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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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一ノ四、バーツ対イシュマイル

 イシュマイルは数歩後ろに飛び退いて、バーツとの距離を図っていたが、相手が姿勢を変えないのを見ると、構えていた棒を鋭く持ち直し、自ら飛び込んで最初の一撃を狙う。


 一つめが軽く打ち払われると、今度はその反発を利用して二度目三度目と器用に棒を振り回した。

 イシュマイルは足を使って小回りを効かし、体重を乗せて打ち下ろす。その様は、先ほどの「白い影が木々の中を飛び回る」という話が事実であると納得させた。


 だがバーツはそれをいともたやすく返していった。

 片手の手首だけでもって、様々に変わる角度の攻撃を撃ち流し続け、隙をみてしなる様な一撃を真一文字に払った。


 鞭のように延びてくる衝撃に、イシュマイルは防ぎ止めはしても弾かれるようにして軽々と飛ばされる。

 そして空中で身を捻って着地すると、木の幹を蹴り、また間髪入れずバーツに向かっていく。その動きは先ほど師匠のギムトロスが、樹上で見せたそれよりも機敏だ。


 イシュマイルは果敢に向かっていったが、傍目に見ても技量の差は歴然。内心は焦りに取り付かれて一杯になっていた。

(なんて遠いんだ……!)

 目の前にいる男には、まるで霧か幻のようにイシュマイルの攻撃が届かない。


 勝負を見守っていたアーカンスは、バーツが何かを探っているのに気付いた。

(おかしい……バーツ隊長にしては、冗長だな)

 バーツの意識は目の前のイシュマイルだけでなく、この周囲全体を包むように広がっている。


(やっぱりな……)

 バーツは心中で呟き、一つの答えを見出していた。

(感覚が狂うのは遺跡のせいかと思ったが……)

 そして別の疑問が頭をもたげる。

(もしや、レアム・レアドの奴……!)


 ギムトロスにもその気配は伝わった。

 そして当のイシュマイル本人にも。

 バーツはイシュマイルを試している。その為にこの一騎打ちを演じたのだ。

(なんて深いんだ)

 どうやってもイシュマイルの技はバーツに届きそうになかった。


 レンジャーとしての経験が浅く、人間相手の戦いに慣れていないイシュマイルは冷静さを保てなかった。焦りがそれを顕著にした。

 自分がここで負けると、他民族の兵隊を村に入れることになる。自分は役目を果たせないかも知れない。それは、イシュマイルがこれまで経験したことのない危機感だった。


 そして意識が乱れて攻めが粗雑になると、すかさずバーツの重い一撃が降りかかってくる。中途半端な防御でまともに一撃を受けてしまうと、ただの棒きれは脆くきしみ、武器としての威力を失った。

 打ち合えばいくらと保たずに折れてしまうだろう。


 咄嗟にイシュマイルは飛び退き、その身を低く構えた。

(まだだ。まだ終わってない)

 両手が屈んだ腰に延び、一対の武器の柄を掴んだ。


 再びイシュマイルがバーツに向かっていった時、その両手には三日月のように曲がった山刀が握られていた。その威力は撫でるように掠っただけで、バーツの持つ棒切れを三つに分断した。今度はバーツが危険を察して飛び退く番だった。


「――隊長っ!」

 異変に気付いたアーカンスが、剣を抜いて止めに入ろうとした。

が、武器を変えたイシュマイルの動きは隙がなく、アーカンスは飛び込むタイミングを計れない。

 両手に曲刀を構え、駒のように繰り出す様は疾風の如き勢いで、師匠のギムトロスでさえ、この事態に驚愕したまま動けずにいた。


「はっはっは! 面白ぇ武器だな!」

 緊張したその場の雰囲気にそぐわない笑い声を立てたのは、ほかならぬバーツだ。

「それが噂に聞く、サドル・ノアの双牙刀か!」

 なおも愉快そうに声を上げ、バーツはその動きを止めた。


 そしてイシュマイルが刃を向けて飛び込んできたとき、掌を彼へと向けた。


 掌で刃が止まるはずがない。

 だがイシュマイルの刃が届く寸前、掌からまばゆい光が放たれた。


 その場にいた全員が一瞬にして目が眩んだが、光の中に確かに槍のような何かを見た。

 光の槍はイシュマイルの刃を受け止め、反発するかのような明るい火花を伴ってこれを跳ね返した。


 イシュマイルはそのまま後ろへと吹き飛ばされた。

 抗えない力に押し戻されて、イシュマイルは木の幹に背中を強く打ち付け、地面へと落下した。なぜだか身体の自由が全く利かず、まともに身体をぶつけてイシュマイルはしばし昏倒した。


