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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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五ノ十、双牙刀

 前置きなく斬りかかってきた相手に、イシュマイルも相手の本気を見て気を張り詰める。彼らの目的は金品ではなく、イシュマイルに攻撃を仕掛けることそのものらしく、イシュマイルにもこんな事態は初めてのことだ。

 この上は肝を据えて立ち向かうしかない。


 次の男も、同じ結果となった。

 イシュマイルは一瞬身を返しただけで相手の剣をかわし、さらに羽織っていたマントをその場に捨て、後ろに下がる。


 今のイシュマイルにとって怖いのは、相手の剣よりも、その手に掴まれて動きを止められることだ。マントを脱いで身軽になったイシュマイルは、後ろずさって壁の前へと逃げる。


 この通りは何かの店の裏なのか、辺りには樽だとか木箱といったものが無造作に置かれていて、剣を前方に構える男たちはその行く手を阻まれやすい。

 三人目に前に出てきた男の剣を、イシュマイルの双牙刀が挟み込むようにして、斬り折った。


 双牙刀は月のように反った刃と、曲がった鍔を持ち、装飾的なナックルガードは拳を守る役目がある。

 手を傷めずに獣の牙を受け止めることも出来る双牙刀は守りの武器であるが、その特殊な鋼鉄は切りつける威力も高かった。


 イシュマイルが両の手を振り回すと、その手に握られた刃が、かまいたちのように相手の腕を斬り裂いた。

 非常に不規則な動きで、それは男たちの構える剣の死角を突く。


 イシュマイルは気が付いた。

 男たちが剣しか使って来ないことと、彼らは戦い方は身に着けているが無法な喧嘩屋ではないことを。

 イシュマイルは動物や魔物の群れと戦った時のことを思い出し、考える。


 目の前の男たちはイシュマイルを包囲しているが、獣のように一斉にかかってくるということは、まずない。


 道幅は狭く、最初は四方から囲まれていたイシュマイルも、今は前後に挟まれた形になっている。男たちの剣はある程度の長さがあり、街中でも振り回せるが複数で斬りかかるには長すぎる。

 イシュマイルに斬りかかる前に、味方を傷つけないためには味方との距離をとる必要があって、それは結局一人ずつしか攻撃できないということだ。


 イシュマイルは向かってくる男の懐に飛び込んで、これを一人ずつ戦闘不能にしていく戦法を取った。


 イシュマイルは考える。

 人数は見えているだけで六人。

 うち三人は武器を使えない状態になって、後ろに下がった。


 残りは三人だが、まだイシュマイルを囲んでいる。

 後ろに下がった三人も、もし素手でかかってくるようならばこれは手に負えない。武器を持たない相手の方が厄介な時もある。


 イシュマイルは身構え、男たちに言う。

「……これがノアの双牙刀だ。切れ味は、わかったよな?」


 見え透いた脅しであるが、目の前で剣が斬り折られた衝撃は男たちには効いたようだ。

「……話が違うな」

 そう呟く声が聞こえた。


(話……?)

 イシュマイルは不審に耳を傍立てたが、男たちは言葉少なだ。

「そのようだ」

 最初に口を開いた男がそう呟くと、その男は不意に剣を下ろし、その場から離れた。それを見ると他の男たちも向きを変え、それぞれかイシュマイルから遠ざかり、方々へと走り去った。


「……」

 イシュマイルは、しばし辺りを警戒する。

「……あれ?」

 男たちはすっかり逃げ去ってしまったらしく、もう気配もない。

「何なんだ……今の?」

 イシュマイルは身構えていた姿勢を戻し、双牙刀を鞘に収める。


 落ちていたマントを拾いに行こうと歩き出した時――頭の上から音がした。

 それは、誰かの叩く拍手の音だ。


 イシュマイルが身構えて上を向くと、その建物の屋根の上に、一人の姿が見えた。その人物は屋根の上で腰をかけて、拍手をしている。


 若い男の声がした。

「いやぁ、驚いた。加勢しようか考えてる間に、終わっちゃったよ」


「誰だ!」

 イシュマイルが、まだ警戒の残る声を張り上げると、その人物はゆらりと立ち上がる。

「そう怒鳴るなよ。周りに響くだろ? ……今降りる」

 そういうとその人物は、三階ほどの高さの屋根からひらりと飛び降りて、石畳に降り立つ。

 イシュマイルは気付く。彼もまたガーディアンであることに。


 それと同時に、イシュマイルは別の疑問を感じて黙り込んだ。

 その相手が女性なのか男性なのか判断しかねたからだ。


 先ほど屋根の声を聞いた時は男性だと思ったが、いざ目の前に現れたその姿は、イシュマイルの目には女性に見える。見た目の年齢や身長はイシュマイルより少し上といったところか。


 彼はイシュマイルが自分の顔を凝視しているのに気付いて、苦笑する。

「うん? どこかで会いましたか、なんて言うなよ?」

 そして自分の胸元に手を当て、名乗った。


「僕は、タナトス。一応ガーディアンやってるよ。……君、ノア族がどうのって言ってたけど、なんで絡まれてたんだい?」

 そして握手をしようとしたか、イシュマイルに手を差し出す。


「……ガーディアン……タナトス?」

 イシュマイルは、まだ警戒していて、身動きしなかった。

 タナトスという名前に、そしてその素振りに、何かが頭を掠め危険を告げるのだが、それが何なのかはっきりとしない。


「何だよ? 怖い顔して」

 タナトスはしばしイシュマイルの行動を待ったが、何かに思い当たったのか「あ」と小さく声に出した。


「もしかして君、ガーディアンは嫌いかい?」

 自嘲気味に、しかしどこか挑発的な声音で若者はイシュマイルを見下ろした。


 牽制されている……。

 そうイシュマイルは感じて、一歩後ろへと下がる。


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