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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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六ノ二、檻の外

「そうだな……何かが変わるかもって軽い気持ちでガーディアンに成ったけど……余計いびつな世界に足を突っ込んだだけかな」

「いびつ……?」

 イシュマイルは、タナトスを見る。


 タナトスの声音に、僅かながら過去の様子が伺えた。

 イシュマイルは多少の興味は惹かれたが、それを訊くことはしなかった。あまりいい思い出話でもなさそうな雰囲気がしたからだ。


 タナトスは苦笑しながら、食べ終わった包みを畳んだ。

「だから、ガーディアンを名乗るには失格なくらい、なんにもしてないよ。今の僕は掟よりも、自分の目的の方が大事なんだ」

「……」


 イシュマイルは、改めて間近に座っているタナトスを見る。

 タナトスの身に纏う異国風の衣服を、イシュマイルはドヴァン砦で見た記憶がある。騎乗服に似ていて裾が長く、重ね着し頭には布の額当を付けている。


 タナトスは見事な銀髪を長めに伸ばしていて、肌が抜けるように白い。

 むしろ男装した女性といった風情で、女性にしてはやや声が低く男性にしては相当華奢だ。

 タナトスはそれ以外にも、装飾品や柄物などを大仰に身に付けていて、ガーディアンというより酒場辺りで遊んでいる若者のように見える。


 人懐こい口調やくだけた態度などはバーツやライオネルと似た雰囲気はあるが、彼らと比べると作り物のような違和感もある。


「……目的って?」

 イシュマイルは遠慮がちに問うたが、タナトスはそれを待っていたかのようにためらわずに答えた。

「捜してる奴がいるのさ」


 タナトスはイシュマイルの問いを受けて、唐突に流れるように話しだした。

「ずっと捜しているんだよ」


「僕と同じ境遇で、同じ力を持って生まれた……兄弟みたいな存在。……いや、もっと近い、片割れみたいなものかな」

「……え?」

 イシュマイルは意味がわからず、ただ聞き返す。

「居るんだよ、そういう存在が……。それを知ったのはガーディアンになってからだけど向こうは多分、知らないだろうな……」


 タナトスは、一度口を開くと立て続けて話しだした。

「そいつを見つけて、仲間にする。今はどうでも……必ず、仲間にさせる。同じ目的をもった半身が、僕には必要だ」

「……」

 イシュマイルは、その様に圧倒されるようなものを感じた。

 タナトスの吐ききるような口調は、彼がそれを本気で願い焦がれている証拠だ。


 そして、タナトスは本当にガーディアンなのか、とすら思う。

 タナトスは、今まで会ったガーディアンの誰とも似ていない。

 完全に個人的な目的で動いているらしいが、その動機や思い込みにはやや逸脱した感がある。


 タナトスからはそれまでの柔らかい物腰が消え、切り込むような鋭さがあった。

 あるいは、これがタナトス本来の姿なのかも知れない。そう思うと今までの芝居がかった彼の全てが、完璧すぎて不気味に思える。

 イシュマイルは、僅かながら寒気を感じた。


 タナトスは言い終わると、しばし彼方の空に睨むような視線を向けていたが、不意に小さく噴出しイシュマイルに視線を戻した。

「……君、ホントに面白いな。そう緊張しなくてもいいのに」


 イシュマイルはまだ感覚が戻らないのか、複雑な顔をしてみせる。

 タナトスは言う。

「君は……街の人間とは少し違うよね」

「……? 何が言いたいんだよ、さっきから」


「そうだなぁ。いうなれば街の人は檻の中。君は、外にいる獣みたいな感じかな」

「……褒めてないね、それ」

 タナトスはイシュマイルに微笑むが、イシュマイルは相手の意図がわからない。


 タナトスは言う。

「僕はさ、ずっとノルド・ブロスの絶壁みたいな町で暮らしてたから……こう、平地に人間の家が立ち並んでるのって、信じられなかったんだよね」


「絶壁?」

「僕らの街は崖にあるから、崖から崖に移動するのは、いつも翼竜の背に乗って移動する。この街みたいに竜が馬車を引いたり出来る場所は、少ないね」

 そして付け足す。

「あ、翼竜ってのは翼があって、空を飛ぶ竜のことだよ。人間の種類より竜族の種類の方がずっと多くて、姿もまちまちだ」


 タナトスは続けた。

「タイレス族の街は横に広がってるけど、龍人族の街は縦に伸びてるんだ。竜の巣穴みたいに」


「……龍……人族?」

「ノルド・ブロスに住んでる人の種族の名前だよ。……知らない? 大昔から、ずっと竜と暮らしてたって言われてる」

「……」

 イシュマイルの無言の反応に、タナトスは小さく笑って言う。


「まぁ、タイレス族の土地に滅多に龍人族は居ないからね。会ったとしても気付いてないのだろうよ」

 タナトスは含みのある口調で言った。


 イシュマイルは、それをタナトスも龍人族ということだという意味に受け取った。

 思い返せば、先日会ったライオネルと髪の色など似た点が多いように思う。


(じゃあタナトスは、ノルド・ブロス帝国の人なのか)

 釈然としない表情を浮かべるイシュマイルに、タナトスは見透かすように答える。

「……もっとも。どこで生まれようと、ガーディアンになれば関係ないけどね」


「つまり、僕も檻の外の人間ってことさ。この街ではね」

 タナトスは言う。

「……君は、他の街の人と違って、落ち着きがないよ。さっきの件のせいもあるだろうけど……変に緊張したり、かと思うと親しげにしたり。まるでこの街に慣れていないみたいだ」


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