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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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五ノ八、門(ゲート)

 レアム・レアドはレミオール大聖殿の一室で、ただ窓の外を見ている。

 何を見、何を考えているかなどは周囲の者にはわかるはずもないが、傍目に見ても無防備な姿に見えた。


 その背後に、一人の女性が姿を現した。

 先日レミオール大聖殿の前でレアム・レアドとオルドラン・グースを迎えた女性だ。

 この女性もまたオペレーターである。

 彼女はハルピア・ハーモッドという名で呼ばれていた。


 ハルピアは、レアムに状況を報告する。

「ドヴァン砦の捕虜と人質全てが解放されました」

 そうハルピアは伝えた。


 レアム・レアドは振り向くこともなく、その言葉を背で聞いた。そうなることを知っていたかのように、レアムは動じない。ハルピアは、必要な報告を終えてもなお物言いたげな瞳でその場に残っていた。


 窓の外を見つめるレアムの背中がいつになく小さいことに気付いて、ハルピアは彼女らしからぬ表情を浮かべる。

「……私は、とんでもない人選ミスをしたのかも、知れない」

 ハルピアは、その澄んだ声で静かに呟く。


 幼い娘の頃、その美声から「ドロワの歌姫」とも呼ばれたハルピアは、ドロワの下町に生まれ、その孤児院跡の神学校で育った。

 広い意味では彼女もシオンの弟子といえる。


 今でもシオンその弟子だったライオネルらと交流があり、レアム・レアドとも幼い頃に会っている。今ではレミオールのオペレーターや祭祀官の中でも、中心的な人物だった。


「あなたには」

 ハルピアが続ける。

「弱点なんてないって……そう思っていました」


「どんなことがあっても……なにを置いてでも、拝殿を守ってくれる戦士である、と……そう思ってきました」

 ハルピアが睫を伏せると、けぶるように翡翠の瞳に影が射す。

「少なくとも……昔のあなたはそうでした」


 耳に心地良い声を発する彼女の姿は、一人の女性というよりも美しい陶器の人形のような、中性的な美を持っている。


「今は、隙だらけですね……何に怯えているんです?」

 口から零れる言葉は美しくも、鋭い。

 レアム・レアドはその言葉を背に受けて、なおも身動き一つしない。


 二人の再会は、二年前のサドル・ノア村へ月魔襲来の直後だ。

 あの魔物との戦いでレムことレアム・レアドは重い傷を負ったが、エルシオンには戻らずレミオールにて有志の祭祀官たちに助けられた。


「あれは、エルシオンのお導きかと思いましたのに……」

 ハルピアは、そう回想する。


 戦いなどで消耗したガーディアンの生命力は、エルシオンでのみ回復できる、と言われている。しかし現実にはシオンがバーツを治療したように、聖殿でも似たような処置を施すことはできる。


 例えれば、聖殿で行うのは軽度のリペアで、エルシオンで行われるのは完全なリセットだ。


 レアムは自らの意思で、もう永らくエルシオンに戻っていない。

 この二年ほどの間、秘密裏にレアムを匿いその身体をリペアし続けてきたのも、レミオール大聖殿の祭祀官とオペレーターたちだった。


 レアム・レアドはその間にレミオールを拠点に密かに活動し、ライオネル・アルヘイトと接触を持って、現在に至っている。ハルピアは、いうなればドヴァン砦の三人目の守護者ということになる。

 そしてそれは彼女自身の意思でもある。


 オルドラン・グース氏という、ドロワ市の要人を預かっていることからも、それが伺える。


 今になり剣と頼むその戦士の強さに、ハルピアはほころびを感じ取っていた。

 レアム・レアドの狂戦士としての側面しか見知っていないハルピアには、その理由がわからない。

 否、わからないフリをしていたい。


 レアム・レアドはハルピアに背を向けたままでいたが、彼女がその場を動かないのをみると、自分からその部屋を出て行こうとした。

「――レアム!」

 ハルピアが声を高くする。

 レアムはようやく口を開いた。

「……砦に、戻る」


 ハルピアはなおもレアムにいい被せた。

「砦に戻っても、もう誰も居ませんよ?」

「……」

 ハルピアが言ったのは、残っている守備隊のことではなく、解放された捕虜や人質のことを指している。レアムは、その紫の瞳をハルピアに向けたが、彼女の顔を見たわけではない。

 そしてそのまま扉へと歩き出す。


「ライオネルが」

 ハルピアはもう一つ、報告を繋げた。

「ドヴァン砦の、橋を……落としたそうです」

「……」

 レアム・レアドには、あまり興味のない報告だった。

 そしていつも通りの迷いのない足取りで、部屋を後にした。


 残されたハルピアが私情に浸ったのはほんのわずかの間だった。彼女は元通りのオペレーターの顔に戻ると、今の状況を冷静に考える。

 レミオール大拝殿を戦火から守るには、次の一手はどう取るべきか。

 幸い、ハルピアにはまだその選択肢が複数ある。


 レアム・レアドは、一直線にレミオール大聖殿の奥に向かった。


 その先には巨大な装置がある回廊がある。

 いくつもの入り口が並んでおり、レアムはそのうちの一つに入っていく。

 扉がひとりでに開き、レアムは奥へと進む。


 ちょうどシオンとバーツがドロワ聖殿でリフターを使って移動したように、この回廊にも移動のためのギミックがある。ドロワと違うのは、その充実した設備の種類と広さだ。

 バーツたちが使ったような部屋に似ているが、もっと殺風景で少しばかり広い。


 その何もない空間に、レアム・レアドは一人で佇む。

 ほんの数秒の間。

 再び扉が開いた時、そこにあるのはドヴァン砦の内部の景色だ。

――レアムが使ったのは、門。


『ゲート』と呼ばれる転移装置で、シオンがオペレーターにオーブを預けて、エルシオンに送らせたのと似ている。

 ゲートは大陸に十二箇所ある聖殿同士を結ぶものでもある。


 オルドラン・グースをレミオール聖殿に運ぶのに竜馬車に頼ったのは、このドヴァン砦用のゲートが片道移送になっているからだ。

 これも砦に仕掛けられた仕掛けの一つで、ドヴァン砦は物資や人の移送を受ける点で他より有利だ。


 ライオネルが先だってレアム不在の砦にあっても余裕をもっていられたのは、この装置の存在があったからだ。

 ともかくも。

 レアムは瞬きほどの時間で、レミオール市国からドヴァン砦へと移動した。


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