六ノ五、タナトス・アルヘイト
アルヘイト家の三兄弟は、すべてガーディアン適合者で高い能力を持つ。
彼らは一様にガーディアン訓練を受けたが、最終的な段階まで継続したのはタナトス一人のみだ。
優れた適合能力を持つタナトスを称して、人々が言ったことは「ガーディアンと成れば、第二のレアム・レアドと成るだろう」という、タナトスにとっては屈辱的な表現だった。
レアム・レアドが、未だにノルド・ブロス領内においても悪評が高いことと、タナトス自身も何者かの名前で呼ばれることを嫌ったからだ。
けれどタナトスはそれを口にはせず、表向きには素知らぬふりをしていた。
タナトスはこの城中にあって、道化を演じていたからだ。
「失礼いたします」
開いたままの扉の向こうから、声がした。
タナトスとカーマインが扉の方へと視線を向けると、一人の小柄な男が扉の影からわずかに姿を見せる。
「タナトス様。皇帝陛下のお召しです……」
男はひっそりした声でそう告げると、低く頭を下げた。
「……ごくろう」
タナトスは短く答えると、カーマインを見下ろす。何かを言い含めるような眼差しに、カーマインはただ頷く。
わかりました、と答えるような仕草だ。
タナトスは、カーマインの椅子の肘置きに腰掛けていたが、その場から離れて扉へと歩き出す。
その背にカーマインが声をかけた。
「兄上。……ご無理なさらず」
タナトスはわずかに笑みで答えただけで部屋をあとにした。
「……」
カーマインも椅子から立ち上がる。
タナトスの計画を遂行すべく、別の部屋へと向かった。
兄の命じることはときおり相当な無理も含まれているのだが、カーマインはそれを実行に移せるだけの力のある人物でもある。
カーマインは兄・タナトスの僕にして、表の顔のような男だ。
タナトスの底知れない部分に畏怖を感じ、自分にないアンバランスさに魅力を感じている。
一度これと決めた相手に盲目的に忠誠を誓うというのも、龍人族の特徴である。
カーマインはその容姿が若き頃の父・アウローラに似ていることもあって、家臣はじめ人々の前に立って道導になるのは、いつもカーマインの方だ。
今のアルヘイト家は、実質この二人によって動いている。
では当主であり皇帝である、アウローラ・アルヘイトはどうしているのか。
答えは、彼の寝室にある。
アウローラ・アルヘイトの部屋は、石壁に囲まれた広い部屋で、城の塔でも特に高い位置にある。
室内は厚手のカーテンや布地に覆われていて見た目に豪華なだけでなく、一定の温度や湿度が保たれていて、外の環境の割には過ごしやすくなっている。
室内にはアウローラの付き人と、複数の医師、その助手らがいる。
アウローラ本人は、もうかなり長い間ベッドの上だ。
以前はその状態からでも息子たちに指示を出し、国政を仕切っていたが、最近は殆ど昏睡が続いている。
老医師が傍らの家臣に問う。
「皇太子様はいずれに?」
別の医師が言う。
「今宵はあまりおよろしくない……薬を」
「承知いたしました」
助手らしい男が答え、後ろに下がると棚を開いて何かを探し出す。
すっかり見慣れてしまった、いつもの光景が繰り返されている。
そこへ、タナトスが到着した。
「父上の容態は?」
部屋に入るなり医師らに問うタナトスは、女性祭祀官の衣服を見に付け裾捌きも慣れたものだ。
「おぉ、タナトス様」
「今宵は月が近うございまして、あまり……」
「芳しくない、か……」
タナトスはその表情を曇らせる。
そしてタナトスが父のベッドへと近寄ると、張り付いていた医師たちも道を譲るように左右に分かれた。
「……」
タナトスは病床の父の顔をしばし、じっと見ている。
タナトスは医師ではないが、ことガーディアンという人種の状態に関しては、医師よりも理解が深い。
タナトス自身は正式なガーディアンではないが、ほぼ完成されたガーディアンでもある。
三兄弟がガーディアン訓練を受けながら、全員がそう成らなかったのは、他ならぬアウローラの指示による。アウローラは自らのガーディアンとしての経験を踏まえて、より実の部分だけを息子たちに分け与える選択をした。
それに協力し、半ば利用されたのが、ウォーラス・シオンだ。
タナトスは父の顔を見ていたが、医師たちに振り向いて言う。
「……わかった。薬を処方したら退出してくれて結構だ。あとは僕の術で保たせよう」
「恐れ入ります」
付き人たちは、タナトスに一礼する。
タナトスは長い裾を引き、ベッドの脇に腰を下ろして父の顔を見た。
その横を部屋の者たちが通り、退出していく。
女装のタナトスがベッドに斜めに腰掛けている後姿というのは、見た目にも全く女性にしか見えないが、周囲の者はこれを見慣れている。
それは彼らが今のタナトスの姿に、とある女性の面影を思い出すからで、タナトスを見ているという意識が薄くなるせいかも知れない。
タナトスの目的の一つは、この女性にすり替わることである。