 遊撃隊の兵士たちも目をこするような仕草をし、アーカンスは顔をしかめて視線を戻す。

 ギムトロスは今見た光景に、信じ難いといった表情のままだ。

「いかずちの……槍?」

 ノア族に伝わる古い伝承にある記述と、同じ物を目にしたからだ。そしてこれと似た光を、過去にも見たことを思い出していた。


「……まだ、まだだ!」

 イシュマイルが再び起き上がって、双牙刀を握り締める。

 身体は痺れて自由が利かなかったが、気迫だけで立ち上がり三度バーツに挑みかかっていく。


 先ほどまでの技のキレはなかったが、その負けん気の強さにさすがのバーツも真顔になった。長身のバーツは素手のまま、イシュマイルの一振り一振りを踊るようにかわした。

 木の幹や、遺跡の石や、深い草で、二人の足場は悪かったが、彼らは四方に目が付いているかのように、それらを巧みに蹴って飛び回る。


 アーカンスにとってその光景は、いつものバーツの姿と同じではあったが、見事というより気味の悪いものに映った。彼らの闘う様は、もはや自分たちとは次元の違うものに感じられたからだ。


 何度目かのイシュマイルの攻撃に、それを避けたバーツの頬を木の枝が叩いた。目の近くを掠ったそれは頬に擦り傷を作り、血がにじむ。

「……おっと。遊んでる場合じゃねぇな」


 バーツは埒が明かないとばかりイシュマイルの刃をかわし、その腕を取った。そして襟元を掴むとその体を軽々と宙へ放り投げた。

 イシュマイルはまたも器用に空中で体勢を立て直し、木の枝を蹴って今度は地面に着地した。

 が、バーツの姿がない。


「悪く思うなよ?」

 不意に背後から声がして、振り向く間もなく羽交い絞めにされた。

 細い首は、がっちりとバーツの手に鷲掴みされている。少しでも力を篭めれば意識を失うに違いない。

「……くっ」


 勝負がついたかに見えた。

 遊撃隊の面々がほっと一息ついたが、イシュマイルはまだ自由の利く両手を闇雲に振りかざした。

「おぉっと、危ねぇっ!」

 バーツはぱっと手を離してその場をかわした。


「くそォ! まだだ、まだ闘える!」

 イシュマイルは声を張り上げたが、それをギムトロスの大音量が遮った。

「――待てぇい! イシュマイル!」

 怒号が辺りに響いた。

「この勝負、お前の完敗だ!」


「ギムトロス……っ!」

「命があるだけ有難いと思え!」

「く……」

 他でもないギムトロスに命令されると、イシュマイルは大人しく従うしかない。レンジャーとしての責任者に、その後始末を任せるしかなかった。


 ようやくイシュマイルは両手を下ろし、観念したように双牙刀を地面に置いた。

「ふう」とバーツが息を吐き、アーカンスもようやく剣に置いていた手を離した。


 ギムトロスがバーツに向き直って謝罪する。

「弟子が失礼をした。武器を取り出した時点で取り押さえるべきだった」

「あぁ、構わねぇよ。最初からルールなんてなかったろ?」

 バーツは相変わらず楽しげに笑っている。

「それよか、約束通り一発入れられたんだ。俺は帰るとするぜ」

「……?」


 バーツは頬の傷を手の甲でぬぐい、その血を一同に見えるようにかざした。

「見なよ、二枚目のツラに傷付けてくれたんだ。出直すとするか」

 なんのことか、と怪訝に見るギムトロスを置いて、バーツは兵士たちの方へと歩き出した。


 その背を、イシュマイルが呼び止めた。

「待て!」


 負けてなお、少年の眼は怒りに似た光を失っていなかった。

「その傷は! さっき木の枝にぶつけて出来たものだろっ? なんでそんな嘘をつく!」

 バーツはイシュマイルを振り返り、挑発するような笑みで嘘吹く。

「へぇ? そりゃ気付かなかった」


 イシュマイルはむっとしたが、その怒りを無視することにした。

「……村まで案内する。付いて来い」

 高飛車に言い放って背を向けたイシュマイルに、ギムトロスの方が驚いた。

「おい、イシュ……」

「今ここで追い払ったって、また何度だって来るんだろう? 付き合っていられないよ!」


「……ばれてますね」

 アーカンスが冷静に呟き、言われたバーツは苦笑した。


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