一ノ六、レム
ギムトロスが驚愕の表情で言う。
「先ほどの雷の槍といい、お主。それがガーディアンの力なのか!」
ロロラトは夫の具合が良くなったのを見て目を丸くし、ダルデは納得したように何度も頷いた。
「ふむ、同じじゃ。レムも同じ力を持っておった」
ダルデのその言葉に、バーツとアーカンスが向き直った。
「レアム・レアドというのが、本当の名前なのじゃな?」
その声は先ほどよりはっきりとしている。ダルデは続けた。
「この二年、いずれこういう日がくるのでは、と思っておった。あのレムという青年が何者で、なんのために儂らの村に来たのか……わかる日が、な」
「そうか……レムはガーディアンじゃったのか」
ダルデは何度も頷きながら、呟く。
「儂らノア族も、タイレス族と同じ神を信仰しておる。儂らにとってもガーディアンは守護を司る戦士じゃ。そのことに十五年も気付かなかったとは、のぅ」
ダルデは顔を上げ、その視線でバーツとアーカンスを捉えた。
先ほどまでの病床の老人ではなく、族長の顔で言葉を繋いだ。
「さて、儂らから何を訊きたい?」
「……」
バーツはカップをテーブルに戻すと、酷く冷たい声で言った。
「奴を……レアム・レアドを倒す方法」
ギムトロスはぎょっとしてバーツを見たが、ダルデは冷静なままだ。
「レムを殺すとな?」
「生き死に関してはわからねぇ。ただ、奴がいる限り……戦が続く」
「ふぅむ」
「残念だけどよ」
バーツは言う。
「レアム・レアドってぇガーディアンは、タイレス族の間じゃああまりいい噂のねぇ奴だよ。奴は、この十数年ほどの間ずっと行方知れずだったんだ。ガーディアンの義務も果たさずに……」
「それが半年前にいきなり現れた。途端に戦がまた始まった」
アーカンスがバーツの後を繋いだ。
「この森からずっと東にいったところに、レミオールという中立国がありますね? 我々にとって信仰の中枢といってもいい国です。その国が、半年前に突然侵略を受けました。今も、そのまま戦闘状態が続いているのです」
再びバーツが言う。
「レミオールを救う為には、どうしてもレアム・レアドを排除しなくちゃならねぇ。俺は同じガーディアンとしてその使命を受けたんだ。なんでもいい、奴のこの数年の情報がほしい」
ダルデはしばし考え込んで顎鬚を撫でていた。
ギムトロスも眉間に皺を寄せて、腕組みをしている。
「……半年前、か」
ギムトロスも「うぅむ」とだけ唸って考え込む。
「レムが儂らの前から姿を消したのは二年前……それ以降は知らぬ」
ダルデの簡潔な答えに、さらにアーカンスが問う。
「ではその二年前の件。この村で、何がありましたか?」
「月魔じゃよ」
月魔、とは異様な魔力を纏った化け物の総称だ。
「当時はとにかく月魔がよく出没したものじゃ。そしてあの晩、儂らの村は月魔の大群に襲われて……村を捨てて逃げたのじゃ」
「その時、レアム・レアドは何を?」
ギムトロスが横から答えた。
「俺も、ダルデも……そしてレムも。村の男たち全員で戦ったのだが、どうにもならなかった。そして、レムが1つの提案をした」
「森の奥に、古の聖域がある。そこに村を移すのだ、と」
「従ったのですか?」
「あぁ……」
ギムトロスは沈痛そうに頷いた。
「レムは村人を逃がす間、一人残って月魔を食い止める策を打った。儂らも……無茶だとは思ったが従うしかなかった。そして――」
「そして?」
「……戻って、こなかった」
「……」
ギムトロスは大きく息を継いで続けた。
「死んだのだと、思った。待てども探せども、見つからなかったからな。あれ以来、皆イシュマイルの前ではその話はしないことになったんだ」
ギムトロスは締めくくる。
「……そういう、事情だ」
「ふぅ、む」
バーツは話しを聞き終わり、頷いた。
アーカンスは話しを繋いだ。
「死んだと思っていたが、生きていた……。レムは、レアム・レアドに戻って、レミオールに現れた、ということなのか」
「で……」
バーツが再び口を開く。
「イシュマイルってのは、何者なんだ?」
「……」
ダルデ以下、三人は顔を見合わせる。
ダルデが答える。
「あの子は、十五年前にレムがこの村に現れた時、連れていた赤子じゃ」
「どのような素性で?」
「孤児じゃと言う話じゃったが……」
ロロラトが口を挟んだ。
「あの子は、私たち村の女がレムと取引して、育てたんです」
「取引ってぇと?」
