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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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七ノ九、白騎士団

 ヘイスティング・ガレアンは、白騎士団の一中隊を率いて、貴族の邸宅を見回っていた。


 ここは一時、下町の混乱から逃げた人々が入り込み、白騎士団は彼らを捕縛するために借り出されていた。貴族らの自前の自警団では手が足りない程だったのだ。


 この時まだ旧市街での最初の騒ぎから、さほど時間は経っていない。

 騎士団は旧商業地区のパニックが規模を増していることをまだ知らず、それが月魔出現によるものだということも、まるで予測していない。


 ガーディアンでも適合者でないヘイスティングたちには、アイスの発した警告が届いていなかった。ただ命令されるままに、待場について新市街の生活を守ろうとしていた。

 ヘイスティングの耳に、誰がしかの悲鳴が聞こえたのは、そんな時だ。


「まだ居たのか! 今度は市民か? 解放された人質か?」

 ヘイスティングは竜馬に騎乗したまま、周囲に問うた。だが、先ほどまでとは何かが違う。いぶかしんだヘイスティングらが、悲鳴のした方に竜馬を向けた時、何かが破壊される騒音と、さらに大きな悲鳴が近くから起こった。


 生来短気なヘイスティングは、その暴力をみて頭に血を上らせた。

「略奪者どもが! 我らの目の前で狼藉を働くか!」


 ヘイスティングとその傍にいた騎士らは、竜馬を駆ってその場に急ごうとした。が、竜馬は前へ進むことを嫌がり、いきなり命令を効かなくなってしまった。

 騎士たちはいつにない竜馬の行動に面食らって、立ち往生する。

 どんな武器にも魔物にもたじろがないはずの竜馬が、騎乗者の命令を受け付けなくなってしまった。


 それもそのはず。

 その元凶となるものが、すぐ目の前にいるのを竜馬たちは察知したからだ。


 ヘイスティングたちの目の前に、月魔がその姿態を現した。

 人型の月魔である。

「――!」

 ヘイスティング始め、その姿をみた一同が言葉を失った。


 その直後、突然に喉に刺激を感じた。

 先頭を駆っていた騎士の一人が激しく咽せ、見れば屋敷周りにも人が倒れている。


 竜馬たちは騎乗者を守ろうと、後ろに下がる。竜馬が先に進まなかったのは、自身の身ではなく騎士たちを守ろうとしたためだ。

「これは……っ? 何事っ!」


「みな下がれ! 距離を保て!」

 ヘイスティングは急ぎ、隊を反転させてその場から離脱させる。月魔を遠巻きに、騎士たちがその円周上にたむろしたが、その先の行動には躊躇した。


「ガレアン中隊長殿! あれは……月魔、でしょうか?」

 なおも片手で口元を守りながら、小隊長の一人が尋ねる。

「……」

 ヘイスティングは返答に窮し、周囲の者も答えようがなかった。


 その人型の月魔は、まるで氷付けにでもされたかのように、その身の半分をガラス質の物質に覆われていた。それは肉体の外からも中からも露出している。

 特に上半身、肩より上に巨大な固まりを担ぐように乗せて、その重みのためかフラリフラリと彷徨っている。


 このような姿は見たことがない。

 大抵の月魔は原型をとどめないほど野生の権化のような姿に成り果てる。暴れたいだけ暴れる獣と化すのだ。


 しかし、目の前の月魔は様子が違う。

 その塊の重みのせいか、この月魔の体は動く都度に肉に塊が食い込み、体液を地面に撒きながらも、なおも前へと進んだ。落ちた体液や肉片はその場で黒い煙を出して灰になった。

 歩いているというより、重みの為に前に進んでいるだけにも見える。


 ふと見れば、氷のような透明の物質からも水蒸気のような、湯気のような白いモヤを発している。外側から気化しているように見え、恐らくは刺激臭の原因はこのモヤらしかった。


「……わからん。しかし、あの結晶のような塊、あれが厄介の根源と見た」

 ヘイスティングはその塊を結晶と捉えた。たしかに透明の固まりは、鱗状に整列し一塊を成している。


 ヘイスティングはナイフを取り出し、自らの袖の布を切り裂いた。

 元は午後からの式典を見越して着込んでいた新調したシャツだったが、今はこれをマスク代わりに口元を覆い、そして剣を鞘から抜いた。


「! 中隊長殿っ?」

 傍らにいた、年長の騎士が驚いて声を出すも、ヘイスティングはすでに竜馬に突進の予備動作をさせている。

「……あの月魔、いや、あれはただの屍だ。人間の身体の方を砕いてしまえば、この場から動けまい」


「俺が先んじて行く。これ以上、あれを好き勝手にのさばらせるな」

 ヘイスティングは言い捨てると、剣を構えたまま竜馬を奔らせた。訓練された竜馬はすぐに最大戦速に達し、その体の揺れが小さくなる。


 乾坤一擲、狙い済ました一撃を、擦れ違い様に月魔に打ち込んだ。


 重く、硬い衝撃音が響く。

「ぐ――っ!」

 まるで石か、金属にでも打ち込んだかのような激痛が、ヘイスティングの腕を襲い危うく剣を取り落としそうになるのを耐えながら、安全と思われる範囲まで走り抜ける。


 ヘイスティングは後方を振り仰いで呟く。

「今の、手ごたえは……?」

 月魔は打撃の衝撃のためか、よろよろとその場で足踏んでいる。


 ヘイスティングの、屍を剣撃で打ち砕くというこの試みは、失敗したようだ。

 しかし、その様子を見ていた騎士たちは、撫で斬る角度で剣を当てれば僅かずつでも斬り裂けることに気付き、即座に実行に移した。


 一騎、また一騎と集団から月魔に向かって突撃していき、そのまま走り抜けて先にいる仲間と合流する。殆どの者がその僅かな時間にも呼吸することや、目を開いていることにまで苦痛を感じた。


 この作戦は雑ながら少しずつ効果が上がってきたらしい。

 月魔の本体は少しずつ切り刻まれ、その場で身体をぐらぐらと揺するだけで次第にその重さに耐え切れなくなってきたようだ。


 ほどなくして異形の月魔は、石畳の上へと崩れ落ちた。


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