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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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五ノ六、懺悔

 ジェム・ギミックの魔力源であるジェムだが、その原石はジェム鉱山にて採掘され、そのままでは安定しない危険極まりない物質でもある。

 様々な色や形の魔石として加工することで安全に使用出来るようになるのだが、それと引き換えに不純物も多くなり、発揮される力も弱まる。

 

 こういった魔石の道具は一般にも普及しており、アミュレットから少女の使う髪飾りまで、多様に加工された魔石が市民の手の届く所に溢れている。

 聖殿に務める祭祀官なども同じで、祭事に使う法具から身に着ける衣服などにもジェムが使われ、儀式を演出する装飾を兼ねて飾られている。


 故に、ジェムは安全であることが何よりの命題となる。


「ジェムと月魔石は似た性質を持つ真逆のもの、しかし本質は表裏一体の同じものだ。片方だけ調べ尽くしたところで、理解も活用も出来はしない」


 月魔から現れる月魔石もジェム原石と同じく魔力が高く不安定で、時間と共に溶解してしまうほど脆い。

 どちらも、周囲を汚染し新たな月魔を呼ぶ魔素となる――。


 バーツは表情を変えた。

「……師匠、どういう意味だよ」

 シオンの話に、理不尽なひっかかりを感じてバーツは食い下がった。

「じゃあ、ドヴァン砦でみたアレは? 月魔石をジェムみたいに使ってた……ノルド・ブロスにはその技術があると?」

 シオンは言葉に詰まり、それを見たバーツは察した。


「師匠?」

「……」

 それまで饒舌だったシオンが、急に言葉を切った。

 バーツは一つ一つを思い出しながら言う。

「……そうだよ、あの魔方陣だけじゃない」


「あの砦で妙な気配がしてたのも、他にも月魔石のギミックが仕掛けられていたっていうことか? それに、あいつら!」

 バーツは、ライオネル隊を思い出して言う。

「あの竜筒みてぇな兵器! もしや、あれもその力か?」


 シオンは黙り込んだが、それは肯定するのと同じことだ。

 バーツは予想外に引き当ててしまった事実に、怒りを感じた。

「……師匠。もしかして、知ってたな!」


 バーツは声を荒げた。

「ノルド・ブロスには、月魔石を兵器レベルで使用する技術がある、そういうことだな? そしてあんたはそれを知ってた! そうだよな!」


「――師匠!」

 バーツは、横を向いたままのシオンの腕を掴むと、手荒に自分の方を振り向かせた。腕力差では、バーツの方が上だ。

「っ!」

 シオンは、バーツの目を正面に見上げながら無言だった。わずかに眉根を寄せたのは掴まれた腕の痛みばかりではない。


「離せ」

 シオンはようやくそれだけ言った。

 バーツは尚も、言われた意味がわからずそのままだったが、シオンはもう一度声を上げた。

「その手を離せと言っている!」

 そして自分から腕を振って、バーツの手を振り解いた。


 バーツはまだ、シオンを睨みつけていた。湧き上る苛立ちを抑えていたが、それは師匠への不信感を伴った。

 仲間を売られたような、裏切られたという思いが頭から離れない。


 シオンは自分を見下ろしてくる怒りの篭った瞳に、自分から視線をそらした。

 その端正な顔はいつになく沈痛に歪み、バーツは師のそのような表情を見たことがなかった。

 自然、怒気を抜かれてそれ以上強い言葉を吐けなくなった。


 シオンは掴まれた痛みの残る腕に手をやり、まだ動揺の残る声で言う。

「……確かに、サドル・ムレスには、ない技術だ……ノルド・ブロスにも。けれど」

「アルヘイト家には、ある……」

 バーツはその言葉に目を見張る。

「アルヘイト家……」


「月魔石も魔石である以上、ギミックは存在する。ただ、月魔石が存在するためには……何者かの死が必要なのだ」

 それが生きた屍――月魔である。


「百年前、ジェム・ギミックが開放された時からとうに存在していたさ。ただあまりの忌まわしさ故に隠されてきた。それだけのこと……」


「……アルヘイト家……か」

 バーツはなおもその言葉を繰り返す。

「そう……だったな。師匠はかつて、ノルド・ブロスに居たことがあるんだっけな。もしやその時から?」

 シオンは首を横に振る。


 その仕草でシオンが何を否定したのかまでは、今のバーツは考えられない。

「だったらなぜ! ……もっと早くに言わねぇんだよ。俺たちの仲間が、あの戦場でどんな目に遭ってたか!」


「もし、戦いの前に知っていれば違うやり方もあったろう? この半年もの戦いだって、どこかで変化があったかもしれねぇ!」

「……お前の、仲間?」

 バーツの言葉に、シオンは冷たい笑みを返した。

「ファーナムに……危険な技術を渡せと?」


 シオンは目を細め、バーツを嘲るように呟く。

「今のタイレス族に、そのような武器を渡してしまったら……それこそ戦はとまらんわ」

「……」

 バーツは反論できなかった。


 シオンのいう状況が、今のファーナムから容易に想像できる。

 双方が同じ力を使えば泥沼化した戦が広がるであろう。

 その後どちらが勝ってもいい影響は残らない。


 バーツは頭を振り、そして怒りの捌け口を求めるかのように壁を拳で殴った。

 シオンは、ただその音を耳で聞きている。


「……もともとは、ジェム・ギミックすら聖殿の秘儀だった。一度外へ出てしまえば百年などあっという間だ。……月魔石だって」

 そしてポツリと言う。

「あの時は……それしか、方法がなかった……。私も、いやアウローラ自身も、まさかあの力を、兵器に使うなどとは……」


 怒りで耳が塞がっていたバーツは、その言葉の意味までは理解できなかった。

 苛立ちを抑えて言う。

「なぁ、師匠」


「なら、今からでも遅くない。ドヴァン砦を破る為に、その力を、方法を教えてくれ」

 バーツはなおも食い下がったが、シオンはまたも首を横に振った。

「駄目だ」

「なんでだよ!」

「……」

 シオンは答えない。その答えは、すでに口にしていたからだ。


 もう一度片手をかざし出口を作り出すと、バーツの体を押しのけるようにして通路へと出る。シオンの背を追いながら必死に懇願し続けるバーツを、シオンはついに無視し続けた。


 元いた部屋まで戻り、バーツは混乱する頭を抱えて苛立ったが、それ以上この話を続けることは出来なかった。

 シオンは、バーツにどれほど言われようと、戦がどのような結果を残そうとも、二度と同じ過ちはしないと誓っていた。


 そして、それが無駄な足掻きだということもわかっていた。

 一度こぼれた秘密は、元の場所には戻らない。


 その技術を復活させてしまったのは自分たちで、自分には贖罪の義務がある。

 行く末がどうなるのかも、自分は見届けなければならない。

 ウォーラス・シオンが、誰に明かすこともなく心の奥底に隠している覚悟だった。


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