を発するより早く、人影は月魔に挑みかかった。手にしていたらしき武器が煌き、二閃、三閃と翻る。


 月魔は完全に虚を突かれ、肩から斬り飛ばされた腕は剣を掴んだまま宙を舞った。


「構え!」

 路地の方から号令が響いた。バーツが振り向けば、そこに片膝立ちで弓矢を番える騎士たちがいた。

 数は三、四人程度、揃いの黒装束に赤紫の肩章が見える。

「アリステラ騎士団か!」


「射るな! 市民を下げよ! 二人で十分だ!」

 聞き覚えのある声の主は、先ほど月魔に斬りかかった方の男だ。戻した視線の先に、両の手に二刀を携えたロナウズの姿があった。


 もがく月魔を前にして、わずかに後ろを振り返ってバーツに一瞥をくれた。


 バーツは脱力したように苦笑いするしかない。

「……遠慮ってものを知らねぇのかい?」

 アリステラ騎士の一人が、バーツに走り寄って抱えていた男を引き受けた。


 ロナウズから合図を受け、バーツは癖で指関節を鳴らしつつ立ち上がった。

 ロナウズの言う二人、とはバーツと自分のことらしい。これが並みの騎士ならば、バーツも『お前も下がれ』と言っただろう。


 月魔は、今度はロナウズに目標を変えた。

 ロナウズは二刀を前に構え、距離を測りながら左後ろへと円弧に下がる。月魔は残る左腕を突き出すように威嚇する。獣のような爪は、剣以上に見る者の恐怖心を煽った。


 ロナウズを見ていたバーツは、その二刀流の構えを見て思いついた。

(なるほど、その手があるか)

 バーツも月魔とロナウズ両者の動きを見、機を伺う。


 普段から武器を持たないバーツは雷光槍よりも格闘、特に空拳、蹴撃のスタイルを好む。

 実のところ騎士だった頃から剣術、槍術の類はあまり得意ではなかったし、格式よりも喧嘩の駆け引きの方が得意、という調子だった。


 今も半身に構えて騎士然とするより、足幅を開き腰を落として待つ。

 足先から摺り出し、月魔とロナウズの動きをトレースしてじわりじわりと距離を詰める。手のひらを開くとバーツの両の手が光った。


 両の手の中それぞれに短い槍が現れた。というより長さが30センチとないようなニードル状の武器が握られていた。

 これは雷光槍の戦闘スタイルの一つで、何も持たない状態から物理的な質量を持った武器――多くは槍、を取り出すというものだがバーツはこれを変則的に利用した。


 頃合を見たロナウズが、一足に飛び出して月魔との間合いに飛び込んだ。そして二刀を攻守に交え、月魔の獣の爪をかわし切っ先で肘を貫く。


 アリステラ流の二刀術は右手に軍刀サーベル、左手にブレイカーを持つ。

 月魔がその動きに翻弄された隙をついてサーベルが翻ると、残る左腕も二の腕から斬り落とされた。

 そしてロナウズはもう一足蹴って、月魔から離れる。


 バーツはその機を待っていた。

 どちらから示し合わせたわけでもなく、二人の動きに無駄はなかった。


 バーツは手にしていた長針を右手、左手と月魔に投げつける。前を横切ったロナウズの動きに惑わされ、月魔はバーツの得物に気付かなかった。


 長針は不自然な曲線を描いて月魔の胸部へと突き刺さる。一つ目は正面から、二つ目は脇から、左胸を十文字に貫いた。

「――雷光……っ!」

 バーツの気合と共に、閃光と電流が奔る鈍い音が響いた。月魔の身体がびくりと跳ねる。


 そして膝から真下へと崩れ落ちる。

 まさに『崩れ落ちる』の表現の通り、半獣人のような身体は石畳に崩れ落ちるより先に、灰となってその形を失った。月魔といえど、本体が人の身体を原型としている故の致命傷だ。


 あとには一山ほどの灰が残るだけだ。


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