五ノ三、ドロワ市の休日
イシュマイルとロナウズは、その後も他愛のない話などしながら並木道を歩いた。
月を見上げた公園は、聖殿へと続く古い大通りに続いてる。二人はいつの間にかドロワ聖殿の近くまで戻ってきていた。
ここまで来るとドロワの旧市街も過去の雰囲気よりも現在の喧騒の方が勝っていて、相変わらず聖殿の周囲には人が多かった。
聖殿の入り口に娘らが多くたむろしている様子から、ウォーラス・シオンが中にいるのだと予想がついた。
おそらくバーツも、今はここにいるのだろう。
何を手伝っているのかイシュマイルは何も聞いていないが、バーツは宿舎にあまり戻っていなかった。
ふと、視線の先に見覚えのある女性の姿があった。
遠目にもその雰囲気は独特で、すぐにアイス・ペルサンだとわかった。
アイスの方も、近くに行くまでもなくイシュマイルの気配を感じて振り向いた。
そして子供のように手を振って見せた。
イシュマイルも付き合って手を振り返す。
「……誰だね?」
ロナウズも少し前からアイスの気配に気付いていて、イシュマイルに問うた。ガーディアンだというのはわかったが、個人的には知らない顔である。
「アイスさんです。先日、ドヴァン砦から解放された時に一緒だったんです」
イシュマイルがロナウズに説明している間に、アイスは小走りに近付いてきた。
「イシュマイル君ーっ」
アイスは何か頼みごとがあるような素振りで名を呼んだ。見れば、付き人の女性らがおらずアイスは一人で大通りにいた。
「どうしたんですか? ……一人?」
ロナウズは二人の様子に察するものがあったのか、少し距離を置いて立ち止まった。
アイスは苦笑して言う。
「うん、休憩の合間に振り切って出てきたんだけどね。全然道がわからなくって……ドロワって入り組んでるのね」
「はぁ……」
イシュマイルは振り切って云々の部分が引っ掛かったが、尋ねるのはやめた。
ロナウズが声をかけた。
「じゃ、イシュマイル君。私は一足先に戻るよ。彼女に街を案内してあげたらどうだ?」
そしてアイスの方へと向き直り、軽く会釈した。
ロナウズはそのまま立ち去ろうとし、イシュマイルは慌てた。
「あ、ロナウズさんっ」
「……早々すぐには出立しないよ。また後ほどな」
ロナウズはそういって片手を上げると、さりげなく装ってその場を退散した。
イシュマイルはその背を見送ったが、気付けばアイスも驚きの表情でロナウズを見ている。
「アイスさん?」
「……びっくりした」
アイスはポロリと口にする。
「今の人、ハロルドにそっくりなのね……」
イシュマイルは、アイスの顔を見る。
「……ハロルドさん、知ってるんですか?」
「え? あ……うん。ガーディアンのハロルドという人は、ね」
アイスはぎこちなく答える。
「今の人はロナウズさんといって、ハロルドさんの弟だそうです」
イシュマイルは簡単に説明した。
「あらー……弟。道理で」
アイスはしばし、見えなくなったロナウズに視線を向けていた。
人波で姿は見えなくとも、まだ気配は掴める。アイスの言う十割に近い素質の適合者だった。
ふとアイスは、自分を見ているイシュマイルに気付く。
そして何かをごまかすように繕った。
「えぇっと。イシュマイル君、なんだっけ?」
「何って、アイスさんから言ってきたんじゃない」
アイスはようやく思い出したようだ。
「あ、そうそう。ドロワのお店を見て回りたかったのよ! あんまり時間がないの。道案内して!」
アイスはそう言うと、強引にイシュマイルの腕をとって引っ張るように歩き出した。
「アイスさんっ。それはいいけど……」
イシュマイルはよろめいた足元を、アイスに揃えて歩きながら言う。
「ねぇ、ハロルドさんって?」
「……」
アイスは答えなかった。
「ハロルドさんと会ったことあるんですね。ロナウズさんに似てる?」
イシュマイルはなおも訊いたが、アイスは返答を避けた。
「そりゃ……兄弟なら、そうかもね」
そして言う。
「私亡くなった人の話、あまりしたくないの」
「あ……すいません」
アイスは少し声を落とした。
「……イシュマイル君」
「はい」
「ガーディアンが不老長寿なんて、大嘘よ?」
イシュマイルはアイスの横顔を見る。
その顔は実際の年齢などはわからないが、若々しい娘のそれだ。
「特に、戦士タイプのガーディアンは、ね」
「……」
「ソル・レアドは三百年以上生きたと言われてるけど、そんなのは稀」
アイスはイシュマイルの顔を見、イシュマイルが案の定驚いた表情をしているのを見て笑顔を作った。
「……やめましょ。ね! それより買い物がしたいの。ずっと何もない砦にいたから」
アイスは声を明るくして言う。
イシュマイルは少し考え、先ほどロナウズと通った時に見た店を思い出してそちらの方に足を向けた。
その頃。
イシュマイルたちが通り過ぎたドロワ聖殿のとある一室にバーツとその師、ウォーラス・シオンがいた。
祭祀官のみが入室できる奥の執務室で、特にシオンが居るのは聖殿の中枢に近い者だけが出入りできる棟だ。二人は雑務を一区切りさせ、シオンの部屋の一つで休息を取っていた。
バーツは椅子に座って出された飲み物を飲んでいたが、口に合わないのかカップをテーブルに返した。
「師匠よ」
バーツは相変わらずその呼び方をした。
「やっぱ俺に治癒術は向いてねぇぜ。勘弁してくれよ、アイスもいるだろ?」
「……黙れ」
ウォーラス・シオンは窓辺の書棚の前に立って、書類の束に目を通している。ここでは祭祀官長の代理という立場もあってか、大声は出さない。
バーツは大人しく口は閉じたがまだ不満そうにふん、と鼻を鳴らした。
「……なぁ、師匠」
今度は多少怒気の含んだ声音だった。
シオンが振り返る。
「まだなんか隠してるだろ。訊かれたことしか答えないってぇのは見え透いてるぜ」
バーツは暗にイシュマイルの件を持ち出した。
通り一遍の説明は受けたがあれが全てとは思っていないし、その内容も気に入らない。