「全くの乳飲み子でしたから、すぐにでも乳をやれる女が必要だったんです」
ギムトロスが答える。
「レムが月魔から村を守る代わりに、赤子ともども村に住むことを許したんだ」
パーツがふと思い当たった。
「じゃあ、行方知れずになってた時期ってのは」
「この村で、俺と共に森の番人をしていた頃だろう」
ギムトロスが言う。
「森の番人、つまりレンジャーってのは村から少し離れた小屋で寝起きする。だからお互いに都合が良かったんだ。俺たちは他所者を村に入れずに済むし、レムもこの森に身を隠せる。……レムは、自分を魔物ハンターだと名乗っていた」
「ハンターですって?」
魔物ハンターとは、魔物を専門に狩る賞金稼ぎのことを指す。殆どが凶暴な野獣の類を相手にしており、月魔を扱うものは少ない。
「身を隠す、とは?」
「なんでもハンター同士のしがらみがあって、タイレス族の街に戻れないと言っていた。……事情を聞かなかったのは、揉め事に関わらない為だ。実際に狩りの腕も良かったから俺たちはレムを重宝していた」
ギムトロスの言葉をダルデが引き継ぐ。
「……レムは、儂ら村人にとって、仲の良い隣人だったのじゃよ。タイレス族の中でレムが何者であろうと、それは儂らには関わりのないこと……そういう付き合いじゃった」
「あぁ。そういや年の割りには物静かで……落ち着いたやつだったな」
二人は昔語りでもするかのように、淀みなく話した。
それは、二人が対等の立場である友人であると同時に、同じ疑問を長らく抱えていたことの証でもある。
レムことレアム・レアドを村に置くことを決定した二人は、タイレス族には関わらないといいながらも、レムの素性には疑問を感じていたのだ。
「……年の割に、ね」
バーツが不機嫌そうなため息を一つついた。
「一応言っとくけど、奴はあんたらよりうんと年長だぜ?」
ダルデ以下、三人は何のことか、という表情でバーツを見た。
「ガーディアンってのは……そういうもんなんだよ」
アーカンスは、そっとバーツの顔色を伺う。バーツは言うだけ言うと、またカップを手に取ってその残りに口をつけた。
「随分、印象が違うので……驚きました」
アーカンスが静かにつぶやいた。
「私はレアム・レアドを直接見たことはありませんが、聞いた話では歴戦の猛者で……最強のガーディアンだと」
バーツが続ける。
「……狂戦士」
「北の方の魔物ハンターたちは、奴をそうあだ名して恐れてたそうだ。最強にして、最悪のガーディアンだって」
「火の玉を飲み込んだ竜みたいな男だ、とも聞いたな。一見大人しいが、危険なんだと」
バーツは空になったカップをテーブルに戻した。
テーブルを覆っている染布の色は、炎のように鮮やかな赤だった。
「……物静かなんじゃねぇよ。奴は人間との間に距離を置き、常に感情が表に出ないんだ」
ギムトロスが思い当たったように息を飲み、ダルデもその言葉に頷いた。
「思い当たる節、なくもない……」
バーツが続ける。
「レミオールの領内に、ドヴァン砦っていう小さな砦がある。そいつがレアム・レアド一人のせいで、難攻不落の要塞になっちまった。……半年だぜ? 正規軍が半年かけても落とせねぇんだ」
アーカンスが苦笑交じりに続けた。
「騎士団が束になっても落とせない砦を、私たちは二十四人でなんとかしろって命じられたわけですからね。ヤケにもなりますよ」
ダルデとギムトロスは、想像もつかない様子で顔を見合わせた。
「それで……儂らをどうするね?」
「どうって? 人質にでもしろって?」
バーツの冗談とも取れない口調に、アーカンスの方が驚いた。
「お前さんのいう、レアム・レアドという男には、人質が効くのかね」
「さぁなぁ。顔色一つ変えねぇかもな。でも――」
思案顔で天井を見ていたバーツが、不意にダルデに向き直った。
「なぁ、族長さん。あのイシュマイルとかいう小僧、俺に預けてみないかい?」
「た、隊長?」
狼狽するアーカンスをよそに、バーツは説明する。
「会わせてみたい人がいるんだよ。俺の知る限り、レアム・レアドに最も詳しい人物だ。レアム・レアドを破るヒントが得られるかもしれない。それに」
「――イシュマイルもこのままずっとこの村で、てわけにいかないだろう?」
その言葉に、ずっと無言で聞いていたロロラトが身震いした。
彼女にとっては我が子同然に育てた少年を、とつぜん連れて行くと宣告されたようなものだ。