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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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五ノ七、星の海

 その頃。

 はるか離れたレミオールでも、同じく後悔の眼差しで景色を見つめるガーディアンが居た。

――レアム・レアドだ。


 レアム・レアドは戦のあと、しばしばこうやって抜け殻の如く佇んでいる姿を、多くの人目に晒している。

 レアムに畏敬の念を感じ、あるいは信服する者たちはそんな姿を見て口々に語り勝手な偶像を作り上げてきた。けれどレアムの瞳はそんな人々はおろか、窓の外の景色すら見てはいない。


 先日の僅かながらの邂逅は、レアム・レアドに相当の変化を及ぼしていた。

 流れが変わってきたことに気付いたのはレアム本人の他、その周囲にいる人々も同じだ。ライオネルやハルピアなどもその気配に気付き、対応を変えようとしていた。


 今のレアムはただ、ライオネルからの次の指示を待ってここに留まっている。そして過去の記憶、サドル・ノアの村にいた頃の出来事のことを思い起こしていた。


 思い出す、というのは動物的にみえてその実、機械的なものかも知れない。

 突然蘇る記憶によって揺さぶれらるのは感情であるが、作用しているのは肉体の構造や、変化し続ける環境かもしれない。


 夢も同じだ。

 イシュマイル――イシュがまだかなり幼い頃のことだ。


 イシュはその頃、村の一角に小さい家屋を与えられていた。

 レムとギムトロスがレンジャー小屋にいる間、ロロラトたち村の女がここに来てイシュの面倒を見るための家で、レムもたまに村に戻ればそこを家としてイシュと短い時間をここで暮らした。


 この頃になるとレムも幼い子を寝かしつけることに慣れて、イシュが寝入ったベッドの横で本などを片手に静かに夜を過ごすなどしていた。


 ある日。

 大人しく寝ていたイシュが、突然起き出してきて訴えた。

「怖い夢をみた」と言う。

 そして自分の毛布を持ってレムの傍らに来て、寄り添うように丸くなった。


 レムは幼い子供の行動を何というわけもなく見ていたが、イシュが語る夢の内容に、衝撃を受けた。


 イシュは寝ぼけた子供の声で、途切れ途切れに語った。

「大きな船……黒い海……」と。

 イシュの語った夢の内容は、このようなものだ。


 満天の星と、それを映す夜の海の上を、大きな船が渡ってくる。

 その船は巨大で無数の窓があり、その全てが明るく輝く。


『それはまるで、星の海を渡る石の船のようだ』


 これは、古い石船の伝承にもある一節だ。

 敬虔なタイレス族ならば、これを聖典の中の事実として胸に刻んでいるかもしれない。


 だが、イシュはそれを夢に見た。

 そしてその内容は、レムも何度も繰り返して見た夢と酷似している。

 おそらく殆どのガーディアンが見るだろう夢の内容の一つで、ガーディアンたちはこれを通過儀礼のようなものだと、受け取っていた。


 レムは恐れた。

 イシュが見た夢は、偶然なのか。

 何かの知識を得て、それを夢として見ただけなのか。あるいは、その能力の一つとして……?


 イシュにガーディアンの素質があるとしても、この年齢でその夢を見るというのはそうは在り得ない。

 ガーディアン共通の夢を見る者は、ガーディアンという精神的な繋がりの中にその身を置き、ある程度の修行と知識が必要だ。


 子供が無意識にリンクできるものではなく、もしそのようなことが出来る子供がいるとしたら、その子の可能性はむしろ危険、ということになる。

 エルシオンに半ば造反している身であっても、ガーディアンとしてレムはその見極めをしなければいけない。


 レムにとって恐ろしいのは、それが疑問や危険を呈示する事柄ではなく、すでにレムの中にあった結論を確信させるものでしかないことだ。

 イシュの身に起こることの一つ一つが、自分の直感の正しかったことを証明していく。それは、レムにとって受け入れがたい現実を突きつけるものだった。



――時は流れて、レムとイシュは別々の方向に進んでいた。

 レアム・レアドに戻り、再び昔馴染んだ戦いの場に降り立ったが、過去に置き去った気懸かりは容赦なく追い付いて来た。


 あの日。

 ドヴァン砦でバーツたちと戦った時。

 レアム・レアドは同じ戦場にいたイシュマイルの存在に気付かなかった。


 半ばトランス状態にはあったが、レアムは感覚的に戦場にいたガーディアンや、他の兵士の中でも能力の高い者の気配を掴んでいた。既知の者がいれば、その波長も把握しているつもりだった。

 けれど二年の間にイシュマイルは成長し、レアムの知るイシュの気配とはかなり違う戦士となっていた。


 レアムが南側に来た時、イシュマイルがすでに気絶していたせいもある。

 竜馬が、その巨体でイシュマイルを守る為に覆いかぶさっていたこともあって、ノア族の特徴ある衣装も見えなかった。


 地下牢獄で見たイシュマイルは、レアムの記憶にあるイシュとは見違えるようだった。最も成長の早い二年間を離れて過ごしたのだから、当然かもしれない。


 サドル・ノアの村にいるはずのイシュが、なぜ今度の戦に限ってその場にいて捕虜となったのか。レアムには唐突すぎる話だった。


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