六ノ十、騎乗の邂逅
バーツ、アーカンス、イシュマイルの三人は、竜馬に跨って宿舎を出た。
アーカンスは、上官である団長ジグラッド・コルネスに聖殿に向かう旨を伝えると、一度遊撃隊の部下と離れた。残りの二十二人の遊撃隊は、今はジグラッドの指揮下で第三騎士団と共に行動している。
ドロワ市の街中は相変わらず人が多い。
中央の大通りに出ると、すでに道沿いに屋台が立ち始めていた。
「……あれは?」
イシュマイルが問うが、まだいつもの声の大きさではない。
「午後からアリステラ騎士団への壮行の儀式があるからね…多分ここを通るのだろうね」
大規模な催しではないが、本拠地へ帰還するアリステラ騎士団を市民を上げて見送るのである。軍隊のパレード行進など見たこともないイシュマイルには想像も付かないが、街の人にとってはちょっとした見物の種だ。
「多分、ドロワ城主も出てくるんだろうな」
バーツが遠くに見えるドロワの城を見ながら言う。
「城主?」
「昔の領主だな。今は評議会があるから政からは引いてるらしいが、人気はあるからな」
集まってきている市民の目当ての一つは、その城主を見ることでもある。
「そうなのですか」
横からバーツに問うたのは、アーカンスだ。
バーツは答えると同時に、イシュマイルにも説明する。
「ドロワ聖殿がまだ荘園を持ってた頃、そこを治めていた荘官の子孫なんだと」
バーツは続ける。
「その後、聖殿が荘園を放棄したんで今の評議会が出来たんだとよ」
街の歴史から考えても、相当古い家系ということになる。
彼らは経営からも政治からも一線を引き、有閑階級としてのみ存在しており、ドロワ聖殿との関係も深く、学問を奨励し、そのパトロンでもある。
「なるほど。精神的には未だ領主ということですね」
ドロワ市民の城主への愛着を、アーカンスはそう表現した。
ファーナムにはすでにそのような存在は居ない。
伝統や特権に守られた王侯貴族的な慣習を持つ家系というものは、すでに途絶えて久しい。
けれども資産的な面での支配階級はファーナムにも存在する。
彼らは議会の運営や街の商工にも深く関わっており、上下階級の格差というのは少なからずあった。
聖殿騎士団にもドロワ同様そういった富裕層、上流階級の若者が多く在籍している。
例えば、アーカンスなども豪商一族の出で、実家は評議会にも関わりがある。
通例ならそういった有力な家柄の子息というのは、多くは第一騎士団に集中して配属されるのだが、アーカンスはあいにく議員である親族が主流派と反目している影響もあって、第三騎士団(厄介者)に所属している。
入団当初はその居丈高な態度が災いして周囲と衝突を繰り返したが、バーツの部下となった辺りから変化が現れ、今では第三騎士団の中でも知られた存在となっていた。
そのアーカンスは、今聖殿に向かうにあたって、珍しく私服に近い格好をしていた。 急場なので騎士団から借り受けた装束は、あくまで私人としての訪問、という建前を表している。
バーツがファーナムの若者が好む遊び着のような服装であるのに対し、アーカンスのそれは若者が日常に着るにしては、やや改まった印象がある。
儀仗服とまではいかないものの、クラシックな騎乗服というのはドロワの新市街の子息の格好にも似ている。
そこへ、本物のドロワ良家の子息が通りかかった。
ヘイスティング・ガレアンだ。
ヘイスティングは部下を伴っており、両者は互いに竜馬に騎乗していた。対面通行が徹底している道の真ん中で、両者はすれ違うようにして出会った。
そして互いに竜馬をとめた。
「……ファーナム騎士団の遊撃隊隊長殿とお見受けしましたが?」
先に口を開いたのはヘイスティングの方だ。
このような真昼間に、一隊の長が私服で外出していることに不審を感じ、確認のため声をかけたのだ。
ヘイスティングはというと、未だ街中の警邏に付いているが、このあとのアリステラ騎士団への壮行の行事に出る予定がある。
「いかにも。遊撃隊隊長のアーカンス・ルトワといいます」
ヘイスティングは、ちらりとバーツを見、イシュマイルを見る。
「ドロワ第一騎士団のヘイスティング・ガレアン」
ヘイスティングは短く言い、両者が騎乗のままなこともあって握手は交わされなかった。
アーカンスは、察した。
ヘイスティングも他のドロワ市民同様、ファーナムにいい感情を持っていない。加えて、彼は相当プライドの高い貴族的な性格である、と。
アーカンスは問われる前に言う。
「今は私用でドロワ聖殿に向かうところです」
アーカンスはイシュマイルを視線で指し示して言う。
「この少年は先日ドヴァン砦から解放されたのですが、あまり体調が思わしくないようなので施療院に連れて行くところなのです」
ヘイスティングは視線をイシュマイルに移す。アーカンスの説明は白々しいものを感じたが、今は聞いておくしかない。
ファーナムの遊撃隊に、ノア族の装束の少年が混ざっているという話は、ドロワでもかなり知られていた。
そのイシュマイルが昨日裏通りで六人組と立ち回りをしたことまでは、ヘイスティングも知らなかったが、遊撃隊の噂というのは街を警邏している第一騎士団の耳にもよく入っていた。
ヘイスティングは、次にバーツを見た。
バーツはドロワではすでに有名人でもある。
ガーディアンという以前にも、情報屋の老婆が流した噂などから、シオンの出来の悪い弟子だとか、ファーナムでも素行の悪い騎士だとか言われていた。
ヘイスティングの目にも、今のバーツというのはその噂通りだと映った。
かなり不自然な三人組というほかない。
けれどヘイスティングはとりあえず、その場ではそれ以上訊かなかった。
「午後になれば慌しくなるだろうから、先を急がれるがよいでしょう」
そして言う。
「いずれ機会があれば、また――」
口にした当のヘイスティング自身、これが社交辞令だと思った。ファーナム騎士団も間もなくドロワを出ることになると、知っていたからだ。
ヘイスティングは冷ややかな眼差しを閉じて前方に向けると、再び竜馬を進ませた。彼の部下たちは、アーカンスらに軽く会釈をして通り過ぎる。
アーカンスらも竜馬を動かすと、その後ろで通行を待っていた荷車も動き出した。ガタガタという木の車が立てる音が後ろから聞こえる。
その音に紛れるように、バーツが小声でアーカンスに言う。
「……昔のお前みてぇだな」
アーカンスは予想通りのバーツの挑発に、今更乗るようなことはない。
「何の話でしょうか?」
「今のヘイスティングとかいう奴。俺の隊に来た当初のお前にそっくりだなって言ったんだよ」
イシュマイルが興味あり気に二人を見た。